第七話 魔王様、墓穴を掘る
『ツルツルペッタンローリロリ』
寝起き様にそんな呪文を唱えてから、途端に俺の頭は幼女でいっぱいになった。
「――っ」
薄い胸が。突き出た唇が。黒目がちなおめめが。小さなおててが。ふよふよあんよが。ぷくぷくぽんぽんが。
どれもが、俺の琴線に触れるのだ。率直に言うと、俺は魔王に異常な興奮を抱いていた。
「魔王っ」
押し倒し、彼女を抱きしめる
「なぁ、……んっ、勇者?」
そんな俺の頭を抱きかかえながら、魔王はこんなことを聞いてきた。
「我、勇者の事大好きだ。勇者の為なら、何をしてもいいと思っている。むしろしたい」
なんだこの痴女は。そう思ったが、ともあれこれが魔王の愛情表現なのかもしれない。
俺も、魔王のことは大好きだ。だから、こんなことを言われると嬉しい。
ただ、違和感が一つ。
俺は前まで、魔王に対してこんなに直接的な欲望を持っていなかったはずなのだ。
俺が彼女の抱いていた感情は、尊敬だったり、畏敬だったり、羨望だったり……そういったものもあって、彼女のことをもっと神聖に思っていたはずなのである。
だというのに、今の俺は彼女に強い下劣な感情を持っている。
というかむしろ、この気持ちは……魔王本人に対してのみの、欲情ではないような気がした。
もっと低俗な、それこそただ……エロいことがしたかっただけ、みたいな。
魔王でなくても良いとか、そういうあまりよろしくない感情が混じっているように思えたのだ。
だが、それは勘違いだろう、と。
そう思っていたのだが。
「やっぱり、ロリコンになる魔法をかけさせて良かった」
「――ちょっと待って」
その一言に、俺は自分を取り戻した。
少し、というか絶対に許容できない言葉が聞こえたからである。
「え? 俺、もしかしてロリコンになる魔法をかけられたのか?」
手を止めて問いかけると、魔王は残念そうに唇を尖らせる。
「中途半端はいかんぞ? まあ、確かにロリコンになる魔法はかけたが」
肯定の言葉に、俺は大きなため息をつくのだった。
「それはダメだろ……」
「え? だ、ダメとは、何がだ?」
「だから、そんな俺の心に干渉するような魔法は、ダメだって言ったんだ」
「……つ、つまり? 何もせずにもう終わりということか?」
「うん」
「な、生殺しだ……うぅ、勇者ぁ? 理由を、聞かせてくれぇ」
情けない声を発しながらすり寄ってくる魔王に、よしよしと頭を撫でながら俺は答える。
「俺、魔王のことは本気で好きだ。多分、お前が思ってるより、俺はお前のことが好きだよ」
「そ、それは……嬉しいし、我も好きだっ。だからこそ、エッチなことも、したい」
「でもさ、そうやって魔法にかけられると、なんだか俺の気持ちが偽られてるみたいで、イヤだ」
魔王のことは好きだ。それは偽りのない本心だ。
でも、ロリコンの魔法をかけられたから、エロいことをするなんて……それは、ちょっと違うと思うのだ。
ロリコンにされたから、ロリを襲うという行為を、俺はしたくないのである。
「魔王という個人を、俺は愛したい。ロリコンになる魔法をかけられてると、幼女だと問答無用で欲情するみたいでさ……今の気持ちで、魔王との初めてを終わりたくない」
ちょっと面倒かもしれない。でも、せっかく好きな人と一緒に居られるようになったのである。
もっとロマンチックに。ずっと、記憶に残っているような、そういう大切な思い出にしたいと思ってしまう。
「も、もしかして……ロリコンになる魔法をかけなくても良かったのか?」
俺の言葉に、魔王は顔面を蒼白にしていた。
「うん、もちろん」
「墓穴!? うぅ、我のバカ者がぁ……すまない、勇者よ。我、外見が幼女だから、勇者が好きになってくれないと思って! それで、我はぁ……うぅ」
要らない事したなと、俺はちょっと笑ってしまった。
こんなことしなくても、俺は魔王のことが好きだ。それは、絶対の気持ちである。
「この魔法が解けるまで、お預けだな。俺も我慢しないといけないんだぞ? 生殺しはこっちも同じだ」
「……そうだろうな。勇者、我慢してるからな」
そうだよ、俺だって興奮してるんだから、生殺しなのは一緒だ。
「では、この魔法が解けるのがいつか聞いてみるっ! おい、ユメノ! ここに来い!!」
魔王の呼びかけに、顔を出したのはムチムチな体をしたサキュバスであった。
「くっ、男の匂いが私の本能を刺激します……理性を失いそうなので、ご用はお早めにお願いします」
彼女の目は俺に注がれていた。
なんだか捕食されそうな気分だが、ユメノなるサキュバスも童顔なので興奮している自分が情けない。
「ユメノ! 貴様の魔法、いつ解けるのだ!? 十分後くらいかっ」
「……そんなに早くは解けないかと。術のかかり具合にもよりますが、早くて三ヵ月。遅かったら一年位は、術にかかったままだと思われます」
宣告は、魔王にとって死も同義だったのかもしれない。
瞬間、彼女は涙目になってしまった。
「そ、そんなぁ……そこまで強力にする必要はなかったぞっ」
「だ、誰かさんのせいで、私の性欲はすっごい高まってるんです! なので、術だってそりゃぁ強力になりますよ……全部魔王様のせいなんですからね?」
「うがぁあああ!! こ、こんなはずではなかったのだっ」
喚き、それから俺に身を寄せてくる魔王。
「勇者? もう、細かいことはどうでもいいから、エロいことしよう?」
「ダメ」
「阿呆め! 快楽に溺れ、退廃に身を委ねること、それが至上であることを何故理解できないのだっ。我とエロいことしろ!」
「結局お前がエロいことしたいだけじゃねぇか! この淫乱魔王めっ」
「貴様にだけは淫乱なのだっ、ええい! じゃあ力づくでっ」
「ダメって言ってるだろ! あ、こら、そこ触るなっ」
「うぉおおおお!!」
と、言う感じに。
熱く激しい、勇者と魔王の決戦を経て、俺たちはどうにか健全な関係を保つのであった。
やれやれ……魔王が変なことしなければ、俺だって気持ちよく出来たのに。
残念なのは俺も一緒だよ。まったく。