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第七十六話 好きな人ができたら好きな人が性癖になるのかもしれない

 フクさんが手を叩いた瞬間、空間がズレたような感覚を受けた。

 魔王もタマモも、ここにはいない。


 今の俺がいる場所は、さっきとは少し違う空間である。

 部屋の構成は変わらない。ただ、中央に布団が敷かれていた。


 まるでそこに寝転べと言わんばかりに、存在感を強調している。

 その布団のそばで、フクさんは着物を脱いでいた。

 

 透き通るように白い肌が露になる。

 はだけた着物が畳に落ちると、フクさんは素っ裸になっていた。


 下着はどうやらつけていないようだ。


「わっちと遊んでおくんなんせ?」


 少し動くたびに、フクさんのおっぱいが揺れる。

 でかい……局部は手で隠されているが、はっきり言うと溢れている。


 おっぱいが溢れるというのは謎の表現だが、実際にそうなのだからびっくりする。


「わっちの体で、楽しんでくんなまし」


 化粧の映える、艶やかな女性だ。

 かんざし、という髪飾りによって結われた髪もまた似合っている。


 まるで性欲の権化だと思った。

 サキュバスとは違う。あいつらは本能を刺激して相手を誘惑する。


 視覚的にもエロいではあるのだが、言ってみれば心に干渉するタイプのエロさである。


 対して、フクさんのエロさは視覚的なものだ。

 なんというか……彼女は完成されているように思える。


「ふふ……さぁ、遠慮は不要でござんす。お好きにどうぞ」


 仕草の一つ一つが、酷くそそった。

 目線も、声音も、言葉の抑揚も、全てが男を誘っているのだ。


 特に、独特で聞き慣れない言葉は、気分を盛り上げるのに大きな役割を果たしている。

 ここは世俗とは外れた別の世界だと、そう感じさせるような不思議な魅力があった。

 

「どうしんした? 緊張しているのありんすか?」


 彼女は動かない俺に歩み寄って、そっとしなだれかかってくる。

 甘い匂いがした。男であれば我慢できないような、強烈な女の匂いだ。


 また、触れる彼女の体は柔らかく、それがとても女性的である。

 彼女は俺に絡みつくようにもたれかかり、耳元で熱い吐息と一緒に言葉を発する。


「わっちは花魁……床遊びはお任せおくんなませ? 何もしなくていいでありんす。ただ、快楽に身を任せてくんなんし」


 ぞくりと、背筋が震えた。

 男の性欲に直接訴えかけるような言動である。


「さぁ、手を伸ばして……この胸を、お好きにしておくんなまし」


 こんな風に誘われて、我慢できる男がこの世界にいるだろうか?

 こんな、性欲の塊みたいな女性を前にして、耐えられる男がいるだろうか?


 そんな奴――いるわけがない……とでも思ったか!




「ごめん。おっぱいに興味ないんだ」




 俺はぺこりと頭を下げた。

 もたれかかる彼女の体を持ち上げて、床に真っすぐ立たせる。


「裸だと寒くないか? 着物は着た方がいいよ」


 それから爽やかに笑って、脱げ落ちた着物を拾ってあげた。


「……主さん、ちんぽついておりんすか?」


 フクさんはきょとんとしていた。

 驚いたのか、上品な口調が少し崩れている。


「わっちの体、興味ないでありんすか?」


 どうやら自分の体に絶対的な自信があったようだ。

 うん、それは当然だと思う。普通の男なら垂涎ものの肢体だと思う。


 おっぱい好きな奴とか、お姉さん好きな奴とか、そういう人にとってフクさんはまさしく理想の相手だろう。


「いい体だと思う。いかにもな女性らしくて……でもさ、フクさんの体は完成されすぎているんだ」


 でも、彼女の体は俺の好みには当てはまっていなかった。


「咲き誇る花よりも、生まれたての新芽が好ましい人だっている――そういうことだ」


 未成熟の美。


 完成していないからこそ放たれる、輝きというものがある。


 その刹那的な美に魅了される人だっているのである。

 俺も、その類の人間だった。


「なるほど……主さんは、小さな女の子が好き――と?」


「べ、べべ別にロリコンじゃねーよ!」


 ここで困るのは、俺がロリコンだと勘違いされることである。


「俺は魔王が好きなんだっ。彼女こそが俺の理想で、タイプで、性癖なんだ。フクさんとは真逆のタイプだからこそ、俺はあんたに興奮しないってことだよ」


 俺が一番エロいと感じる女性は、魔王である。

 ただそれだけの話なのだ。


「……今まで、主さんと同じようなロリコンはたくさんおりんした。でも、その全てがわっちの体に魅了されたでありんす」


 彼女はここで初めて、感心するように頬を緩めた。


「所詮は嗜好。抗いようのないほどの魅力は、生半可な好悪を越える……わっちの体は、その類のものでござんす」


 その通りだ。

 たとえロリコンでも、男ならフクさんに魅了されてもおかしくはない。


 彼女は、そういう存在なのだ。


「勇者さんは、本当に魔王さんが好きでありんすね」


 フクさんは含んだように笑いながら、着物を羽織った。

 妖艶な瞳でこちらをまっすぐに見つめながら、残念そうに肩をすくめている。


「これで、わっちに誘惑される程度の男なら……わっちの人形にしようと思っておりんした」


「……え? い、今なんて?」


「勇者さんは、なかなか好みでござんす……わっちの力――【廓遊び】で心を奪おうかと」


 ……マジか。

 廓遊びとは、タマモの妖術と同じようなものだろう。


 認識そのものを惑わす術だ。

 この【幻想遊郭】を構成するほどの腕を持つ彼女なら、もしかしたら俺を人形にすることもできたかもしれない。


 そう思うと、背筋が寒くなった。


 良かった……魔王への愛の力が、俺を助けてくれたようだ。


「あー……負けたでありんす。わっちの完敗でござんすねぇ。正直なところ、協力なんてするつもりはなかったでござんす」


 だけど、彼女は首を縦に振ってくれた。


「勇者さんの愛に免じて、情報は提供いたしんしょう」


「……助かる。ありがとう」


「お代は、いつか。花魁の料金は、お高いでござんす……覚悟しておくんなませ」


 艶やかに笑う彼女に、俺は頬をひきつらせることしかできなかった。


 高そうだなぁ……仕方ない、その時は魔王に払ってもらおう!

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