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オレの死亡原因は甘さだろうか?

この作品は、戦闘や主人公が知らなくても読者には知って欲しい場合などに、視点が変わります。

基本は主人公視点です。

 学生としての1日の終わりを告げる鐘が鳴り響く。ザワザワとした教室のあちこちで、生徒たちが体を(ほぐ)すように伸びをしたり、放課後の予定を話している。

 蝉の声が煩く、メスを口説こうと文字通り必死だ。

 そしてそれは人間も同じことで、生き物の命題なのだろう。


勇人(ゆうと)、今日も道場で稽古があるのか? ないなら女の子たちと遊びに行くのに付き合わないか?」


 精悍な顔立ちをした少年が帰る支度をしていると、肩を叩きながら軽そうな少年が声を掛けてきた。

 彼の後ろで女の子たちが期待した目で見ていた。


「稽古はないぞ。ないけど付き合うのは無理だ」


 振り向きながら答える。

 勇人の鋭いながらも優しそうな目で見られると、なぜか悪いことをして優しく叱られる気分になってしまい、少しだけ居心地が悪いらしい。軽そうな少年がバツの悪そうな表情で聞き返す。


「何でだよ? 暇なら遊びに行こうぜ。女の子たちも勇人と遊びに行きたいってよ」


 付き合いの悪い友人を、不満そうな顔で誘う。


「悪いけど、今日は兄夫婦が仕事で帰って来ないんだ。姪っ子の世話をしないと」


 勇人は10歳以上も歳の離れた兄と2人暮らしだった。その兄が5年ほど前に結婚して、今では兄夫婦とその娘の4人で暮らしている。

 義理の姉は4歳の娘が居たので、11歳にして叔父となって以来、兄夫婦が忙しい時は世話をしていた。


「あ~、それじゃしょうがないか~。稽古や世話で毎日大変だな」


「そうでもないぞ? 姪っ子は子供っぽいけど素直だし、武術の稽古は物心つく頃に、じいちゃんから習ってたから、じいちゃんが死んでからも日課になってるし」


 普通の高校生なら不満を持ちそうな現状に、まったく不満を持っていないらしい。その顔には笑顔が広がっている。


「お前のじいちゃんって戦争経験者だろ? よく稽古に着いていけたな」


 3~4歳の頃に、元軍人から指導を受けていた事実に素直に感心しているのか、尊敬するような目で見ている。

 見た目や言動が軽そうなだけで、彼は成績も良くサボったりもしない真面目な少年だった。


「そういうわけで、遊ぶのはまた今度にしてくれ。時間がある時に絶対に付き合うから」


 勇人は友人たちに別れを告げて、姪っ子の通う小学校に走った。

 教室を出たところで、金髪の小さな女の子の後ろ姿が、弾むように上下(じょうげ)していた。

 事情を知らない人が見たら、何で高校に小学生が? と疑問に思っていただろう。それくらい子供っぽい歩き方で歩いている。


「宮園先生、さようなら」


 勇人の鋭い顔まで和むような子供先生に挨拶をして駆け抜けた。


「こら~! 廊下は走ったらダメだろ~!」


 真っ赤になって声を上げる姿は、とても大人には見えないうえに、アリスという可愛い名前と母親がアメリカ人のハーフという、まさにお人形さんといった風貌なので生徒に大人気である。

 服装もサイズがなくてスーツではなく、ゴスロリ風の服なので、尚更お人形みたいだ。

 廊下は走るなと言っておきながら、両拳を上げ走って追いかけてくるので更に子供っぽい。

 


「なにを急いでるんだ? 先生の言うことはちゃんと聞いて欲しいぞ!」


 玄関で靴を履き替える勇人にようやく追い付き、鈴の鳴るような可愛らしい声で、無視されたことを拗ねている。

 両手を腰に当てて怒っているが、可愛いので迫力はない。

 アリスは、生徒たちにまで教師ではなく友だちみたいに接されているので、こういったことに敏感になっていた。


「姪っ子の迎えに行かないといけないんで、急いでるんですよ。走ったのはごめんなさい」


「そっかそっか~。謝ったから許す! 姪っ子ちゃんにヨロシクな!」


 素直に頭を下げた勇人を見てすぐに機嫌を直し、笑顔をと八重歯を見せると、ウンウンと頷いて可愛いツリ目に勇人を映す。

 小さいため自然に上目遣いになるので、誰もが年齢通りに見ない。

 勇人は、アリス先生の綺麗な緑色の瞳が自分を見ているのが恥ずかしいのか少し照れている。

 この教師はいつも、やましいことなど一切ない子供みたいな目で真っ直ぐに見てくるので、生徒から信頼され好かれるのだ。

 アリス先生に挨拶をした勇人は改めて走り出した。


「車に気を付けるんだぞ~」


 アリスの声に押されるように、勇人は加速して小学校に迎えに行った。




 息も乱さずに5㎞の距離を走破した勇人は、小学校の校庭で遊んでいる姪っ子に声を掛けた。

 友だちと走り回っていた少女は、嬉しさを隠す気もないのか、満面の笑顔で勇人に駆け寄ってくる。


「叔父ちゃぁぁぁぁぁぁん!」


 腰まである黒髪が風に煽られるような勢いで走り寄り、勇人に飛び付く。

 落とさないように抱っこした勇人は、眉毛の(あた)りで切り揃えられた前髪を直してやりながら、笑顔で尋ねた。


「待たせて悪かったな結衣(ゆい)、友だちと仲良くしてたか?」


 髪を撫でる優しい手に気持ちよさそうにしていた結衣は、大好きな叔父の顔を見上げながら、ニパッと笑う。


「ちゃんと仲良くできたもん。ケンカするほど結衣は子供じゃないよ」


「……そっか。偉いぞ、結衣」


 飛び付いてきたり、自分を名前で呼ぶあたりが子供っぽいと勇人は思っている。

 苦笑しながら結衣を降ろし、乱れたリボンを結び直す。左右の髪を結ぶのは、結衣にはまだ難しい。


「…………よし、友だちに挨拶してこい。今日は兄貴も義姉さんも居ないから、夕飯は外で食べるからな」


 上手く結べたツーサイドアップの髪を満足げに眺めながら結衣に促す。


「うん! この前パパたちと行ったレストランがいい! 叔父ちゃん、連れてって」


「兄貴からお金は貰ったけど、あのレストランに行くのは無理だぞ……高いし」


 勇人の誕生日に行ったレストランは、子供だけで行くのはハードルも金額も高い。


「そうなんだ。大人っぽい所なら結衣はいいよ。叔父ちゃんが決めて」


 そう言って友だちにさよならを言いに行った。


「大人っぽいってなんだ? 居酒屋?」


 居酒屋は大人っぽいというよりオッサンっぽいので、連れて行けば嫌がるだろう。

 それ以前に未成年者なので、マトモな店は保護者なしでは入れてくれない。


 2人で手を繋いで歩いていると、微笑ましいのか大人たちが笑顔になり、仲の良い兄妹だと眺めている。

 叔父ちゃんと呼んでるのを聞いてギョッとするが。


 15分ほど歩くと、お洒落な外観の家が並ぶ住宅地に香月(こうづき)と書かれた表札が見えた。


「ただいま~」


 結衣の元気な声が誰も居ない静かな家に響くと、温かな家に変わったように感じる。

 兄と2人暮らしだった勇人も、母親と2人暮らしだった結衣も、保護者が仕事で居ない時は寂しい思いをしていた。だからこそ2人はとても仲が良い。


 宿題のある結衣は勇人に教えて貰いながら問題を()く。

 勇人は教えながら風呂掃除をして湯を張る。その合間に2階のベランダから洗濯物を取り込んだりと、忙しく動き回る。

 義姉の下着や結衣のパンツを畳むのも、すでに()れたもので羞恥心もない。


 結衣が宿題を終わらせて見たいテレビを見ていると、7時30分を過ぎていたので、支度をして出掛ける。

 結衣は戸締まりを指差し確認するのが役目なので、勇人はガスや電気を見て回った。


「叔父ちゃん、カギは大丈夫だったよ」


 楽しそうに大きな目を勇人に向け、褒めて褒めてと言いたげだ。

 結衣は役割を与えられると、大人扱いされているみたいで喜ぶ子供だった。


「ありがとう、結衣。良い子だな」


 香月家は褒める時は褒めて、叱る時はきちんと叱ることを方針にしているので素直に育つのかもしれない。


 薄暗くなってきた夜道を2人で歩く。恐いのか勇人の腕にピッタリくっついて歩く。結衣の歩幅に合わせて歩くので少し遅い。

 勇人は179㎝あり、結衣は132㎝しかないので、しがみつかれて歩きにくそうだ。


 住宅地を抜け、繁華街に着くと賑やかな喧騒が2人の耳に飛び込んできた。

 結衣は街灯や看板のネオンサインでキラキラした街を見て興奮したようにキョロキョロしている。

 勇人には大人っぽい店がよく判らないものの、少し考えてファミレスではなくアンティークなテーブルや椅子が並ぶ、雰囲気の良さそうで手頃な値段の店に入ることにした。


「叔父ちゃん、パパたちみたいにワインを頼もうよ」


 席に案内されてメニューを見ながら結衣が期待した目で勇人を見ておねだりした。


「駄目に決まってるだろ? 未成年なんだから」


「でもクリスマスの時に飲んだよ?」


「あれはワインボトルみたいだけどシャンメリーだよ。アルコールは入ってないぞ」


 どうやら両親が飲んでいたのと同じ色だったので、勘違いしたようだ。

 結衣はシャンメリーとシャンパンとワインの区別もつかない。子供なのでおかしくはないが。


「ママにだまされた~」


 大人気分を味わっていたのか、クリスマスにシャンメリーを飲んで、はしゃいでいた結衣はガッカリして落ち込んだ。

 母親なだけあって、結衣が大人ぶりたがるのを見越して買っていたのだろう。勇人は普通にコーラを飲んでいた。

 ジュースを飲んでいた勇人を「叔父ちゃんは子供で結衣は大人だよ」と得意げに自慢し、結衣を子供扱いしないように自分に求めたことを思い出した勇人は、笑いながら料理を注文する。


「叔父ちゃん! 笑ったらダメ!」


 怒り出した結衣を宥めてお子さまランチを頼む。お子さまランチと聞いて大喜びしている結衣は、やはり子供だな~と思わせるには十分だった。



 店を出た2人は、朝食の買い物をしていこうとスーパーマーケットに寄っていった。

 チョコ買ってとねだる結衣に苦笑しながら、勇人はカゴに食材を放り込んでいく。




 買い物を終えてスーパーマーケットを出る頃には、酔っぱらいの姿がチラホラ見え始めた。

 結衣は赤い顔をした酔っぱらいを面白そうに見ている。勇人は酔っぱらいに近付かないように、結衣の手を引っ張って自宅に向かう。


「あはははっ、フラフラして可笑しいの。お酒飲むと楽しくなるのかな?」


「オレに聞くなよ。酔うまで飲む駄目な大人にしか分からないって」


 酔っぱらいを見ている結衣に、呆れたような声で答える。勇人にはお酒を飲みたいなどという欲求はないので、酔っぱらいは情けない大人という気がするらしい。


「あの人に聞いてみていーい? 叔父ちゃん」


「酔っぱらいなんてほっとけよ…………って、先生!」


 結衣が聞こうとしたのは、自分より10㎝くらい背の高いだけの子供みたいな先生、宮園アリスだった。屋体のおでん屋のテーブル席につき、呑んだくれている。


「あ~、どいつもこいつもアタシを子供扱いして~。身分証がないと居酒屋は入店拒否されるし、寄って来るのはロリコンばかり。どうなってんだアタシの人生は~」


 頬っぺたを真っ赤に染め、左右にフラフラしながら愚痴る姿は、色気があるというより、可愛らしい。

 肩に掛からない程度の長さの、ゆるふわボブカットがボサボサになるほど、頭をクシャクシャしながら怒っていた。


「ふえっ? こ、香月っ! アタシを見ないでくれ~。同僚の教師にまで子供扱いされて一緒に飲んでくれずに、独りで安い発泡酒を呑んでる姿は生徒には見られたくないんだよ~」


 遅れて声に気付き、ふと顔をあげると、じと目で見ていた勇人にの姿が目に飛び込んできて、慌てたアリスは言わなくていいことまで言ってしまう。

 小学生みたいな女の子が屋台のおでん屋で呑んでいれば目立つのは当たり前だが、本人は大人なつもりなので、自分が目立つ容姿である自覚はないのだ。


「叔父ちゃん、面白いお姉ちゃんは先生なの?」


 結衣の純粋な目に、更なるダメージを受けたアリス先生は、テーブルに突っ伏してメソメソしだした。


「笑いたければ笑え~。アタシは26にもなって恋人もできずに呑んだくれてるダメな大人なんだ~。お嬢ちゃんはアタシみたいになるなよ~」


 テーブルに頭をグリグリ押し付けて泣く。あまりの嘆きっぷりに周りの客たちが、屋台で1番高い酒を差し入れている。屋台のオヤジもそっとおでんを差し出した。


「先生にもいろいろ有るよな。見なかったことにするから、そのへんで呑むのは()めとけって」


 泣きながら差し入れの酒とおでんを食べ始めたアリスを勇人が止める。結衣もおでんを貰って上機嫌だ。

 しばらく愚痴に付き合ってから、アリス先生の介抱をしていると、軽めの地震が発生して道路を挟んだ向かい側が騒がしくなった。

 このくらいの地震で何を騒いでいるのか、と思ったが嫌な予感がした勇人は後ろを振り替えると2階建ての小さなボロいビルの壁が崩れ落ちそうなところだった。


 その瞬間、超反応を示した勇人は結衣を抱え、テーブルの上を転がって反対側に行き、テーブルを蹴り倒して盾にしながら結衣とアリスの頭を抱き寄せようとした。

 しかし、テーブル越しに赤ん坊を抱えた女性の恐怖にひきつる顔が目に入ったため、テーブルの蔭から飛び出してしまう。


 飛燕のような速さで走り、女性と赤ん坊を抱えて横に転がる。停めてあったトラックの下に女性と赤ん坊を入れて自分も入ろうとした時、勇人は信じられない物を見たように驚愕した。


 勇人を心配した結衣とアリスがテーブルから飛び出してしまっていた。

 前方に飛び、転がる勢いを利用して結衣とアリスの所に向かうも、2人の手を掴んだところで、無情にもビルが勇人たちを飲み込んだ。


 


 

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