第八十一話 『織田信長』の継承者
俺は今、だだっ広い荒野のような場所に立っている。」
フクさんの結界の一部だ。【幻想遊郭】は様々な場所を構成しているらしい。
目の前にはさらしとふんどし姿の幼女がいた。真っ赤な髪の毛を後ろで一つに結んでいる彼女は、生意気そうな顔で笑っている。
どうしてこうなったんだろう?
そして、こいつは何て恰好をしているのだろう。うちの魔王と肩を並べる恰好である。
恥じらいなどはないようだ。ホドの和装は基本的に肌を隠すものばかりなので、織田信長の恰好はかなり破天荒だった。
いやだなぁ……こいつ、絶対強いだろ。オーラで分かる。
「くははっ! 褐色のクソガキ……確か魔王って言ったか? あいつと戦えなくて残念だが、てめぇなら申し分ねぇな。おれを楽しませろ」
彼女はやる気満々である。
戦いが待ち遠しくて仕方ないのか、持っている刀を小さな舌で舐めていた。
残虐な表情だが、顔立ちが幼いせいか可愛く見えて仕方ない。
うーん、相手が男なら何も気にしなくて良かったのに……しかも織田信長は魔王に似ているので、少し戦いにくかった。
「話し合いって選択肢はないのか? ほら、仲良くやろうぜみたいな?」
「仲良くやるために戦うんだろうが。遠慮は要らねぇぜ? 痛みも戦いの華だ」
野蛮な思想である。流石は戦闘民族……噂通り、ちょっと理解できなかった。
俺は痛いの嫌いだから戦いたくない。
「ま、手加減してもおれがボコボコにしてやるだけだから、戦い方はてめぇに任せるぜ。できれば楽しみたいが、気分までは強制できるもんじゃねぇしな。好きにしろ」
「マジか……ボコボコにはするんだな」
「おれも戦力が欲しいからな。負けるわけにはいかねぇよ」
こちらの言い分は聞いてくれそうになかった。
うーむ、面倒なことになった。気は乗らないが、ここで俺が負けては魔王に迷惑がかかる。いや、彼女は別に俺が迷惑をかけたところで怒らないだろうし、むしろ喜ぶかもしれないが、だからって進んで迷惑をかけたいとは思えない。
ただでさえヒモとしていつもお世話になっているのだ。
丸投げされたわけだが、たまには役に立つとしよう。
「仕方ない……負けても後悔するなよ?」
「お。上から目線で言ってくれるじゃねぇか……今からてめぇがどれくらい泣きわめくかと思うと、武者震いがするぜ。悪くない気分だ」
軽く挑発してみるも、織田信長は飄々としていた。
うん、こいつは強いな。経験上、戦場で笑える奴に雑魚はいなかった。
セフィラなのだから強いのは当然かもしれないが、少なくとも魔王と同等の力はあると判断した方が良いだろう。
見た目が可愛いが、遠慮や手加減は不要だ。
そう思って、俺もまた剣を構える。先程、近藤勇と戦った時に魔王から借りたものだ。
セフィラの力がなくなっている今、俺には剣術と精霊術と、それから経験しかない。
これだけでセフィラに挑むのは無謀かもしれないが、度胸と根性で力の差は埋められるはず。
元人間界のセフィラとして、こいつを倒して見せよう!
「勇者~、がんばるのじゃぞー」
「わっちも応援しておりんす。がんばっておくんなませ」
少し離れたところでは、タマモとフクさんがお茶を飲みながらのほほんとしているが、あそこは無視だ。
タマモは喧嘩売ってたくせに何もしないのかよ、と文句を言いたくなるが我慢である。何も言わずに戦うとしようじゃないか。
「先手を譲ってやるぜ。かかって来い」
「――じゃあ、遠慮なく!」
織田信長の手招きが、戦いの合図となった。
同時に、俺は前へ踏み出す。まずは様子見も兼ねて、近接戦を試みた。
間合いを詰めて、剣を脇腹に向けて薙ぎ払う。
「いい攻撃じゃねぇか!」
俺の剣を、織田信長は自身の刀で受け止めた。
が、動きが粗い。無駄が多すぎるように見える。
これは……すぐに終わるんじゃないか?
攻撃の手を緩めずに、俺は流れるように次撃を繰り出す。
受け止められた剣を引き、今度は下から斬り上げるように剣を振るった。
「ぐっ……」
織田信長はどうにか反応して回避するも、俺の速度についてこれずに体勢を崩す。
ここですかさず、上方から体重を乗せて重め剣ろ振り下ろした。
「っらぁ!!」
剣は、間一髪で織田信長が受け止める。
だが、織田信長が体勢を崩していることもあって、十分な防御は不可能だったようだ。
俺の力が彼女の力を上回る。
「ちっ」
織田信長の舌打ちと同時に、彼女の握りこんでいた刀が地面に落ちた。
ここが、チャンス!
「終わりだ」
首筋に向けて剣を一閃。
一応、殺さないように寸止めして敗北を認めてもらおうと思っていた。
案外、あっけなく勝ったな。
そう思って油断するのを、彼女は待っていたらしい。
「――かかった」
俺の攻撃が繰り出されると同時に、彼女は口の端を歪めた。
そして織田信長は、俺の剣を……こともあろうに、腕で受け止めて見せた。
剣越しに、まるで鉱石を剣をぶつけたような反動が伝わってくる。
「っ!?」
斬れない。そう理解した時にはもう遅かった。
「甘ぇぞ、勇者!」
小さな拳が、俺の頬を打ち抜く。
細い腕から繰り出された攻撃だというのに、その衝撃はすさまじかった。
「くそっ……!」
後方に吹き飛び、地面に体を打ち付ける。
なんて力だ……見た目から想像できない膂力だった。
「小さいからって、舐めんなよ? おれには【うつけ】っていう、常識外れな怪力と肉体強度をもたらす力を継承しているんだぜ? もっと、気合入れろや」
俺を見下ろす織田信長は、ご丁寧に力について教えてくれた。
なるほど。剣術が粗かったのは、別に洗練されている必要がないからだったのか。
彼女はそもそも、剣を刀で受け止める必要性がないのである。初手で不要なはずの防御を見せたのは恐らく演技だったのだろう。俺を油断させて、一撃入れるための罠だったのだ。
なかなか、頭も回るようだ。
やはり織田信長はセフィラ……かなり、強いようである――
いつもお読みくださりありがとうございます。
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レーベル:レッドライジングブックス
イラストレーター様:またのんき▼ 様
発売:7月
となっております。詳細は順次活動報告で報告していきたいと思います!
どうぞよろしくお願いします。




