第七十八話 ホドのセフィラ
「第八世界『ホド』の君主となる条件は『将軍』の血縁であることと、過去の『武将』の力を継承していることでありんす」
俺と魔王をからかった後、フクさんは要求通りホドについての情報について語ってくれた。
畳に座りながら、俺たちは耳を傾ける。
「現在の君主は『徳川家康』の継承者……狸親父と呼ばれておりんすねぇ」
「狸はお主じゃろ」
「お黙りなんし。おっぱいもなければ礼儀もないのでありんすか?」
「殺す」
たまにタマモとフクさんが喧嘩しようとするので仲裁しつつ、話の続きを促した。
「まったく、これだから狐は……えっと、とにかく徳川家康が現在の君主ということでありんす」
「徳川家康と言えば、天下統一に関わった人物の一人じゃな。伝承では豊臣秀吉こそが天下統一をしたとも言われておるが、まぁとにかく伝承の中でも特に有名な一人じゃよ」
どうやら凄い伝承の持ち主らしい。その力を継承しているということは、やはりかなりの力を持っているということだろう。
「ちなみに徳川家康の死因は、食べすぎによる食あたりという話があるのじゃ」
「……それはちょっと恰好悪いな」
伝説の偉人なのに、なんか残念だった。
「勇者の方が百倍恰好良いな!」
「いやいや、魔王の可愛さには負けるよ」
「……仲良しでありんすねぇ。のろけるのは、もう少し話を聞いた後にしておくんなませ?」
魔王が俺にもたれかかってきたので、その手を取って支えてやる。彼女は話に飽きたのか俺に擦り寄ってきた。
魔王は基本的に、好きなことや俺のこと、あとは魔界のこと以外にはあまり興味を示さない。だからホドの情勢を聞くのに飽きたのだろう。
「勇者……いい匂い」
可愛く甘えてくるので、何も言わずに抱きしめてやった。普段は甘えてばかりだが、最近は魔王の方も甘えてくれるのでちょっと嬉しい。
魔王はこのままでいいや。話は俺が聞いておこう。
「で、その徳川家康が……なんだっけ? お家騒動してるのか?」
ホドに来る前、タマモに言われたことを聞いてみる。
フクさんは艶やかに微笑んで、一つ頷いて見せた。
「あい。実は……将軍家に、生命樹の寵児となった人物が現れたのでありんす」
生命樹の寵児――セフィロトに選ばれた、世界の先導者。
「徳川家康はセフィラではありんせん。真に君主となるのに相応しいのはセフィラの方でありんしょう」
「でも、徳川家康はそのセフィラに君主の座を譲りたくない。でも、セフィラが君主になるべきだから、お家騒動となっている……ってことか?」
「その通りでござんす」
少なくとも、フクさんの【幻想遊郭】に囚われた人物はそのようなことを言っていたらしい。彼女の遊郭はホドの重鎮さえも虜にしているようだ。
「ふーん、なるほど……なぁ、タマモ? ニンジャを通じて俺たちに助力を求めたのって、たぶんこのセフィラの方だよな?」
先程、俺に襲い掛かってきた近藤勇は将軍の指示を受けていたと言っていた。
俺たちを招き入れたわけではないとも口にしていたので、たぶん現在の将軍――徳川家康が助力を求めたわけではないだろう、と考えたのである。
「恐らくはそうじゃろうな。現君主である徳川家康の方は戦力が揃っていると考えて良いじゃろう。その点、セフィラの方は敵視されているようじゃし、戦力も揃ってないと判断して良かろう。わらわたちに助力を求めることにも、辻褄は合う」
今まで不干渉だった魔界に力を求めるほど、セフィラ側の戦況は悪いと見た。
どの世界でも権力争いは普通に行われているらしい。
それに俺たちは巻き込まれたと言うわけだ。
「面倒だな。帰るか?」
「ダメだ。まだ我はホドを旅行したい」
そして魔王には危機感が全くなかった。こいつも一応、今までの話は聞いていたはずだが……新婚旅行感覚らしい。
うん、それならしょうがないか!
「どうせならゆっくり旅行したいし、適当に力を貸してやるとするか! その後に報酬ということで、色々ご馳走してもらうのも悪くないかも」
「おお、それは良いなっ。勇者よ、いっぱい満喫しよう」
というわけで。面倒ではあるがホドのお家騒動とやらに俺たちは参加することにした。
「おっと。そういえば、そのセフィラの名前は何て言うんだ? 今から会いに行こうかと思うんだけど」
ここで、セフィラの正体を確認していなかった俺は、フクさんに名を問いかける。
「お二人さんは、優しいお人でござんすねぇ」
彼女は何やら含むように笑って、俺たちを見ていた。
「ホドのセフィラの名前は……本人に聞いておくんまし」
それから彼女は、柏手を優しく叩く。
パン、という乾いた音が鳴り響いて……またしても空間が、移動した。
「――あ? んだよ、湯あみ中に」
そして、俺たちが到着したのは……ふ、風呂場?
しかも入浴中の、幼女さんがそこにはいた。
燃えるような赤い髪と瞳が印象的な、目つきの鋭い幼女さんである。
「フクの仕業かぁ? てめぇら誰だよ」
なかなか言葉遣いも荒い幼女である。恥じらいもどこかに捨てているのか、男の俺がいるというのに微塵も隠そうとせずに仁王立ちしていた。
どことなく、雰囲気が魔王に近いような気がする。
「我は魔王だ。こっちは超絶イケメンな我が夫、勇者である。あれはタマモだ」
まずは俺に引っ付いている魔王が、湯気を払いながら自己紹介を行う。
そうすれば目の前の幼女さんは、愉快そうに大口を開けて笑った。
「くはっ。てめぇら、魔族か! よく来たじゃねぇか」
彼女は歓迎するように手を広げて、自らの名を口にする。
「おれは、ホドのセフィラ――『織田信長』の継承者だ。よろしく頼むぜ」
その言葉を聞いて、俺は驚いてしまった。
なるほど……ホドのセフィラさんは、どうやら幼い女の子だったらしい。
ホドという戦闘民族の世界のセフィラなのだから、てっきり厳つい男だと思っていた。
だが、まぁ同じ戦闘民族の魔族のセフィラも、可愛い幼女だし……有り得ない話ではないのだろう。
とにかく、彼女――織田信長が、俺たちに助力を求めた相手だった。




