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第七十五話 幻想遊郭

「夢か現か。幻想と快楽の狭間で素敵な時間をお過ごしなんし」


 ここは【幻想遊郭】という、フクさんの妖術で形成された結果らしい。

 聞いたところによると、遊郭とは風俗施設……いわゆるエッチな場所ということだ。


 とはいえ、ただ性欲を発散する場所ではない。

 来た者の体だけでなく、心をも満たす。そういう場所でもあるようで、風俗施設にしてはとても不思議な感じがした。


「ほう……幻術の一種のようだな。系統的にはユメノやタマモと同じようなものだろう」


 魔王は感心したように遊郭を眺めている。


「結界もかなり高レベルだし、凄いな……まるで、一つの世界だ」


 つられて俺も、結界の完成度の高さに息を漏らした。

 分析すると、結界と幻術の組み合わせの術だ。かなり緻密に構成されている。


 浮世を離れた、夢の世界。

 ここはそう表現できる、妖しくも蠱惑的な世界だ。


「タマモさん……このお二人さんは、わっちの結界で惑わされないでありんすか?」


「そういう生物なんじゃよ。わらわとお主が勝てるのは年齢くらいじゃろうな……」


「わっちの方がおっぱいは大きいでござりんしょう? 一緒にしないでおくんなまし」


「化け狸が、調子乗るでないのじゃ。デブ」


「化け狐こそ、お黙りなんし。ガリ」


 一方、タマモとフクさんは二人で小突きながら会話を交わしている。

 二人とも古馴染みのようで、仲も結構いいみたいだ。


「お二人さん? そろそろ中へお入りなんし」


 フクさんの案内で俺、魔王、タマモは遊郭の中へと入っていった。

 長い廊下だ。障子の奥には部屋があるのだろうが、数えきれないほどあるな。


「ふすまが閉まっている部屋にはお客さんがお楽しみ中でありんす。あまり近づかないでおくんなまし」


 ……マジか。

 遊郭とはエッチな施設だ。つまり、お客さんもエッチなことをしていると言うことだろう。


「まぁ、ここは幻術の世界じゃ。部屋にいるのは男一人……夢の世界でお楽しみ中じゃから、刺激して起こさぬようにということじゃ」


「なんだそれ……結構悲しい」


「ふふ……幻術と理解していても、抗えない夢のひとときをご提供いたしんす」


 どうやらこの遊郭はフクさん以外の従業員がいないようだ。

 だが、彼女の幻術でお店として成り立っているらしい。それはそれで凄いと思った。


「さっき、勇者さんがお相手してたお人もお楽しみ中でありんす」


「……近藤勇だっけ? 何やってるんだよ、あいつ」


「新選組局長の近藤勇と言えば、色を好んだという話も有名じゃのう。そのあたりも継承したようじゃな」


 ともあれ、近藤勇も結界に囚われているのなら、俺たちの情報が漏れこともないだろう。

 いや、もしかしたら俺たちの存在自体はショウグンとやらに気付かれているかもしれないが、流石に居場所までは分からないはずだ。


 何せここはフクさんの結界である。

 しばらくは安心しても良さそうだ。


「どうぞ、わっちの部屋でくつろぎなんし」


 やって来たのは、遊郭の最上階。フクさんの私室のようだ。

 タマモの部屋と同様、畳張りの部屋である。ただ、こちらはとても派手だった。


 金色の屏風、赤色のふすまには花の紋様が描かれている。


 開け放たれた窓からは淡い月光が差し込んでいて、とても風情があった。

 風に乗って桜の花弁も舞っている。ここはフクさんの結界なので、彼女が意図的にこんな演出をしているのだろう。


「お茶をご用意いたしんしょう」


 そう言って、フクさんは小さく手を叩く。

 すると、次の瞬間にはテーブルとお茶が出現していた。


 これも幻術なのだろう。結界内において、フクさんは何もかもが自由にできるらしい。


「所詮は幻じゃろうが。喉は潤わないじゃろうに」


「くつろぐためのお茶でございんす。お黙りなんし」


 そしてタマモがさっきから文句ばかりつけていた。そういう間柄のようだ。


「勇者よ。こういうのって、良いと思わないか? 我は好きだ」


 魔王は俺の隣で、窓の外をぼんやりと眺めていた。


「こういう、ホド独特の文化……いわゆる『和風』なのは、なかなかに好ましい」


 魔王はタマモの影響で、よく着物などを着ている。

 もともとこういうのが好きなのだ。この世界に来て誰よりも喜んでいるのは、もしかしたら彼女なのかもしれない。


「後で、色んなところ見て回ろうな」


「うむ。一緒に、だぞ?」


 魔王は嬉しそうに微笑んでいる。

 可愛いなぁ……うん、こんな笑顔を見ているとムラムラしてくるからやめてほしかった。


 後で二人きりになる時間とかくれないかな?


「お熱いでありんすねぇ……」


「これ、二人の世界を作るでない。こっち来るのじゃ」


 タマモの言葉で、俺と魔王も席に着いた。

 出されたお茶を飲んでみると、お茶を飲んでいる感覚があった。


 でも、幻術だからこれは錯覚なのだろう。

 だというのに、現実感が強い。錯覚だと分かっていても、それで良いと思わせるような高レベルの術だ。


 この幻術のせいで、遊郭に来た近藤勇も囚われているのだろう。あいつくらいのレベルなら、絶対に幻術だって分かっているはずである。


 それでもいい、と思わせるような心理的牢獄。

 それが【幻想遊郭】という術の正体なのだろう。


「それで、主さんらはわっちに何の用でありんすか?」


 フクさんは茶をすすりながら、のほほんと聞いてくる。


「実はな、お主にホドの情勢について聞きに来たのじゃ。お家騒動とか、噂になってないやか?」


「……あい。知っておりんす」


 彼女はゆっくりと湯呑をテーブルに置いた。

 次いで、フクさんは艶やかに微笑む。


「寝物語の世間話には、誰もが口を緩めてしまいんす……わっちの遊郭には、そういう情報も自然と集まってくるでありんす」


 だけど、彼女は首を振る。


「ただ、わっちは花魁……何かを求めるのなら、お代は払っておくんなませ」


 花魁とは、いわゆるエッチなことをする人のことだろうか?

 お高いのだろう。まぁ、お金は別に問題ないけど。


「分かった。いくらでも払ってやるよ……魔王が!」


 ちなみに今、俺にはお金がない。

 魔王のヒモなのでそれは仕方ないことだ。


「うむ! 勇者の財布である我が、いくらでも払ってやろう!」


 魔王も転移でお金をたくさん出した。

 よし、これで情報は貰えるだろう。


 そう、思っていたのだが。


「ふふ……お金は不要でござんす。お代は――勇者さんに、もらいんしょう」


 ポン、とフクさんが柏手を打った。

 そして、その瞬間――部屋からタマモと魔王がいなくなった。


「…………え?」


 ぽかんとする俺に、フクさんはなおも笑いかける。


「わっちと遊んでおくんなませ?」


 そう言って彼女は、着物を脱ぐのだった――

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