第八十四話 第六天魔王
魔王。
それは、魔族のセフィラが獲得できる固有の職業である。
武器を所有できない、という制約こそあるがその身には絶対的な力を宿す。世界を……いや、生命樹においてさえ魔王は突出した力を有するのだ。
魔王を敵にしたら最後。敗北は決定してしまう。
それくらい『魔王』という存在は他を逸している。
だが、たった一つだけ魔王の弱点となる職業がある。
それは、人間のセフィラが獲得できる固有の職業――『勇者』だ。
人間にのみ力を発揮できない、という制約こそあるが勇者は魔王に対してだけは何倍もの力を発揮することができる。
もともと、魔族と人間では性能的な差が大きい。それでもなお勇者は、魔王に対して互角の勝負を繰り広げられる。
いわば、セフィロトで唯一魔王の天敵ともいえる存在なのだ。
今の俺が勇者という職業にあるのかどうかはちょっと微妙なのだが、ともあれ戦い方は今までの経験から把握している。
魔王との戦闘は、得意なままだ。
だからこそ、織田信長が『魔王化』したことで更なる力が湧き出た気がした。
俺は魔王に対して力で負ける気がしない。
色気には負けるが、戦闘に関しては互角以上の自信がある。
「……くはは! どうだ、おれの力は!」
対する織田信長は、勝ち誇ったように哄笑していた。紋様に覆われた体からは先程の比ではない力を感じる。
なるほど、これほどのパワーアップをしたのなら、自惚れるのも無理はないだろう。
彼女からは『魔王』の気配を感じた。恐らく【第六天魔王】という継承された力は、職業を魔王に一定時間変えるものだろう。
一時的だが魔王になることで、莫大な力を発揮できるのだ。
変身したと言っても過言ではない。素晴らしい力だと思う。
でも、彼女の誤算は――俺が相手だといことだ。
もしも他の奴が相手なら誰だろうと猛威を振るえただろうに。
「なんていうか、先に謝っとく。ごめんな」
「…………は?」
俺の言葉に、織田信長は眉をひそめる。
何か言いたそうだが、無視して俺は剣を構えた。
そして、湧き出る力を爆発させる。
「――っ!!」
勝負は、一瞬で決着した。
何の変哲もなく、ただただ俺の実力が織田信長を上回ったというだけの話である。
彼女のパワーアップしたが、俺もパワーアップした。
正面からぶつかり合い、彼女の刀を弾き飛ばし、その首元に手刀を打った。
衝撃に織田信長は耐え切れなくなり、気絶した――というのが簡単な流れである。
彼女は魔王化した力を十分に使いこなすことができていなかった、というのも俺の勝因の一つだろう。
魔王化したとはいえ、所詮は偽物だ。
かつては本物とばかり戦い続けていた俺からすると、まったくもって力が足りていない。
あるいは、彼女が魔王化しなければ。
勝負はもっと難しいものになっていただろうが、やっぱり相性が問題だったのだろう。
とにかく、勝負はついた。
「俺の勝ちだ」
気絶した彼女を抱き起しながら、その鼻先を軽くつつく。
織田信長は、俺に負けたと言うのに満足げな表情で眠っていた。
これにて、決闘は終了である。
「勇者! 決闘で怪我はしてないかっ?」
勝負が終わり、フクさんが用意してくれた一室で休憩していた時だ。
織田信長もいびきをかいて熟睡しており、その無防備な寝顔を眺めていたら魔王がふすまを蹴飛ばして入ってきた。
どうやら遊郭に転移して、俺がいるこの場所に駆けつけて来てくれたらしい。
「怪我はしてないよ」
真っ先に聞くのが決闘の勝敗ではなく、俺の無事であるところに愛情を感じた。
可愛いなぁ……この声を聞くだけで、決闘を押し付けられたことが許せてしまう。可愛いって反則だと思った。
「仕事は終わったのか?」
「終わってないが、勇者が心配で抜け出してきた」
またユメノに怒られそうだけど、まぁ俺のためならしょうがないか!
なんだかんだ、俺も魔王には甘かった。魔王が俺に甘いのと一緒である。
「……むっ。勇者、ほっぺたに擦り傷があるではないか」
近寄ってきた魔王は、俺のほっぺたに小さなかすり傷を見つけて頬を膨らませた。いやいや、これは怪我のうちに入らないだろ。
そうは思うのだが、魔王としてはこの程度の傷でも不満だったらしい。
「よしよし、いたいのいたいのとんでけ~」
「わぁ、すごーい。痛いのが飛んでったー」
「そうだろう? ふふん、最近ミナに教えてもらってな」
あー、本当にすごい。あまりにも愛らしくて痛いのどころか色んなものが吹っ飛びそうだった。この部屋には織田信長もいるから自重しないと。
「勇者、座るぞ」
そう言って彼女は俺の膝に座り込む。小さな体をぐいぐいと押し付けてきたので、抱きしめてやった。
「ふぅ。やっぱりこうしてるのが幸せだぞっ」
満足気に笑う魔王を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
そのままの態勢で、俺たちは言葉を交わした。
「あ、そういえば決闘には勝ったよ」
「そうか? 御苦労だったな。ご褒美に頭を撫でてやろう」
ここで魔王が体勢を入れ替える。俺の方を向いて膝に座り込んだ彼女は、小さな手で頭を撫でてくれた。
「我としては別に負けても良かったのだがな。頑張ったのであれば、精一杯褒めさせてくれ。よしよし」
こういうところは、ずるいと思う。
やったらやった分だけ見返りがあるとか、最高である。
そして、甘やかされすぎてダメになりそうだった。
それからしばらくは、魔王が俺を労ってくれる。
「今は我をママだと思え。存分に甘えるがいい」
「……ママ? ママー!」
その幸福に浸って、俺は魔王に甘え続けるのだった。
たまには頑張るのも、悪くない――




