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第九十話 ご自愛してます

「今夜は月が綺麗ですなぁ……そう思いませんかな? 勇者」


 恰幅の良い爺さん――徳川家康が柔和に笑って、お猪口を傾ける。

 落ち着いた雰囲気を感じた。表情も常にニコニコしていて、気の良さそうに見える。


 だが……いや、だからこそ得体の知れない威圧感があった。

 こいつは、読めないタイプの敵だ。


 厄介な相手になりそうである。


 徳川家康はあぐらをかきながら月を見上げていた。

 隙だらけである。ここは一つ、奇襲をしかけてみるべきか。


 そう考えて、微かに前傾の姿勢をとる。

 それが奴には見えていたようだ。


「やめなされ。動かない方がよろしいと思いますがな……」


 わずかな動きでこちらの思考を推測したのか。

 鋭い洞察力に、俺は身動きが取れなくなった。


「懸命な判断じゃ。そちらの小さき子らが傷つかないよう、気を付けた方がよろしいですぞ」


 徳川家康は笑顔で忠告する。

 なるほど……人質というわけか。


 俺が動けば、真っ先にニトとミナを狙うと脅しているようだ。


「イヤらしい真似するな。そっちの淫乱痴女に加えて、あと……二人か? 隠れてないで出て来いよ」


「おや、気付いてたのですかな?」


 勿論。丁度、徳川家康が姿を現すと同時に、周囲の桜の木に二つの気配が現れた。

 俺は既に囲まれていたのである。


「出て来て、名乗ってあげなさい」


 徳川家康の指示で、木の陰がら二人が現れる。

 視線を向けると、そこには二本の刀を構える男と、犬を抱いてる男がいた。


「『宮本武蔵』の力を継承している者だ」


 前者が先に名乗る。こちらは抑揚の乏しい声を発していた。あまり人間味はないが、その鍛えられた体つきや佇まいから、かなりの実力者であることを感じる。


 手強そうな相手だ。近藤勇と同等かもしれない。


「おいらは『徳川綱吉』の力を継承した者!」


 次に、犬を抱いている男が名乗る。


「生物の命を大切にしない奴は殺す!!」


 なんとなく察していたのだが、なかなかの変人だった。


「……この矛盾の塊みたいなのは何だよ」


「そういう性格じゃ。あまり気にする必要はないですぞ」


 徳川家康も笑顔でスルーしていた。普段から変人らしい。


「生類憐みの令! 生類憐みの令! 生類憐みの令!」


 何やらぶつぶつと呟いているが、俺もスルーした。徳川家康の言葉通り、気にしないでおこう。


「……ふむ、そういえば言い忘れていたのじゃがな」


 と、ここで徳川家康がこんなことを言う。


「勇者よ。申し訳ないのじゃが、この場にはもう二人いるのじゃ」


 そう言った直後、徳川家康の隣に突如として何者かが現れた。


「彼は『烏天狗』じゃ。妖怪種じゃな……ちなみにあちらの『酒呑童子』も妖怪種にあたりますな」


 くちばしと黒い羽根を持つ、異形の生物が鳥のような目でこちらを睨む。


 こいつは、驚いたな……魔王の転移さえも知覚できる俺が、烏天狗の気配を察知できなかった。


 その上、もう一人――今度は徳川家康の影から、黒装束の男が姿を現す。


「こちらは『服部半蔵』の力を継承者じゃな」


 その男からも、異様な雰囲気を感じた。


 非常にまずい状態だ。

 周囲の奴らは、恐らく俺と同等かそれ以上の実力者ばかりのようだ。


「……何がしたい? いきなり現れて、一緒に酒でも飲みたかったのか?」


「違いますな。ただ、君を捕らえたいだけですぞ」


 徳川家康は飄々と肩をすくめる。


「君のことは存じておる。個で他世界と渡り合ったそうじゃな……君がいては、儂らに勝ち目がなくなるのでな」


「ああ……そういえば、近藤勇に指示を出したのもお前だったか」


 あいつは、徳川家康から俺の情報をもらったと言っていた。

 俺の存在をこいつは知っているのだ。


「この世界は閉鎖しているのじゃが、儂には伝手がありましてな……とにかく、君が危険で規格外だということは理解しているのじゃ」


「過大評価だろ。今ではセフィラでも何でもない、ただのヒモだぞ?」


「セフィラでも何でもない男なのに、儂の目には誰よりも危険に映る。じゃから、儂が保有する最大戦力で捕らえに来たのですぞ?」


 なるほど。だから、あえて自身の戦力を見せびらかすような真似をしているのだ。


「大人しく、捕まってくれませんかな?」


 俺に無理だと諦めさせようとしているのだろう。


「そうだな……お前らは、強い。ここで襲われたら苦戦すると思う。でも――絶対に負けることはないな」


 戦力で劣ることなんて、俺にとっては日常茶飯事だった。

 個で魔族と戦っていたのである。この程度の危機で敗北できるほど、あの戦いは甘くなかった。


「俺なら、勝てる。こっちの二人も、お前らから守ることだってできるだろう」


 そう言って俺は、ニトとミナの方を見た。


「んゃぁ……ゆうしゃぁ、ミナはたべられないよぉ」


 ミナは涎を垂らして寝ている。

 この状況なのに起きないあたり、大物になりそうだった。


 一方、ニトはといえば。


「ひぃい! 来るなっ。あたしの貞操は神様に捧げてるのよっ。あんたなんか願い下げだわ!!」


「にゃははっ。そう言われると、余計燃えるっしょ!」


「ちょ、やめっ……んがぁあああああ!!」


 未だに酒呑童子と死闘を繰り広げていた。さっきからこいつらのせいでシリアスが台無しになってるわけだが……無視しておこう。


「ふ、二人も、余裕そうにしてるし? 俺たちに敗北はない」


「そのようですな」


 徳川家康はなおも微笑んでいる。

 だが、その言葉からは何も読み取れなかった。


 奴は微かに目を開ける。俺の方をじっと見て、それから息をついてこう言った。


「でも、君が傷つくのは避けられないでしょうな。怪我を負って、悲しむ人物はいませんかな?」


 その言葉は――俺の心を突き刺すような鋭利さを帯びていた。


「そうだな……」


 言われて、俺は苦笑する。

 ああ、そこを突かれては反論のしようがない。


 反逆の意思を示して優位に立とうと試みたのだが、やはり無駄だったようだ。

 徳川家康の方が一枚上手だったか。


 正直なところ、俺は最初から戦う意思などない。


「俺が傷ついたり、頑張ったりすると、魔王が悲しむからな。怪我はしたくない」


 そう。戦えば勝つだろうが、そうなると俺は絶対に怪我を負う。

 こうも実力者が揃っている状況なら、あるいは命に関わる怪我になる可能性もあるだろう。


 そんなことをして、魔王を悲しませるのはイヤだった。

 魔王とは、『自分を大切にする』と約束している。


 ここで無闇に反抗して傷つくよりは、大人しく捕まって魔王が助けてくれるのを待つ方が得策なのだ。


 この行為には、魔王への信頼もある。

 あいつは、俺が大好きでしょうがないのだ……絶対に、助けてくれるだろう。


 だから、


「分かったよ。大人しく捕まってやる。でも、二人に危害を加えるなら――殺すからな」


「ええ、存じておりますぞ。君に殺意を持たせることに比べたら、小さき子らを丁重にもてなす方が良いでしょうな」


 二人の安全を約束させて、俺は降伏することにした。

 さてさて、俺の救助は魔王に任せるとしよう。


 あいつならきっと助けてくれる。

 でも、少しの間とはいえ魔王と離れ離れになるのは、やっぱり寂しいなと思うのだった――

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