国境の街レーグニッツ
エルフの街まで4分の3くらいの行程を消化し、ハイルーフ王国との国境の街まで来た。
ここがカウニスハーナ王国の最後の街となる。
ここから歩いて1日の距離に、ハイルーフ王国の国境の街がある。
300年以上前は、同盟を組んではいなかったので、街と街の間にお互いの砦があったそうだけど、同盟を組んで20年くらいで壊したらしい。
現在も仲良くしているので、国境の街では交易が盛んだ。
国境に面した領地を守るのは、オズワルド・ブルートン辺境伯。
ブルートン辺境伯家は、建国の時から国境を守ってきた由緒正しい家柄で、国王からも信頼厚い武人の家系だ。
国王の勅許もなしに、独自に軍を動かす権限を持っている有力者だ。
オズワルド辺境伯自身も実直な武人で、次期後継者である息子にも厳しい人らしい。
ブルートン辺境伯家の者は、弱者であることは罪である。我等こそが弱き民のための盾であれ、というのが家訓らしい。絶対に会いたくない。
出会えば孫を勧めてくるだろうことが、簡単に予測できるらしく、出掛ける前に挨拶した貴族のおじさんに忠告されたし。
オズワルド閣下は押しが強い。ボーッとしてたら辺境伯家の一員にされますぞって言われた。
アリス先生の名前が、アリス・ミヤゾノからコウヅキに変わったばかりなのに、オレの名字が変わったら、アリス先生の名字まで変わってしまう。
せっかくオレのお嫁さんになった感じなのに、名字が変わってしまえば嫁感が薄くなる。
名乗ってもオレの嫁だと思われずに、ブルートン辺境伯家の孫娘だと思われそうだ。
「今日は宿に泊まれるわね! お風呂に入れないとつらいもの」
マリーナは貴族なので、風呂に入れないのは嫌だろうな。
日本人のオレたちも嫌だし、そこそこ大きな街じゃないと風呂付きの宿なんてないもんな。
もうすぐ暗くなるし、早いとこ宿を探そう。
風呂に入れない日が続くと、女性陣の機嫌が悪くなるし、汗を気にして近寄ってくれなくなる。
更に言えば、香水の香りもきつくなり、鼻のいいオレとフィーリアは頭が痛くなりそうだ。
風呂に入れない旅というのは、想像以上にストレスが溜まる。
用意することはできるけど、人通りが多い街道では、いろんな意味で入りづらい。
村の中とかだと覗きの心配もしなきゃならないし、旅って本当に大変だな。飛行円盤があるオレたちはまだマシだ。
オレたちが街の門に着く頃には、日が沈み掛けていた。
何十人も並んでいるのを見ると、交易が盛んで旅人も多いのが実感できる。
30分くらい並んで、オレたちの番になる頃には、完全に日が沈んでいた。
門番に身分証を見せて通して貰う。すんなり通されたが、門番の1人が城のような建物に飛行円盤で飛んで行った。
嫌な予感がするな。オレたちの到着を報せに行ったのかもしれない。
かといって、いまさら街をスルーしようなんて言ったら女性陣が落胆する。
宿には偽名で泊まることにしよう。疲れてる時に押しの強い貴族とは会いたくない。
探す時間もないので、街の人にお勧めの宿を聞いて、浮浪児の10歳くらいの女の子に案内を頼んだ。
何日か分の食費にはなる案内賃を渡すと、飛び上がらんばかりに喜んで、オレの手を引っ張りながら案内してくれた。
金を渡して奪われたりしないか心配だったので、食事を食べさせようかとも思ったけど、至る所に兵士の巡回があるようなので大丈夫だろうと思い直した。
「ここのご飯は美味しいって評判なんだよ。食べたことないけど」
通り道にある評判の店などの情報を教えてくれる。
女の子の貧しそうな様子に、アリス先生と結衣がつらそうな顔をしていた。
日本人には嫌な話だろう。オレは街で情報収集とかしてたから、こういった話は珍しくなくなったが、それでも嫌な話なのは間違いない。
オレが悩んだところで、どうしようもない話なのも事実だけど。
オレたちが冒険者だと知って、評判の武器屋の名前などの情報もくれた。
しっかりしている子だな。馴れてるようなので、生きていけるだけの金は稼げているのか?
「ここだよ。ちょっと高いから、まだ部屋はあると思う」
設備が整った宿を聞いたからな。
行商人やその護衛なんかが多い街だと、宿の数は多いからあまり困らない。
そういった連中は高めの宿は避けるから、多少は金を持っている人間か、手頃な宿を取れなかった人間くらいしか泊まらない。
金持ちは異様に高い宿に行くので、この価格帯の宿が1番客の質がいい。
「案内ありがとう、お嬢ちゃん。いろんな店を教えてくれたから、追加の報酬だ」
1日分の食費を追加で渡すと、嬉しそうな顔をしたが、遠慮するように首を振った。
「貰いすぎだよ。私たちの仕事は普通はそんなに貰えないもん」
「貰っちゃいけないルールはないんだから、君の案内がよかったからだと思って受け取ってくれ。手を抜かず、一生懸命に仕事をした対価だ」
プロなら料金は相手が提示するけど、こういった子たちを雇う時はこちらが報酬を決める。
子供を雇う時は、相場は時間にもよるけど、1箇所を案内するだけなら100シリン程度だ。
100シリンだと安いパンが1個買えるくらいだ。
オレは合計5000シリンあげようとしてるので、貰いすぎて怖くなったんだろう。
一般家庭の3日分くらいの食費になるが、この子の食費だと10日以上かもしれん。
「でも、少し案内しただけでいいの? あとで怒らない? 1ヵ月は食べられるよ?」
予想より貧しい食生活だったようだ。
この子たちは1日1食しか食べてないんだろう。
「怒ったりしないから安心してくれ。あと、この巾着をあげよう。金を入れるといい」
紐の長い巾着を首に掛ける。
意外に長く生活費になるようだし、落としたりしたらショックだろう。
服の中に入れておけば目立たないしな。奪われる心配も減るだろう。
この街はブルートン辺境伯家の方針で、民を害する悪人に対する処罰が厳しいから、治安もいいらしいし大丈夫だろう。
「ありがとう! これで仕事がなくても1ヵ月は生きていけるよ!」
なぜかオレは地雷を踏みやすいな。
また暗くなる話を引き出してしまった。
「切なくなるな~。アタシは結婚して幸せだけど、生きるか死ぬかの生活をしてる子供もいるなんて……」
案内を頼んだ子供が手を振りながら走って行くと、アリス先生が呟いた。
「叔父ちゃん……国は助けてくれないの?」
「孤児院はあるけど、それはそれで金が掛かるからな。全員を面倒見れないんだよ。この街は特に軍備を整えないと、最悪侵略されてしまう可能性があるからな。お隣さんと仲良くしているとはいえ、軍備に手を抜いていたら、隣国の王が変わって方針転換なんてことになりかねん」
きちんと備えてこその友好だ。
対等な相手だからこそ、仲良くしている。
対等な相手でなくなれば、今なら簡単に落とせるはずだ! とか言い出すバカ王が出た時に終わる。
国としては敗けなくても、この街は奪われてしまうだろう。
支配者が変わっても、自分たちは搾取される側なのは変わらないみたいなセリフをラノベとかで見るけど、支配者が変われば方針も変わるし、所属する国が変われば法律だって変わるんだから、もっと危機感を持てよと思う。
それに侵略してくる国が庶民に優しいかは疑問だ。
だからこそ、この街は軍の数は減らせないだろう。個人なら別だけど、国同士は力があってこそ平和は成り立つもんだし。
「とにかく、平和を維持するのにも金は掛かるんだよ。すべて救える国なんて滅多にないよ」
日本だって生活保護を断られて、おにぎりが食べたいって餓死した人もいたくらいだし。
そんな都合のいい国は、ラノベのチート主人公しか無理なんじゃないか?
「そういったことは税金を貰ってる国が考えることだ。オレたちにできることは少ない」
みんなを促して宿に入った。
落ち込んだ顔だったが、どうしようもないことは理解できるので何も言わないようだ。
いろんな意味で疲れたオレたちは、食事と風呂に入ったらすぐに眠りについた。
その夜はいつもと違い、みんなの口数が少なかった。




