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第八話 そして勇者は、魔王のヒモとなる

 魔王城に来てから一週間が経った。

 その間、俺は魔王の部屋で過ごしているのだが……はっきり言おう。


 魔王のヒモ、最高。


 何もしないって、本当に楽だと思った。


「勇者、もうお昼だぞ? そろそろ起きた方がいいんじゃないか?」


 朝、じゃなくてもうお昼。

 だというのに俺は、魔王のベッドで惰眠を貪っている。


「ん~……あと五分」


「仕方のない奴だな。五分と言わず何時間でも寝るがよい」


 魔王はとりあえず声をかけてくれたらしいが、俺を起こす気はまったくないようだった。というか、彼女もまた俺の隣で寝転がっているのである。


「魔王、抱き枕とって」


「なに? で、では、我を抱くといい。自分で言うのもなんだか、温かいしオススメだぞ?」


「ありがとう」


 寝ぼけている故に、彼女の提案を素直に受け入れる。


 もぞもぞと動く魔王を抱きしめて、俺は更なる眠りにつくのだ。


 それから、夕方になって。


「ふぅ……幸せとはまさにこのことか」


 魔王の呟きに、俺はようやく目を覚ました。


 胸元に感じる魔王の吐息がなんだか熱くて、それで起きたともいえる。


「……魔王、おはよう」


「もう『こんばんわ』だがな。よく寝たか、勇者?」


「ああ、いっぱい寝た。ってか、寝すぎたかも……おかしいな、勇者時代はこんなにたくさん眠ることなんてなかったのに。毎日、三時間睡眠でも大丈夫だったのに」


「もうそんな無理はしなくても良いのだぞ? 我の隣で、貴様はただのんびりと生きればいいのだ。心配は要らない。我が、貴様を幸せにしてやる」


 頼もしい言葉に、俺は心から甘えていた。


 この一週間で、勇者時代の緊張感は抜けきってしまったらしい。今はただただ気が緩んでいた。


「……お風呂入りたい」


 ふと、身体が汗ばんでいるように思えたので、そんなことを呟いてしまう。

 なんだか、匂いも……女くさいというか。


 魔王の体臭が全身にこびりついていた気がした。


 不快ではないのだが、ちょっと気分がムラムラしてくるので、彼女の誘惑に負けないためにも風呂に入ることに。


「そうか。では、今日も我が体を洗ってやろう」


「任せた」


 そして俺は、当たり前のように魔王と一緒に浴場へ向かった。


 最初の方は遠慮していたが、いつの間にか自分で体を洗うのが面倒になって、魔王に全て任せるようになっていたのである。




 俺と魔王が好んで入るのは、二人では狭いと感じるような小さな浴場である。


「勇者よ、貴様は筋肉質だな。もっと脂肪をつけた方がいい」


「そうか? 魔王は、俺が太ってても大丈夫なのか?」


「馬鹿め。我は貴様の外見がどうだろうと気にしない。我が好きになったのは、貴様の内面なのだぞ? ……ま、まぁ、顔も好きなのだが」


「でもなぁ、勇者ってエネルギーたくさん使うみたいで、何もしなくても太りそうにはないな」


 魔王に体を洗われながら、俺は自分の体を確かめる。


 傷だらけの肉体には無駄な脂肪が一切なかった。それだけ、勇者時代体を酷使していたというわけだろう。


 そんな自分の状態が当たり前だと思っていたのだが、魔王からしてみればそれは当たり前ではなかったようだ。


「これから太るといい。この世にはな、美味しい食べ物がたくさんあるのだ。食べて食べて、食べまくろう」


 俺の胸元を、魔王は自らの手でこする。


 手には泡立つ何かが塗られているようで、身体をヌルヌルと滑るため、なんだかこそばゆい。


 お風呂にて、俺たちは一緒にリラックスする。

 今この時は、お互いの肌の温もりを確認するだけだ。


「ふぅ……なぁ、勇者? 我は貴様とお風呂に入れて我は幸せだぞ? その、気の許せる仲になったのだなと確認できて、頬が緩む」


「なんだそれ、可愛いな」


「……可愛いとか、言うな」


 狭い浴槽で、二人して体をくっつけあいながら、和やかに入浴を楽しむ。

 こういう何気ないひと時は、勇者時代に得ることができなかったものの一つだ。


 今、こうして魔王と過ごせているということ。

 それが、何よりも幸福だと思う。




「今日の夕食はフェニックスの丸焼きだ。料理番が気合を入れて作っておったから、間違いなく美味い」


 お風呂をあがると夕食が用意されていた。これまた魔王のお部屋で、そのまま晩餐をとることに。


 メインはフェニックスの丸焼き。サイドメニューとして、フェニックスの卵焼きやら、フェニックスの巣のスープなど。酒のつまみに申し分ない内容だった。


「そして、今宵の酒はエルフの世界で造られた、『森妖精の神草酒』だ」


 エルフ――第九世界『イェソド』に住まう種族だ。


 粗食で清貧なエルフは、ストイックな一族で有名である。

 酒などの嗜好品は儀式てしか飲めないはずだが……恐らく魔王は、くすねてきたのだろう。


 まあ、だからといって遠慮はしないけど。


「おお、待ってました」


 用意された酒は、間違いなくこのセフィロトにおいて一級品である。

 毎日、どこかしらの世界の上質な酒が飲めて嬉しい。


 まずは酒から、一口舐める。


「……アルコール強いなっ。でも、いい」


「そうだろう? 勇者のために用意したのだ、たくさん飲むといい」


 連日連夜、俺は魔王と飲み明かしている。

 毎日が宴会のようなものだ。


「フェニックスも……うん、やっぱり美味しい。ってか、この串に刺さってる奴なんだ? 初めて見たけど、酒の席に合ってて面白い」


「これは『ホド』の料理法で、『焼き鳥』というらしいぞ? 料理番がそう言ってた」


 サムライとかいう変人で構成された世界の料理なのか。


 あの世界の男は戦うことしか考えてない脳筋らしいが、女性の方が上手く生活を回しているとも聞いたことがある。


 こんな独特な技術があるなんて、世界はやっぱり面白い。


「フェニックスは、第零世界『ダアト』で捕獲したのか?」


「うむ。あそこには良質な食材が多数生息しておるからな、暇さえあれば行っておる」


 魔物の支配する第零世界『ダアト』は、弱肉強食で有名な場所である。


 通常、生息する魔物が凶悪なので乗り込むのは危険なはずだが……魔王は単なる食糧庫だと思っているらしい。


 まあ、俺も行ったことはないが、死ぬという不安もない。


「今度、勇者も一緒に行くか?」


「そうだな。一緒に行かせてくれ」


「良いのか!? やった……初めてのデートだっ」


 お誘いに頷くと、魔王は笑顔で喜んでくれる。


 そんな彼女と飲む酒は、最高に美味しかった。フェニックスよりも、何よりも、一番の肴は魔王本人だと思う。


 今日もまた、朝まで飲み明かして。


 それから、眠りについたのは太陽が昇った時間帯で――起床が夕方だった。


 魔王との生活も一週間が過ぎて、いよいよ俺も堕落してきたと思う。

 でも、最高過ぎてやめられないと、思っていたそんな時。




「勇者よ、いい加減にしろ!!」


 俺は、魔王の下僕である四天王の一人に、怒られることになる。

 

「来る日も来る日もだらだらするとは……いくら魔王様がお優しいからといって、甘えすぎではないか!?」


 ごもっともな言葉に、俺は反論できなかった。

 ごめんなさい。でもヒモって最高なんです!


 お世話される悦びを知った俺は、もう元の生活に戻ることはできない。


 故に、叫ぶのだ。




「俺は絶対に、働かない!!」




 そして、唐突にブチギレた四天王に、決闘を挑まれることになるのだった。

 どうしてそうなった? 理由がまったく分からない……っ!

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