第八十三話 変身
思考が研ぎ澄まされている。
先程とは違って、場の流れが読めた。揺らめく炎の軌道が、弾丸の着弾位置が、そして織田信長の動きが、全て把握できた。
久しぶりだな……勇者時代はよく、こんな感覚を味わっていた。
明らかに自分が不利な時、絶体絶命のピンチの時、俺はいつも『覚醒』してその場を乗り越えてきた。
どうも俺は逆境や土壇場に強いらしい。これがあったからこそ、戦力が圧倒的に勝っていた魔族側にも拮抗できていたのである。
その『覚醒』が実行されたということは、それほど織田信長が強いということなのだろう。
侮るな。油断するな。臆するな。怯むな。委縮するな。
自分自身に強く言い聞かせて、俺は彼女を凝視する。
「誰だ、てめぇは」
視線が交錯する。
織田信長は警戒するように俺を見ていた。
「強くなってる。明らかに、この一瞬でてめぇは昇華した。最早別人じゃねぇか」
彼女には他人の実力を見抜く目がある。
初対面の時も、凡庸な外見の俺の実力を一目で見抜いた。顔が童貞くさいとか、モテなさそうとか、そんなに強くなさそうとか、普通(笑)とかよく言われてた俺の外見で強さを判断するのはなかなかできることじゃない。
織田信長には分かるのだ。
今回も、俺が覚醒したことを感じ取っているらしい。
「俺は勇者だよ。かつてはマルクトの守護者で、今はただのヒモだ」
「……こんな面白い奴を飼うなんて、あの褐色ロリがなかなか羨ましいじゃねぇか」
うーん、それはどうだろう。
自分で言うのもなんだけど、俺を飼いたがる理由が分からなかった。俺なんてごはん食べて寝てクソするだけの存在なのに。
ともあれ、織田信長は俺の覚醒を感じ取って破顔していた。
「あはっ……たぎるぜ。武者震いしちまう。最高の気分だ」
「そうか。でも、すぐに最悪になるよ……俺に敗北してな」
「そうなってもおれは最高なままだろうよ。勝つにしても負けるにしても、てめぇとの戦いは――絶対に、楽しいに決まってるからなぁ!!」
ここで織田信長は刀を振り上げる。
乱雑な動きだが、防御を無視した破壊力抜群の一撃だ。直撃すれば……いや、剣を受けただけでこちらにダメージが加わるだろう。
故に、俺は目を凝らせる。
「――視える」
織田信長の動きが、視えた。
これは目で見ているだけでなく、五感全てを使って読み取る視認である。未来視にも似たこの力は、魔王の【転移魔法】でさえ看破する。
織田信長の次の動きは、容易に予測できた。
「ふっ!」
短く息を吐いて、彼女の軌道に沿うように剣を振るう。
力では明らかに織田信長が勝る。直接ぶつかるのではなく、受け流すことこそが肝要だ。
故に、織田信長の刀に滑らせるように俺は剣を振るった。
そうすることで、力の方向が逸れる。
「……やるじゃねぇか」
結果、織田信長の一撃は失敗に終わった。
受け流され、地面にぶつかることになる。
「が、まだだぜ?」
とはいえ、攻撃は終わりとならなかった。
織田信長は体勢を崩している一方で、宙に浮かぶ銃と炎が残っている。
「やれ」
次撃は、無数の銃弾と膨大な火炎だ。
回避する隙などない波状攻撃。
でも、俺には視える。
回避できないはずの攻撃でも、箇所によっては綻びがあるのだ。
そこを突いて、活路を切り開く。
「風の精霊よ」
精霊に呼びかけて、面で迫る攻撃の中で最も脆い部分に風をぶつけた。
これによって僅かに攻撃のない空間が生まれた。
その場所に移動して、身を小さくすると銃弾と炎が肌を掠めて通り過ぎていった。
回避は成功。織田信長がが攻撃を繰り出すのは少し時間がかかるだろう。
この小さな隙こそが、俺の欲していたものだ。
「炎の精霊よ」
精霊に干渉して、炎を剣に纏わせる。
ようやく体勢を立て直しつつある織田信長に、それを振るった。
「っ!」
攻撃の回避と、刹那の反撃に織田信長は意表を突かれたようだ。声を上げることもできずに身を丸めている。
硬質な肉体で防御を試みているようだ。
確かに、こうされては剣だけの一撃ではダメージが通らない。
でも、付与してある炎にはどうだ?
お前が弱点と言う炎のダメージは、防げるか?
「炎は、無理だよな」
「……まぁな」
彼女は、諦めたように苦笑していた。
「おらよっ!」
俺はニヤリと笑って、炎を纏う剣をぶつける。
「がっ……く」
やはり予想した通り、炎によって織田信長は表情を歪めた。
「ぐがぁああああああああ!!」
炎を消すために、彼女は大声を上げながら地面に体を打ち付ける。
その衝撃によって、炎は消えた……が、ダメージは相当重なっているようだった。
「くははっ……劣勢だぜ」
織田信長はよろけている。さらしとふんどしもボロボロになっていて、ただでさえ露出が多かったのにもっと多くなっていた。
もう少し長引くと裸になりそうだな……でも、こいつは裸になっても戦いを止めないだろう。恥じらいとかないみたいだし。
だから、なるべく早く戦いを終わらせるとしよう。
そう思った瞬間だった。
「おいおい、この程度がおれの実力と思ってんのか? 舐めんな」
ぞくりと、背筋が冷えた。
何かを感じて、俺は動き出そうとした体を止める。
今、不用意に近づくのはまずい。
そう察知したのだ。
第六感でも、織田信長の次の行動が読み取れない。
あいつは、何かをしようとしていた。
「……おれが継承した『織田信長』っていう武将の異名、知ってるか?」
不敵に微笑みながら、言葉が紡がれる。
「神仏に仇なす存在――【第六天魔王】だ」
第六天魔王。そう唱えると同時に、織田信長もまた『別人』となった。
「くはははははは!」
高笑いと同時に、彼女の体に紋様が広がっていく。
恐らくは【第六天魔王】というのも継承された力の一つなのだ。
つまるところ、織田信長は……『魔王化』したということだった。
たぶん、これで力が増すとかそういう類のものだろう。
なんというか、あれだな……
「魔王、か」
彼女には申し訳ないのだが、ふと思う。
これで戦いやすくなった――と。
何故なら俺は、勇者だったから。
魔王と名のつく者こそが、俺の恰好の獲物なのである――




