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第八十話 丸投げ

「おい、そういえばおれの忍者はどうした? 一人も帰って来ねぇんだが」


「あやつらは捕縛して牢に入れた。あれくらいであれば戦力にならんから、連れ戻す予定もないぞ?」


「命があるならそれで構わねぇよ。むしろそっちにいた方が安全かもしれねぇな」


 織田信長、魔王、タマモ、そして俺たちは露天風呂にて言葉を交わす。

 現状やこれからについてなど、織田信長から聞き出しているところだ。


「本当に戦力が不足してるんだな……」


「ああ。申し訳ねぇが、戦力に関してはてめぇら頼みだ。これだけしか来てないのか?」


「後でもっと呼び寄せることは可能だ。我らは様子見で来た」


「……助けてくれるのはありがたいんだがな、これだけだと勝てねぇ。徳川家康を殺すにはもっと必要だ」


 これだけでは足りないのか……魔界のセフィラに、四天王に、あとおまけに魔王のヒモもいるのだが、織田信長からしてみたら物足りないようだ。


「相手はそんなに強いのか?」


「……徳川家康本人はただのじじいだ。だが、配下の連中が手強いからな、それなりの数をそろえてないと物量に圧し負ける」


 まぁ、魔界と並ぶ戦闘民族と言われる種族の住む世界である。数人程度では倒せないと判断するのも道理である。


「おれはな、あの狸に勝たないといけねぇんだ。この身にセフィラの力が宿っている以上、あいつが君主の地位にいると邪魔だ。この世界を守るためには、あいつを殺すべきなんだ」


 その言葉は、よく理解できた。

 そうだよな……セフィラがしっかりとした地位にいなければ、世界を守ることはできない。


 かつて、人間界で俺が勇者をしていた時、何度歯痒い思いをしたことか。


 俺がもっと自由に動けていたら、もっと俺を頼ってくれていたら、もっと俺を信じてくれていたら……助けられる命はまだまだあったはずである。


 俺の経験上、戦いにおいて最も邪魔なのは敵ではない。

 同族こそが、最大の敵となる。その点を鑑みると、織田信長の判断は適切だと言えるだろう。


 邪魔な存在を殺す。

 それはやりたくなくても、やらなければならないことだ。


 そう思うと、彼女の境遇に自分が重なった。

 俺としては全力で手を貸してあげたい気分だったのだが。 


「のう、織田信長の継承者……お主、勘違いしておるようじゃな」


「うむ。そのようだな」


 ここで、魔族二人が同時に声を上げる。


「助ける、とはまだ決めていないぞ? まさか、我らが善意で貴様らに力を貸すなどと、甘ったれたことは思ってないであろうな?」


「そうじゃぞ。他種族に力を求めるのなら、相応の何かを差し出すべきじゃな」


 おっと。魔王とタマモが何やら不穏な気配を醸し出している。

 魔族としてのプライドなのか。うーん、俺はどうすればいいんだろう……ちょっと先が見えないので、大人しく黙っておくことに。


「ああ、報酬は考えてあるぜ」


 織田信長は不敵な表情を崩さない。彼女は頭を下げることのできる人物である……魔族が納得できる報酬だってきちんと用意しているはずだ。


 だからあまり心配しなくても良いだろう。

 そう思っていたが、どうやら見通しが甘かったらしく。




「おれがホドの君主になったら、てめぇらの世界に攻め込まないでやる。これで力を貸せ」




 ……うん、やっぱり彼女は、戦闘民族の世界に選ばれたセフィラだけあった。

 生意気である。このあたりも、魔王と似通っている部分があるな。

 

 故に、魔王が反発するのは容易に予想できていた。


「ほう? どうやら自分の立場が分かっていないようだな……今から貴様を殺してやってもいいのだぞ? なんなら、ホドを滅ぼしてもいいのだが」


「やれるものなら、な。いいぜ、どうせ力は試してやろうと思ってたんだ……ここらで一度、手合わせといこうじゃねぇか。何人でもいいからかかってこいよ。勝った方が好きなことを要求できるとしようぜ」


 流石は戦闘民族。思考が単細胞だった。

 セフィラ同士の私闘とは……色々とまずい気がしないでもない。


 だが、やっぱり拳で語り合う必要というのはあるのかもしれない。

 この場は、成り行きに任せた方がいいだろう。そう考えて、俺は傍観者を貫こうかなと思った。


「いいだろう。魔王として、貴様の挑戦を受けてやる……後悔するでないぞ? 魔王軍の恐怖を、刻み込んでやろう」


 あー……裸なのに、この場で戦いが始まりそうだった。


「【召喚】――『四天王』」 


 魔王は本気で織田信長を潰しにかかる心づもりらしい。


 魔王の固有魔法である【召喚】は、遠方の同族を呼び寄せる術である。世界を越えて行使できるこの力があれば、魔王はいつだって他種族に大群を仕掛けることができる。このあたりも、魔族が恐れられる理由だ。


 現在、魔王はこの召喚を使って四天王を呼び出そうとしている。

 タマモはここにいるので、スケさん、ドラゴ、ユメノが現れるはず。


 そして、四天王と魔王で織田信長を圧倒して屈服させる予定なのだ。

 これは、織田信長も終わったな。いくらなんでも四天王と魔王を相手にしては、セフィラであろうと勝てるはずがない。


 四天王がきちんと現れたら、魔王が勝利していただろう。


 しかし、召喚されたのは――たった一人だった。


「魔王様! ようやく見つけましたよ!!」


 ロリ巨乳サキュバスのユメノである。他の二人は現れなかった。


「ん……? 他の二人はどうしたのだ?」


「召喚を拒絶してもらいましたっ。いつまで遊んでいるんですか、もう!」


 ユメノはぷんぷんと怒っている。


「お仕事をサボらないでください! ほら、帰りますよ!」


 なるほど。魔王が仕事をサボっているから、連れ戻そうとしているらしい。スケさんとドラゴも、魔王に仕事をさせるために召喚には応じなかったのか。


「だ、だが、今から決闘が……」


「お遊びは後ですっ。さっさと帰りますよ、転移してください!」


 すごい剣幕のユメノに、魔王はたじたじだった。

 なので彼女は、俺に視線を向ける。


「勇者……すまないが、あとは任せた!」


 そしてこともあろうに、俺に丸投げしやがった!


「――は? ちょ、おい……マジか!」


 止めようとしたが、その前に魔王が転移していなくなってしまう。


 どうやら、決闘が俺に押し付けられたようだった……

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