砦の攻防
制御魔法を使う勇人の赤い瞳が、段々と青に変わっていく。
空のような青さと、急に放たれた神気によって周りの冒険者たちが息を呑んだ。
無謀な若者を止めようとして飛び出した大人たちは、声を上げることすら出来ず、ただ気圧されるだけだった。
アリスだけは神気に触れたことがあるため、多少の余裕がある。勇人の横に並び魔力を高め始めた。
勇人は周囲に満ちている煌力を上空へと集め、自身はゴブリンを砦から離すために走り出した。
人間を見て、飢えていたゴブリンたちは、勇人のほうにその軍勢を向けた。
地響きを鳴らしながら勇人に突撃し、血走ったような赤い瞳で人間の軟らかい肉を求める。
魔力とロードの強化魔法を纏ったゴブリンの牙は、骨さえ簡単に砕いてしまう。
それを知っている冒険者たちは、若者を死なせるものかと、それぞれの武器を抜き身体強化を発動して駆け出そうとした。
しかし、勇人にゴブリンの牙が届く前に、アリスの魔法に必要な魔力が溜まった。
「アタシの生徒の邪魔するなぁ! ゴブリンなんか吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ゴブリンたちの軍勢の真ん中に、太陽のような輝きが生まれる。アリスが後に、ルイン・サンフレイムと名付けた炎の必殺魔法であり、歴史書に反撃の狼煙と記された。
飢えたゴブリンたちですら、動きを止めて輝きを見つめる。そのゴブリンたちの顔は茫然として、まるで天罰を受けるのを待つようだ。
光が弾け、骨さえ焼き尽くす炎が炸裂した。その熱に、勇人を守ろうと勇敢に飛び出した冒険者たちも怯んだ。
300m以上の距離がありながら、顔を焼くような熱さに、堪らず腕で庇う。
煌力に守られている勇人でさえ、あまりの光景に大きく距離を取って警戒した
炎が鎮まると、溶岩のように融けた地面とゴブリンの体を焼いた塵が、その場にいた全ての人間の目に入った。
「……………………うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
砦を囲まれて絶体絶命だと思っていた兵士たちは、長い沈黙の後、絶叫した。
持っていた武器や近くに有った旗を振り回し、ゴブリンを1000匹以上を消し炭にした少女を称える。
動きの止まったゴブリンを見て、チャンスとばかりに集めた煌力を解き放つ。
機械で集める煌力以外は普通の人や魔物には見えないので、いきなり青い光弾が降ってくるように見える。
青い流星が降り注ぎ、動きの止まったゴブリンたちを蹴散らしていく。
勇人が大量の敵と戦うために、煌力を手元から離して扱う練習をして編み出した必殺技、スターダスト・フォールだ。まだコントロールが甘いため、乱戦では使えない。
終わりが見えないほど、光弾が降り続けて、大地とゴブリンを砕いていった。
勇人の魔力が尽きて、煌力を制御できなくなる頃には、砦の裏側に陣取っていた1万匹を超えるゴブリンの軍団は、ほぼ壊滅した。
勇人が膝を突く。息も荒く力尽きて気絶したようだ。魔力の使い過ぎではなく、集中力が切れたのだ。
砦の兵士たちは、慌てて門を開けて、救世主たちを迎え入れようとした。
アリスは身体強化で勇人のもとへ走る。我に返って続く冒険者たち。馬車に飛び乗り鞭を入れる。
砦の正面で指揮をしていたゴブリンロードが気付いて、包囲しようと軍団を動かす頃には、無事に砦の中へ入っていた。
「伝令が言っていた冒険者の方たちですね? この門の守備を任されている大隊長のグレイル・コートナーと申します。危ない所に救援に来ていただき、まことに感謝いたします」
敬礼をしながら部隊の指揮官が挨拶をする。
彼は平民出身で、伯爵から騎士号を貰った叩き上げの戦士である。騎士爵位を持たない勲章を貰っただけの騎士だ。
この国は優れた戦士としての騎士と、貴族としての騎士がいる。
国王だけが爵位を与えることができ、貴族が配下にする騎士とは違う。
「俺たちは冒険者ギルドから派遣された。伯爵から依頼を受け物資を輸送して来た」
代表してランドが答える。
偽装の馬車、数十台を見せて、代官を呼ぶように伝えた。
グレイルは代官に伝令を出し、兵士たちに命令をした。
命令を受けた兵士たちは、煌力砲の魔石を交換して、再度包囲したゴブリンに撃ち始める。
先程の勇人の攻撃を警戒して、遠巻きに包囲しているので、威嚇のための砲撃だ。
命令がすぐさま実行されたのを確認して、グレイルは改めて冒険者たちに声をかけた。
「炎の魔法や、青い光を放った英雄は彼らですか?」
疲労でグッタリした勇人と、勇人を背負ったアリスに視線を向けながら、ランドに尋ねた。
「ああ、そうだ。若いのに稼いでる凄腕でな。今回戦力として連れてきた」
勇人の収納の指輪の性能は秘密なので、予想外の戦闘能力を誤魔化しに使う。ランドは豪快に見えて、駆け引きもできるベテランだからこそ、この仕事を任された。
「こんなに強い若者がいるなんて、冒険者ギルドも安泰ですね」
勇人とアリスを若者と言うが、グレイルも20代半ばなのでアリスより年下である。
若者と言われた時に、アリスの頬がピクリと動いたのを見て、アリスの年齢を聞いている冒険者たちは、ギクリとした。
アリスが見た目を気にしているうえに、さっきの魔法を見たので、怒り出さないか心配なのだ。
「ま、まあユートたちは疲れているし、代官への話は俺たちがするから、休ませてやってくれ」
「おお、戦いしか知らない無骨者なので気が利かず、申し訳ない。兵に案内させましょう。私は指揮があるので物資搬入などは代官殿に聞いてください」
アリスが怒らない内に、兵舎に案内するように促したランドは、グレイルの気のいい笑顔にホッとした。
以前に傭兵ギルドの傭兵にからかわれて、アリスが激怒して叩きのめしたのを思い出したからだ。
あの時は普通に殴り倒していたので、ここまで強力な魔法を使うとは知らなかった。
アリスから勇人を受け取り、兵士が担いで連れて行く。アリスは勇人から離れるつもりがないのか、疲れてはいないが兵舎に付いて行った。
勇人たちと入れ違いに、代官が小走りで寄ってきた。彼はユアンの代官で、今回の件を誤魔化す必要があり、物資の管理などをするために戦場にきた。
「よく来てくれました。ユアンのためにご足労、ありがたく思います」
代官は伯爵の部下なので、国王の陪臣になる。貴族ではなく官僚だ。
普通は戦場には来ないが、実直な性格なので今回の仕事を引き受けた。
「物資搬入の手続きをするので、倉庫に来て頂きたい」
倉庫に搬入する物資の確認を、形だけする。
雑用のいない戦場では、本来は補給担当の兵士がするのだが、中身がカラなので兵士には見せられない。
敵に囲まれて兵数に余裕がないという理由で、代官が確認作業をするという建前だ。
勇人が起きたら物資を出して貰い、確認作業を開始することになった。
「勇人、無理はしないように戦うって言ったのに……。先生に嘘はダメなんだぞ?」
教え子の汚れた顔を拭きながら、寝ている、というより気絶している勇人に、力無い声で文句を言った。
戦場で勇人が倒れた時に、血の気が引くような気持ちになったので元気がない。
「服も汚れてるし、着替えはあったかな~? 勇人の指輪には入ってるけど……、アタシのには勇人のパンツくらいしか」
強力な力を使う勇人は、よく服を破るので替えはいっぱい持っている。
しかし勇人くらいの男の子は、パンツなどを母親に任せる子も多い。
勇人は服さえ義姉に任せていたので、買い忘れる勇人のためにアリスが買っていた。
「街に帰ったら、丈夫な服を買おうかな。鎧なんかは動きにくくて嫌がるしな~。いい防具がないと心配だな」
アリスは魔法の布とか無いか、勇人が起きたら冒険者たちに聞くことに決めていた。
戦場の喧騒の中で、この2人の周りだけは穏やかな時間が流れているようだった。




