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第七十九話 裸の付き合い

「せっかくだし、我らも風呂に入るか」


 風呂場にて、魔王は唐突にそんなことを口にして浴衣を脱ぎ捨てた。


「そうじゃな。あのデブ狸の香が体に染みついておるし、綺麗にした方が良いじゃろう」


 妖狐のタマモも便乗して、着物をはらりと脱いだ。

 おかしい。下着すら身に着けていない。そして『恥じらい』という概念がこの風呂場から欠如しているようだ。


 うーん、これはあれだな。

 意識する方が逆に失礼だよな。というか、裸なことを指摘したらなんか負けな気がする。


 この場は無言で立ち去るのが吉と見た。

 そう思って俺は、彼女たちに背を向ける。


「おい、そこのイケメン野郎。どっか行こうとしてんじゃねぇよ」


 そんな俺を止めたのは、織田信長を自称する赤髪の幼女さんだった。


「……イケメンって言われたのは、魔王以来だな。目が風邪ひいてたりしないか? もしくは頭とか」


「卑屈すぎんだろ。まぁ、確かに顔の造形的にはせいぜいそこそこってところだがよ、おれはてめぇの本質を評価してんだよ。てめぇはイケメンだ」


 はっきりとそう言い切る幼女さん。なかなか男前な性格をしている……そうやって褒められると、照れるな。


「おお、貴様は分かってるではないか。勇者はイケメンだっ」


「むしろこいつをイケメンと分からない奴なんざクソだろ。そんな雑魚に価値はねぇ」


 魔王とも意気投合をしている。珍しいな……魔王が俺以外の相手で、初対面の奴を評価するなんて。


 それくらい、織田信長には『何か』があるのだろう。

 流石は第八世界『ホド』のセフィラだ。


「いいからこっち向けよ。っつーか、来い。裸の付き合いといこうじゃねぇか」


「……いやいや、俺は男だし? お前らは女だし? つまり、その……あれだ。気まずい」


「てめぇは頭腐ってんのか? おれたちのどこに気まずくなる要素がある?」


「――は?」


 ちょっと言っている意味がよく分からないので、思わず振り向いた。

 そこには、裸で仁王立ちしている織田信長の姿があった。


 彼女は胸を張って言い放つ。


「おれも、そこの褐色の魔族も、妖怪のメスも、色気なんて欠片もねぇだろ。バカじゃねぇのか?」

 

「そ、それはどうかと……」


 魔王と結婚している手前、色気がないなどと断じて思わないのだが。

 なんとなく、色気を感じていると言ったら負けな気がした。


「それともてめぇは幼女と風呂にも入れないへたれなのか? さては童貞かてめぇ」


「そ、そそそんなことねーし! いいだろう、風呂に入ってやる!」


 あからさまな挑発だった。

 見え見えの、分かりやすい、こんなの誰も引っかからないと思うような煽りの言葉。


 しかし俺は挑発に乗ってしまった。


「俺はロリコンじゃない。たまたま結婚した相手が魔王だっただけ。お前ごときと風呂に入るくらい楽勝だ!」


 そこだけは譲れなかったのだ。

 なので俺は、そのまま風呂に入ることにした。


「……おい、なんで服着てんだよ。脱げよ」


「き、傷がね? ほら、戦闘の傷が生々しいっていうかね?」


「それはむしろ『誉れ』だろうが……まぁいい。さっさと体流してこっちに来い」


 どうにか脱衣は阻止して、汚れを落とすために湯を浴びる。


「ふぅ……この風呂は良いな。外の景色も楽しめる」


「これは『露天風呂』じゃよ。あのデブ狸め、なかなか良い場所に設置したのう」


 魔王とタマモは既に湯に浸かっている。


「おう、おれも気に入ってんだよ。でもな、富士山の方には『温泉』ていう、熱いお湯が溢れてくる場所がある。あそこもオススメだぜ」


「おぉ、そうか! 良い情報を感謝しよう」


 女が三人集まれば『姦しい』だっけ?

 みんな楽しそうに会話していた。


 うーむ、やっぱりこういう場面で変に意識するのはやっぱり良くない。

 なので俺も自然体を貫くことにして、さも当たり前のように湯に入るのだった。


「いい体してんじゃねぇか。服で隠すのはもったいねぇだろ」


「き、鍛えてたからなっ。でもこういうのは見せびらかすものじゃないって、俺は思うんだ!」


「……恥ずかしがってんのか?」


「勇者はそういう男だ。可愛いではないか、そっとしてやれ」


 くそ、女々しい奴と思われているようだが、洋服を脱ぐよりはマシだろう。

 布一枚だが、裸ではないという安心感を捨てることが俺にはできなかった。


「じゃあ、改めて。突然呼び出して悪かったな。よく来てくれた」


 俺たち全員に向けて、織田信長は一つ頭を下げた。

 なかなか、義は通すタイプらしい。


「やっぱりお前が俺たちを呼んだんだな。色々聞きたいことはあるけどさ……その前に、何でフクさんの結界にお前がいるんだ?」


 目下のところ、一番気になっていたのはそれだった

 フクさんは見たところ、【幻想遊郭】を運営しているだけで、お家騒動などには無関係に見える。そもそも、種族的にもフクさんは人間ではなく、タマモと同じ【妖怪種】なのだ。


 いくらホドの住人とはいえ、お家騒動に巻き込まれているのは少し違和感がある。


「身を隠してないといけねぇんだよ。おれはそういう立場ってことだぜ?」


 織田信長はニヤリと笑っているが、どうやら彼女に置かれた状況はあまり芳しいものではないらしい。


「狸が……フクのことじゃねぇぞ? 徳川家康っていう狸に、まんまとしてやられたんだ。今のおれには一人しか仲間はいねぇ。身を寄せる場所も、同様になかった。だから、たまたま面識があったフクに金で協力を求めたんだよ」


 ……なるほど。お家騒動の影響で立場をなくし、住む場所も仲間さえもないようだ。

 だから彼女は、金でフクさんに協力を求めたのだろう。


「あいつは花魁だからな。正当な報酬と義理を通して、それとあいつの気分が向けば裏切らない協力者になってくれる」


 要するに、織田信長はフクさんを買ったのだ。

 あの人に気に入られるのは相当難しいことだと思うのだが、それは織田信長という彼女の人柄が解決したのだろう。


 この子には、そういう人を惹きつける魅力がある。

 まるで魔王のように……世界を先導するカリスマを、彼女には感じた。

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