第九十四話 命を大事にしないと殺す
魔王軍を含む織田信長勢力は、タマモを置いて江戸城の敷地内へと侵入を果たす。
城そのものまでは少し距離があるのだが、外には誰も居なかった。
「誘われている……どこかに罠でもあるのか?」
まるで、城に入って来いと言わんばかりである。
「狸は何考えてるか相変わらず分かんねぇ。用心した方がいいぞ」
織田信長の忠告に魔王は頷き、それから六魔侯爵の一人に指示を出す。
「シロ。先を歩き、罠があったら知らせろ」
六魔侯爵、獣魔を率いる白狼――シロだ。
今は人型になっている彼女は、犬耳をぴくぴく動かしながら魔王に返事をする。
「はーい! お任せして!」
場にそぐわない元気いっぱいの声。
見た目は快活な少女にしか見えないが、こう見えてシロは感知の能力が非常に高いのだ。
五感の優れる獣魔を率いる長がシロである。
彼女の獣魔軍はその優れた感覚を活かして、偵察や暗殺などが得意だ。
罠の感知もお手の物である。
「くんくん……んー、罠の匂いや気配はないかな~?」
小さな鼻を鳴らしながらシロは先を歩く。
その少し後ろを、魔王たちは用心深くついていった。
「では、誰か隠れてはいないか? 我らを待ち伏せしている者がいてもおかしくはないが」
「そうだねー……ちょっと待って」
魔王の言葉に、シロは意識を研ぎ澄ませるように目を閉じる。
それから、地面に耳をあてた。
優れた五感で、地面に伝わる振動を感知しているのである
「――いる」
と、ここでシロは慌てて魔王の方に振り向いた。
「誰かいるよ! 一人……じゃないっ。一人と、一匹!?」
刹那、シロの少し前方の地面から何かが飛び出してくる
『グガァアアアアアア!!』
どうやら地面の下に潜んでいたようだ。
「ちっ。『徳川綱吉』の継承者か……獣を使役する面倒な奴だぜ」
現れたのは、普通の犬の十倍はあろうかという巨大な犬と、徳川綱吉だった。
「生類憐んでる!?」
犬の隣で徳川綱吉は大声を張り上げる。
初めから意味不明な言葉を吐く徳川綱吉に、魔王は会話ができないことを悟った。
「ああいう手合いは殴った方が早い。デビル、貴様がやれ」
「おうよ! ようやく、暴れられるんだなぁ!!」
筋骨隆々の悪魔が、徳川綱吉に負けないくらいの大声を出しながら飛び出てくる。
六魔侯爵きっての武闘派、悪魔軍を率いる生粋の脳筋だ。
魔王軍の中で最も会話ができないと言われている者でもある。
デビルなら徳川綱吉と息が合うと判断して、魔王は送り込んだのだろう。
「死ねぇ!!」
「殺すだと!? 生き物を殺めるとは、許せん……万死に値する!」
拳を振り上げるデビルを徳川綱吉が迎撃する。
「犬よ、あいつを殺せ!」
『ガァアア!!』
徳川綱吉は、いわゆる獣使いに分類される戦法を用いるようだ。
使役された犬がデビルに噛みついてくる。
その閉じようとする顎をデビルは両手で押さえた。
「獣風情が、鬱陶しいんだよおらぁ!!」
次いで、力任せに犬の上体を押し上げて振り払う。
その結果、犬は凄まじい勢いで地面に打ち付けられた。
「犬ぅうううううう!?」
徳川綱吉の絶叫。
魔王は顔をしかめながら、うんざりとしたように息を吐き出す。
「大切なパートナーだろうに、名前はつけないのか?」
犬を大切にしろと強要する割にはあまり愛を感じられなかった。
「そういう生き方なんだろうぜ。あいつは理解しようとしない方がいい。無駄だ」
変人、という評価はどの人が見ても変わらないようである。
徳川綱吉はぐったりとした犬を前にして、唐突に懐へ手を突っ込んだ。
「仕方ない……生類を憐れまない罪人には鉄槌をくださねば! 出てこい、犬二号!」
取り出したのは、またしても犬だった。
この犬を地面に放り投げると、たちまちにさっきの犬と同じくらいに肥大する。
『グガァアアアアアア!!』
二体目の敵に、デビルは拳を鳴らす。
「いいぜ、ドンドン来いよ……よく分かんねぇけど、戦うなら付き合ってやる!!」
彼は容赦なく、犬をぶん殴っていた。
「ちなみに、あの犬は無限に出てくるぜ」
「それは面倒だな……では、我らは先へ進むか。デビル、それからシロ。貴様ら二人にこの場は任せたぞ」
魔王が指示を出すと、戦っていない方のシロが元気よく返事をする。
「はーい! デビルと一緒に頑張るー!」
「うむ、頑張れ」
そのままシロに手を振って、魔王は歩き出した。
「犬二号ぉおおおおお!? 殺す! 絶対に殺すぅ!!」
犬を倒されて発狂する徳川綱吉は無視して、先へ進む。
一応、徳川綱吉に邪魔されることを警戒していたが、やつは魔王たちに何もしなかった。
「許さん……犬を傷つけるやつは死刑だからな!!」
「上等だ、殺してみろ!」
敵意はデビルに向いているらしい。
「……こうも簡単に城内へ入れるとは……何か企んでいるようだな」
魔王はなんとなく徳川家康の策略を感じ取ったが、それでも足は止めない。
「何にしても、急ぐぞ。勇者を助けるために」
どんなことがあろうと、勇者を助けるために。
魔王は先を目指すのだった――




