新婚初日
「なんか眠れないな~」
真っ暗な部屋のベッドの上、隣からアリス先生の声が聞こえてきた。
「体の調子でも悪いですか?」
小さな体を抱き寄せる。
少しだけ緊張してるのが伝わってくるけど、オレの胸に顔を埋めてグリグリしてきた。
「調子は悪くないぞ……ちょっと痛いけど」
後半は囁くような小声で言うが、部屋が静かなのでちゃんと聞こえてる。
「一緒に寝ることは前にもあったけどさ、2人きりで同じベッドは照れるな~……しちゃったし……」
夫婦になって初日だからな。そのうち慣れると思うけど、それはそれで男女としてどうなんだという気がする。
「年下のお前が落ち着いてるのがなぁ……なんか納得いかない!」
落ち着いてるように見えるだけなんだけど。
アリス先生のテンパり具合を見てたら、逆に落ち着いてられただけだ。
「初めてで落ち着いてる女の子は珍しいと思いますし、別に気にしなくても」
オレの胸をグリグリするのを止めて、顔を上げて至近距離で見つめてきた。
「年上のプライドがあるんだよ! 次は年上の凄さを見せてやるからな!」
見た目が小学生の女の子が拗ねてるようにしか見えないんだけど、夫婦生活に前向きな姿勢だな。
仰向けに寝ているオレの腹の上に乗っかり、首に腕を回してキスをしてきた。
オレもアリス先生の腰を抱き締めて、キスを返す。
「んっ……………………ぷはっ、ちょっとは慌てるとか恥ずかしがるとかしろよ~!」
オレの肩を掴んでユサユサする。
「悔しい~!! アタシを子供扱いすると怖いぞ!」
「いや……見た目が見た目なんで可愛いとしか思えませんけど」
「アタシの練習中の手料理を食べさせる」
「うっ、それはちょっと酷いですよ」
最近は結婚式の準備で忙しかったのに、花嫁修業だと言って毎日のように料理の練習をしていた。
しかし、あまり上達しているようには見えず、教えているレイラも、一緒に練習をしている女性陣も、日に日に暗くなっていた。
初日は楽しげに料理修業をしていたのに、結婚式の前の日には、お通夜前かというくらい無口になっていた。
てっきりマリッジブルーかと勘違いしたくらいだ。
「それって家庭内暴力になりませんか?」
「真顔で失礼なこと言うな! せめて冗談ぽく言えよ! 夫婦喧嘩に発展するぞ?!」
軽い夫婦喧嘩ならいいと思うけど、新婚初日で夫婦喧嘩はダメだな。
可愛いお嫁さんの努力を評価しよう。料理のできはさておいて。
「お嫁さんらしく、料理を頑張って練習していることは感謝してますよ」
「……持って回ったような言い方が気になるけど、私も結婚してくれて嬉しいぞ」
見つめ合っていると、お互いにキスをしたくなったのか、アリス先生が目を閉じた。
アリス先生をベッドに寝かせて、覆い被さるようにしてキスをする。
小さな体だから、腕の中にすっぽりと収まって可愛い。全身でアリス先生の体温を感じる。
肌触りのいいシーツよりも、アリス先生の肌のほうがよっぽど気持ちいいな。
しばらくイチャイチャしていたら、夜が明け始めた。
アリス先生を腕枕して、腰を抱き寄せる。
「アリス先生、新婚旅行はどこに行きたいですか?」
「んあ? 新婚旅行ってこっちでもあるのか?」
少しウトウトしていたようだけど、寝てはいないようで、意識ははっきりしていた。
「護衛を用意できて、時間に余裕のある人だけするみたいですよ」
護衛を用意できる金持ちは、大抵仕事が忙しいけど。
家督を継ぐ前に結婚した息子夫婦とかが新婚旅行をするらしいけど、貴族とかは早く結婚するから、ほとんどの貴族は行くらしい。
庶民には無理だけど、冒険者夫婦とかは行く人もいるそうだ。旅行先で仕事しちゃうらしいけどな。
冒険者としては、どんな依頼があるか気になるし、割りのいい依頼があれば請けないのは勿体ないし、と考えてしまうそうだ。
「結衣ちゃんもいるし、マリーナたちとも結婚するんだから、そんなに旅行するのは大変だぞ? マリーナたちと結婚してからでいいよ」
「そんなに遠慮しなくても、結衣は旅が好きだし大丈夫ですよ」
「アタシは無事に結婚できただけでも嬉しいからな~。遠慮っていうよりも、結婚して満足というか……」
ずっと恋人もいなかったから、結婚を諦め掛けていたのかもしれん。
だから結婚しただけで、それ以上の望みが他にないのかも。
「遠慮でなくても新婚旅行は行きましょう。帝国がいつ戦争を仕掛けるか判りませんし、旅行どころじゃなくなる前に行っておいたほうがいい」
「そうだな……勇人は戦争に行っちゃうし……」
暗くなってしまった。
まいったな~、でも帝国の侵略が成功してしまったら、略奪が始まるかもしれない。
だから戦争には絶対に参戦して、容赦なく敵兵を殺しまくるつもりだ。絶対に負けん。大事な家族を奪われてたまるか。
戦況が悪化してから参戦するよりは、確実に安全だと納得してくれないかな?
戦争の勝敗は理屈の問題だけど、夫が参戦するとなると理屈じゃなくなるだろうからな。
「絶対に死ぬんじゃないぞ? 未亡人はイヤだからな!」
「オレはもっと強くなりますから……心配させて申し訳なく思いますけど、待っててください。家族を失いたくないから戦うのが男の理屈なんですよ」
涙を見られたくないのか、アリス先生はオレの胸を顔を埋めて、静かに泣いた。
朝になるまで抱き合って、お互いの温もりを感じていた。
朝食の前に少しだけ寝て、だいぶ落ち着いてくれた。
オレもアリス先生も、結婚式の興奮が収まらないのか、あまり寝てないのに眠気は感じない。
アリス先生も元気に朝食を作る手伝いをしている。
フィーリアは最近、まともな料理を食べるのが好きになったのか、料理しているレイラの後ろから覗き込んでいる。
「美味しそう……じゅる」
「フィーリアさま~、獲物でも狙うみたいな雰囲気で覗くのはやめてくださいね~。気になってアリスさまたちの監視ができません」
「監視ってなんだよ! アタシが余計な味付けをするみたいじゃないか?! ちゃんとレシピ見てるから大丈夫だぞ!」
そうは言っても、よそ見しながら味付けをしてるから不安だ。
「アリスお姉ちゃん、それは少々って言わないよ?」
「あっ! しまった~。入れる調味料を間違えた……」
調味料を間違えたうえに、量も間違えたのか……御殿医に胃薬を貰ってこよう。
「姉様……私も失敗しちゃった……どうしよう?」
マリーナ、アリス先生じゃなくレイラに聞いたほうがいいぞ。すげー怒られるだろうけどな。
「ほら~、ちょっと目を離した隙に、アリスさまたちが失敗しちゃったじゃないですか~。フィーリアさま、品数が減っちゃいますよ~?」
「ごめんなさい、レイラお姉ちゃん。……じゅる、でも私は粗食でも平気だよ? 慣れてるから」
粗食と言われて、アリス先生が口を三角にしてショックを受けている。
暗殺者時代の酷い食事と同レベルなのか? アリス先生たちの料理は……。
「ちょっとリア! アリス姉様がショックで固まっちゃったじゃない! 姉様、焦げちゃうから動いて!」
結衣より戦力にならないな~。
「もう! お姉ちゃんたち! 食べ物を粗末にしちゃダメ!」
結衣に怒られてションボリするアリス先生とマリーナ。
「粗末……アタシの料理は粗末な料理なのか……毎日のように花嫁修業をしたのに……」
結衣の悪気のない一言が止めになったようだ。
床に崩れ落ちてメソメソ泣いてしまった。
「結衣ちゃん、し~、し~」
結衣の身長だと、調理台の反対側にいるアリス先生は見えないので、気付かずに説教を続けていた。
マリーナが必死に止めたが、結衣にはアリス先生が見えていないので、何で止められたのか解らないようだ。
「……朝から賑やか…………ちょっと嬉しいよ?」
小声なので騒いでいる女性陣には聞こえなかったようだが、オレにはフィーリアの言葉が聞こえた。
フィーリアも今の生活を楽しんでいるようだし、買ってよかったな。絶対に帝国には負けられない。




