プロローグ
今日は、父のダロスの誕生日だ。
アリヤ・キャロルはいつも以上に張り切って料理をしていた。
喜ぶ父の顔を想像しながら、野菜や鳥肉を刻んでいく。
まだ出来上がりまで時間はかかるが、父の帰宅時間には十分に間に合いそうだ。
アリヤには母親がいない。
アリヤは父から、母親は幼い時に病気で亡くなったと聞いている。
寂しくないわけではない。
だが、父がその寂しさ以上の愛情を与えてくれた。
父さえ居てくれるなら、アリヤは幸せだったのだ。
またアリヤも、ダロスにとって自慢の娘だった。
料理が上手く、頭も良く、心優しい。
そして、母親に似てとても美しかった。
今年で16歳になるが、村の男子は誰もがアリヤに恋い焦がれていた。
今日はアリヤにとってもダロスにとっても最高の一日になるはずだった。
刻み終わった鳥肉を鍋に入れるところで、ドアノブがカチリと音をたてた。
父が帰ってきた。いつもより一時間ほど早いが、誕生日だから早めに仕事を切り上げてきたのだろう。アリヤはそう思った。
ドアが開く。
「おかえりなさ」
言い終える前にアリヤは異変に気付く。
ドサッという音と共に何かが倒れた。
それは父、ダロスだった。
顔が腫れ上がり、鼻や口から大量の血を流している。
他人から見れば、ダロスとは認識出来ないほど原形をとどめていない。
だが、アリヤには分かった。
倒れているのは紛れもない、最愛の父親だ。
「きゃああああああ!!」
アリヤは悲鳴をあげる。
すると10人ほどの男達が家の中に入り込んできた。全員、キリング家の軍服を着て、腰には剣を携えている。
「いやあ、驚かせてすまなかった。この男、なかなか黙らなくてね。」
一番最後に入ってきた男が話し始めた。
大柄で髭を蓄えている、見るからに粗暴そうな男だった。
アリヤは恐怖でいっぱいだった。脚はガクガクと震え、今にも膝をつきそうだ。
アリヤは涙を流し、「お願いです。私はどうなっても構いませんから、父をお助け下さい。」と懇願した。
「父親と違って物分かりがいいようだな。言う通りにしていればこれ以上父親が傷付くことはない。我々に同行してもらおう。」先程の大柄な男が言った。
最悪な未来が待っていることが分かっていながら、アリヤは従うしかなかった。
アリヤは後ろ手に縛られ、タリーク城の地下牢に連れていかれた。
この後、私はどうなるのだろうか。
あの兵隊達に犯され、奴隷商人に売られるのだろうか。それとも殺されるのだろうか。
そして何より父は無事なのだろうか。
涙が止まらなかった。
自由になりたい。
もう一度父に会いたい。
生きたい。
誰かお願い、助けて!!
強く心に思った。
その瞬間、ある記憶がフラッシュバックした。
おぼろげな風景。海かもしれないし山かもしれない。
いつのことかも分からない。小さかったことだけは覚えてる。
どうやら幼い私は泣いているようだ。泣いてる理由も分からない。
不確かな記憶の中、確かに覚えていることが一つだけある。
「お前が泣いてたら、また助けてやる。だから、大声で俺の名前を呼べ。」
男の子が、そうぶっきらぼうに言ったこと。
名前...名前は...
「助けて!!ユウキ!!」
刹那、閃光が地下牢を走った。
アリヤは眩しくて思わず目を瞑った。
目の前でドンッと音がした。何かが落ちてきたようだ。
「ぐおおお...いってえ...!一体なんだってんだ!!」
男の人の声がする。
目を開けると、上下黒い服を着た青年が、地面をのたうちまわっていた。
「あの...ユウキ?」
心に刻まれた名前を呼んでみた。




