第七十七話 巨乳なんて邪道だ。真のエロスは貧乳にこそ宿る
「――っ! 勇者!!」
元の部屋に戻ると、魔王が真っ先に飛びついてきた。
先程はフクさんによって別の空間に連れて行かれていたのである。俺が突然いなくなって心配してくれていたようだ。
「何か変なことをされてないか!? あの憎たらしい胸に、惑わされてはいないかっ?」
俺を抱きしめながら、魔王はそんなことを聞いてくる。
やれやれ、俺を舐めてもらっては困るぞ。
「大丈夫! おっぱいになんて負けなかった」
胸を張って、堂々と言い放つ。
「俺は魔王みたいなおっぱいになら誘惑されるけど、他のおっぱいに興味なんてないからな!」
「な、なんと……素敵だぞ、勇者っ。一生一緒にいような!」
嬉しそうに魔王は破顔する。あまりにも嬉しそうなので、こっちまで嬉しくなった。
「巨乳なんて邪道だ。真のエロスは貧乳にこそ宿る」
「うむ! まさしくそうじゃ! その通りじゃぞ、勇者……あれはただの脂肪じゃからなっ」
隣ではタマモも賛同していた。
何度も首を縦に振っては、俺をねぎらうようにお尻を触っている。普通にセクハラなんだけど、あまり気にならないので何も言わなかった。
「……愛は常識さえも歪めてしまうのでありんすか?」
フクさんだけは仕方なさそうに溜息をついていた。
意見の相違だな……これについては、一生分かり合えないだろう。
「とにかく、無事で良かった。もし勇者に危害があるようなら、この建物をぶっ壊した挙句にホドに戦争を仕掛けるところだったのだ」
「そ、それは……やりすぎじゃないか?」
「勇者が我の全てだ。そのくらいなら平気でやる」
魔王なら本当にやるだろう。
可愛い奴だ。大好きっていう感情が痛いほど伝わってきて、頬が緩む。
「相思相愛でありんすね……なら、こういうのはどうでござんしょう?」
そんな俺たち二人を見て、彼女は何か思いついたように微笑んだ。
「勇者さんには、わっちの色香に耐えたご褒美に。魔王さんには、お詫びということで……素敵な夢を、お見せいたしんしょう」
それから彼女は、小さく柏手を打つ。
刹那――またしても俺は、別の空間へと移動していた。
フクさんの妖術、かなり強力だな……【幻想遊郭】の中だということもあるのだろうが、俺をこんなにも容易く術にかけることができる奴なんて、そういない。
この、現実のような幻術の中からは当分出られなくなったようだ。フクさんが解除するまでは、されるがままである。
「魔王も術にかかってるのか……あいつ大丈夫かな?」
俺と魔王はほとんど同じ実力の持ち主なので、俺が術にかかっているということは彼女も同じようになっているだろう。
変なことされないといいが。
フクさんなら有り得ないと思うが、もしも彼女が傷ついていたら……ホドくらい平気でぶっ壊しそうだな。
よくよく考えてみると、俺も魔王と考え方同じになっていた。
恋人ができたら恋人に似ると言われているらしいが、あながち嘘ではなかったようである。
「やれやれ……ま、いいか。俺が惑わされるわけもないし」
フクさんのおっぱいにも勝ったのだ。
何が来ようと、惑わされない自信がある。
ただ――俺には、例外が一つだけあった。
「勇者……」
世界で一番大好きな声が、俺を呼ぶ。
声の方向に目を向けると、そこには――魔王がいた。
「な、んで……魔王がっ」
しかも彼女は、素っ裸である。
相変わらずコンパクトな体である。フクさんに比べると細いし、ボリュームも足りないし、色香も薄いように思われる。
だが……いや、だからこそいい。
何もかもがフクさんに比べると未熟だというのに、魔王が相手だからなのかそれがとても魅力的に思った。
「ど……どういうことだ?」
ここは先程、フクさんが俺を誘惑した部屋と同じ場所のようである。
布団以外に何もない部屋だ。フクさんが妖術によってこのような部屋を構成しているのである。
そこに、裸の魔王がいた。
本物か……? けど、違うような気がする。この魔王は、魔王と姿や形がそっくりなだけの幻だ。
つまり、フクさんの妖術である。
いったいあの人は俺に何をしようとしているのだろう……?
不思議に思って、首を傾げたそんな時。
「勇者っ」
背後から、またしても彼女の声が聞こえた。
それはありえないことだった。何故ならこの声の主――魔王は、すぐそこにある布団でぺたりと座っているからだ。
普通に考えるなら、背後にいるのは魔王以外の誰かのはずである。
おかしいのは、声が魔王とそっくりというか、同じであることだ。
「――っ!?」
恐る恐る振り返って、確認してみる。
そこにいたのは……やはり、魔王だった。
「魔王が、二人……?」
そうやって俺が戸惑っていると、またしても別の方向から声が響く。
「勇者?」
慌ててそちらを見れば、魔王がいた。
三人目……? ああ、違うな。
ふと、直観する。
ここはフクさんの妖術によって構成された空間だ。
だから、彼女の思うままに空間を操ることができる。
そして――本来なら有り得ないことも、彼女にはできるのだ。
たとえば……魔王を複数用意することだって、フクさんの妖術を用いれば簡単である。
「「「「勇者!」」」」
気付いた時にはもう、たくさんの魔王がいた。
誰もが裸で、俺に笑顔を向けていた。
「……っ」
息を飲む。
大好きな人がたくさんいて、しかもみんなが俺を手招いている。
こんなの、卑怯だと思った。
自分で言うのもなんだが、俺の心は強靭だ。
ある程度のことであれば自制できる自信がある。
でも、魔王のことになると……途端に、心が弱くなるのだ。
魔王のことでのみ、俺は心を惑わすのである。
「――あ、ダメだ」
とうとう我慢できなくなった俺は、たくさんいる魔王たちに向かって飛び込んだ。
こんなの、我慢できるわけがない!
この後、めちゃくちゃエッチした。
「いかがでござんすか? 素敵な夢を、ご覧になりんした?」
ハッと目が覚めると、フクさんが含んだように笑いながら俺に声をかけた。
俺は、頭を抱えて呻くことしかできなかった。
顔が熱い……恐らく赤面しているのだろう。
「エロい夢を見た……」
「……我もだ」
声が聞こえたので、隣を見てみる。
そこでは魔王が、俺と同じように顔を赤くしていた。
「勇者が、たくさんいた」
「こっちも、魔王がたくさんいた」
お互いに同じような夢を見て、同じようにエロい夢を見たらしい。
「楽しんだのなら、何よりでありんす」
その言葉に、俺も魔王も頷くことしかできないのだった。
魔王がたくさんいるっていうのも、なんか良かったです――




