第九十三話 四天王最古参の妖狐『タマモ』
――江戸城、近郊にて。
近くの茶屋から、魔王軍含む織田信長勢力が現れた。
幻想遊郭から江戸城に一番近い茶屋を選んでやって来たのである。
もう夜も深い。周囲には人影がまったくなかった。
遅い時間帯なのでそれは当然である。
だが、人影が一つもないという点を魔王は怪しんでいた。
「……我らの到来は予期されてるな。人払いされている」
そう判断すると、彼女は堂々と道を歩く。
こそこそ隠れる必要はないと判断したようだ。
「行くぞ。どうせ待ち伏せされているだろうが、気にせずとも良い。戦って蹴散らせ」
人数にすると、織田信長と豊臣秀吉を合わせてせいぜい十三人しかいない。
今から相手にするのは、ホドの君主だ。
つまり、世界を相手にするのと変わらないというのに、魔王には臆した様子がなかった。
勝利を疑わない慄然とした居住まいである。
「やっぱり頼もしいじゃねぇか……頼りにしてるぜ」
「うむ。安心するといい。我が仲間になったということは、即ち勝利を意味するのだからな。決戦まではお膳立てしてやるから、道中の雑魚は任せるのだぞ」
織田信長とそんな会話を交わしながら、真っすぐに江戸城へと向かっていく。
民家を抜けると、何もないが広い土地が広がっていた。
その先には堀があり、橋が設置されている。
だが、橋の前にはやはり、徳川家康の用意したであろう兵たちが待ち構えていた。
数にしておおよそ千くらいだろうか。
「……あいつらは、全員【サムライ】だな。徳川家康が飼ってる精鋭たちだぜ」
「ほう。あれで全部か?」
「たぶんな。数は少ねぇが、戦闘を生業にする野郎どもだから弱くはねぇよ」
サムライたちは魔王たちの到来を確認すると、すぐに武器を構えた。
「徳川家康とやらめ、勇者を餌にあえて我らを呼び寄せたな? 自らに利がある地で、確実に殺そうとしているのか」
ここまでは徳川家康の策略通りに動かされている。
だが、そのことを魔王はまったく気に留めていなかった。
「ハンデとしては足りんが、まぁ良い。さっさと勇者を救出しようではないか」
千の精鋭を前にしても、魔王を含めて魔王軍は怯まない。
むしろこの状況を楽しむかのように、不敵な表情を見せていた。
「信長様……なんか怖いっすね。戦闘狂っぽくて」
「そうか? あれくらい普通だろ」
「おっかないっす」
織田信長と豊臣秀吉がこそこそと話している間に、魔王は最初の一手を決定していた。
「よし……タマモにこの場は任せるとしよう」
選んだ戦略は、初っ端からの四天王投入。
その合図に、一番後方でのんびり歩いていたタマモが、キセルを吸いながら前へ出てきた。
「ふぅ……妾がやって良いのかや?」
「うむ。だが、まずは我らをあの城に向かわせろ……その後に存分と暴れるのだ」
「分かったのじゃ。老体には重労働じゃが、全力を尽くすかのう」
カラリ、と彼女の履いている下駄が音を立てる。
キセルを手に持って、タマモはゆっくりとサムライたちに歩み寄った。
「止まれ! ここは通さんぞ!」
「……それは困るのじゃが」
矢、槍、刀などが一斉にタマモへと向けられる。
その瞬間に、タマモは九つある内の二尾目の尻尾を振った。
そして彼女は歌い始める。
セフィロトの言葉ではない、何者にも聞き取れない歌を……彼女は歌う。
「――――」
その瞬間にはもう、タマモの『妖術』が発動していた。
「「「――――っ」」」
誰もが声を押し殺した。
その歌を邪魔してはいけないと、彼らは本能で悟っていたのだ。
何かが、いる。
タマモの歌に引き寄せられたのは、セフィロトという世界を越えた存在だった。
かつて、ホドの前身となった国でも奉られていた存在。
昔の人々は、彼の存在を『神』と呼んだ。
「――――」
歌は続く。
舞も始まり、やがて神の存在感はより大きくなっていく。
ゆらゆらと揺れるキセルの煙は、理から外れたかのようにくるくると渦を描いていた。
今、動いてはいけない。
神の楽しみを邪魔してはいけない。
何かをしたら、神の怒りに触れて即座に死ぬ。
そう本能が言っていた。
だからサムライたちは、何もできなくなっていた。
この場で動けるのは、タマモと……それから、彼女の仲間たちのみ。
「行くぞ」
魔王は神など気にせず、足音を大きく立てて歩き出した。
その他の魔族も同様である。織田信長と豊臣秀吉も、戸惑いがちにではあるが魔族についていった。
その間、神は魔王たちに何もしない。
これはタマモが、歌と舞で神様にお願いしているからだ。
『今からもてなします。歌と踊りをお楽しみください。でも、その代わりに仲間を守ってください。その他の者は、邪魔したら殺してください』
――と、タマモは歌と舞で訴えている。
神もタマモの踊りを楽しんで、魔王たちには何もしなかった。
これこそ、妖狐のタマモが持つ一つの力だ。
九つある尾の内の二尾目に宿る、『巫術』という。
一尾目は『わらべあそび』といい、【だるまさんがころんだ】などがある。
尻尾にはそれぞれ力が宿っているのだ。
四天王最古参の力は伊達じゃない。
九本の尻尾を駆使すれば、実力そのものは魔王にも匹敵する。
この九本目のが解放されたのは、過去にもたった一度だけ。
――勇者との対決でのみ、だ。
ちなみに勇者は二尾目の『巫術』は力押しで突破した。
神様に殺されないように戦いながらタマモと戦うという、驚異的な底力で彼女を圧倒している。
この場には、勇者ほどの力を持つ者はいないようだ。
誰も神様の前で動こうとせずに、結果として魔王たちは橋を渡ることに成功する。
それを見届けて、タマモは神様を送り返した。
ありがとうございましたと歌で伝えて、ようやくこの場から神が消失する。
サムライたちは何もしていない。
だが、神と同じ場にいたというだけで、誰もが疲弊しているようだった。
「さて、次は……お主たちじゃ」
ここに至って、サムライたち主人が何に喧嘩を売ったのか知る。
「化け物、め」
戦闘のみに特化した化け物の集団。
それが、魔族だ――
お読みくださりありがとうございます。
本作の書影を活動報告にて公開しております。
魔王の可愛いイラストをお楽しみいただると嬉しいです!
よろしくお願い致します。




