第八十九話 ボスご登場
「んにゃ……」
楽しくお花見をしていると、いつの間にか夜になっていた。
月が空高くに昇ると、ミナは俺の膝を枕にして寝息を立て始める。
知らない世界に来たことと、それから結構歩いたので、彼女の小さな体には疲労がたまっていたようだ。
甘い物もたくさん食べてお腹いっぱいにもなっている。眠ってしまうのも仕方ないだろう。
「ゆっくり寝ていいからな」
金糸のように滑らかな髪の毛を梳くと、ミナはくすぐったそうに身をよじる。その寝顔はとても幸せそうだった。
エルフの世界から離れても、ミナはとても自由に過ごしている。このまま健やかに成長してもらいたいものだ。
あるいはまぁ、そのままでもいいんだけど。
「ぷはー! 美味いっ」
一方、ミナよりも小さいはずのニトなのだが、まだ酒を飲み続けている。彼女の方が疲労は溜まっているはずだが。
おかしいな……一升瓶三本は買ったのに、もう二本は空だった。更に言うと、残り一本もあと半分くらいしかない。
明らかにニトの許容量を越えているように見えた。
「……そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「は~? あたしにとって酒は血なのよ! むしろ血が酒と言っても過言じゃないわねっ。うひゃひゃひゃ!」
酔っているのだろう。言葉が理解不能である。
「それより、あんたも飲め! 全然飲んでないじゃないっ」
そう言ってニトは俺の隣に寄ってくる。酒を何故か自分の手に注いで、俺の口元に持ってきた。
「……コップあるだろ」
「うるさいわねぇ……いいから飲めぇ」
俺の手のひらより大分小さい手が迫る。仕方なく唇をつけて、彼女の手のひらに溜まる酒を口に含んだ。
あんまり飲めなかったのだが、ニトはそれだけで満足したようで。
「いいわねぇ……うひひ、もっと飲みなさいよっ」
更に酒を手のひらに注いだ。
うーん、酔ってるな……何を言っても無駄そうだし、気が済むまで付き合うべきか。
そんなことを思って、二杯目を彼女から飲もうとした瞬間だった。
「うぇーい! あーしにも飲ませろっ☆」
不意に、俺の背後からニトの手のひらに顔を突っ込む者が現れた。
「――っ」
しまった。気が緩んでいたせいで反応が遅れて、気付いた時には接近を許してしまっていた。
「ぺろぺろー♪」
その人物は、ニトの小さな手を口に含む。
手のひらに注がれていた酒を、ではない。ニトの小さな『手』を口にくわえたのだ。
「ひぃぃいいい!? な、何よこいつっ」
酔っ払っていたニトも流石に驚いたようだ。空いてる手で俺の服を掴んでいる。
だが、そいつはニトを離さない。
「いやーん、おいしー! ちっちゃな子猫ちゃんの味がするって感じ☆ もっとあーしに味見させて……子猫ちゃんの、味を♪」
そいつは、口に入れていたニトの手を出すと同時に、今度はその唇でニトの唇を奪った。
うん、何故かちゅーしていた。
「むぐぅ!?」
ニトは目を見開いて抵抗するが、いかんせん小さすぎてどうにもならない。
対して、ニトにキスをした相手は――女性? 胸がまったくないのだが、声の高さや雰囲気から見て女性に間違いなさそうだ。
一体、何を思ってニトを襲ったのだろう。
不思議に思って観察すること暫く。
「ごちそうさまー♪ 美味しかったぜーい☆」
女性がニトを解放して、満足気にニコニコと笑う。
しかし、ニトは青ざめた表情で俺に抱き着いてきた。
「ゆ、ゆうしゃぁ……変人よ。変人がいるわ!」
「落ち着け。お前も変人だ」
「いきなり襲い掛かってきてキスするような変態と一緒にしないでっ」
流石に、彼女と一緒にされるのはイヤだったようだ。
それもそうだろう。ニトは奔放だが、相手の気持ちを無視するような行動はしない。
その点で言うと、同列にするのは少し可哀想である。
「っていうか、助けなさいよっ」
「いや……もしかしたらニトの彼女かもしれないなーって思って」
「バカ言わないでっ。あたしはノーマルよ!」
涙目でニトは俺をぽかぽかと叩く。
助けてあげるべきだったようだ……ニトならそういうこともあまり気にしないと思っていたが、そうでもないらしい。
ちょっと失敗だったか。
後でお酒買って機嫌をとらないといけないな。
「で、お前は誰なんだ?」
ニトをかばいながら、キスの余韻に浸る女性に声をかける。ちなみにミナはまだ寝ていた。騒いでもまったく気にしてなかった。
「んー? あーしはね、可愛い子猫ちゃんを狙うハンターさんだぜ☆」
奴は言葉にこそ反応したが、質問には応えてくれなかった。
結局誰なんだよ。
「そっちで寝てる子猫ちゃんも、いただいちゃっていい感じ?」
「ダメに決まってるだろ。ニトだけで我慢してくれ」
「なんであたしはいいのよっ!」
ぎゃーぎゃー喚くニトは無視して、女性を観察する。
身長は俺と同じくらいあった。胸はないが、スレンダーな美女である。短めの紫紺の髪の毛は似合っており……そして、頭から生えている『角』からは禍々しい何かを感じた。
こいつは……違う。
一般的なホドの住人ではない。どちらかというと、タマモやフクさんに近い気配だった。
「酒呑童子、ほどほどにするのじゃ」
と、ここでまた別の方向から声が上がる。
目を向ければ、そこには――赤色の羽織を纏う老人がいた。
口ぶりからして、この女……酒呑童子との知り合いのようだ。
そして恐らくだが、こいつらは味方ではないような気がした。
「儂も一杯、いいかな?」
老人は腰を下ろして、懐から徳利を取り出す。
お猪口に酒を入れて、俺に掲げた。
「君との出会いに乾杯じゃ」
ぐいっと酒を飲みほして、老人は一言。
「初めまして、『勇者』。儂はこの世界の君主――『徳川家康』の力を継承した者じゃ」
正体を、奴は口にした。
「徳川家康……っ」
目の前にいる老人こそ、織田信長が打倒せよと命じた相手。
つまり、俺たちの敵だった――




