第六話 勇者、ロリコンにされる
早朝。魔王の寝室にて、褐色の幼女はキセルを口に含みながら、膝の上で眠る勇者の頭をよしよしと撫でていた。
「可愛い寝顔であろう? これ、我が好きな人なのだ……愛おしすぎて、胸が苦しくなる」
「はぁ……」
褐色の幼女――魔王の視線は、膝の上で眠る少年――勇者の寝顔にのみ注がれている。
慈しむような、照れているような、そんな表情に……隣に控える女魔族は、気の抜けた返事を返すことしかできない。
彼女からしてみると、この状況にどこかおかしなところを感じるらしかった。
「あの、一つ言わせてもらってもいいですか?」
「何だ? 申してみよ」
「……幼女に膝枕される勇者って、どうなんでしょうね」
そう。はたから見ると、そろそろ大人になるであろう男性が、幼女の膝上で気持ちよさそうに眠っているのである。
更に言うなら、そんな男性を幼女がよしよしと撫でているのだ。
はたから見ていると、少し危ない光景に映ったようである。
「その、絵面的にまずいというか、ちょっとドン引きというか……」
「ふっ。処女の貴様に、我の気持ちが分かるわけもないか」
やれやれと肩をすくめる魔王に、その魔族は表情を変えた。
「誰のせいで処女だと思ってるんですか!? ま、魔王様の命令のせいで、私は……サキュバスだというのに、処女の汚名を背負っているのですよ!?」
女魔族――サキュバスの彼女は、自らが処女であることを恥じているらしい。
涙目になって魔王を睨んでいた。
「そうかそうか。うむ、そんなにエロい体をしておきながら、処女というのも苦しかろうな。まあ、我は貴様の性行為を解禁するつもりはないのだが」
サキュバス。比較的人間族の間でも有名な種族で、特徴は何といってもその『エロさ』だろう。
男を誘惑するその身体は、誰であろうと欲情しそうな魅力を持っている。
特に、このサキュバスにおいてはエロさが顕著でもあった。
ピンクの髪の毛に、紫色の瞳。一見すると人間のようもであるが、尻尾や角、八重歯も存在するあたり、彼女が魔族の一員であることが見て取れる。
その顔は童顔で、身長も低いが……ボインと突き出たおっぱいなど、肉付きの良い体はまさに至上の一言だろう。
露出の多い服を着ているせいもあってか、彼女はかなり扇情的だ。
「ユメノ、貴様はエロい。その熟れた肉体を持て余しているのも理解している。だがな、我が処女なのに、下僕たる貴様が処女じゃないのは気にくわないのだ。許せ」
「横暴ですっ……はぁ、屈辱です。サキュバスなのにまだ処女なの~? って、みんなからもバカにされてるんですよ?」
「だから謝っておるだろうが。四天王の一角にも加えてやってるのに、そう文句を言うな。しまいには処女のまま殺すぞ?」
「処女のまま死ぬなんて、サキュバスとして最大の恥辱です。やめてください」
ロリ巨乳のユメノは、エロくとも大人しそうな外見とは反して、実は魔王が選定した四天王の一角でもあったりする。
「うぅ、面白半分でサキュバスの尊厳を穢さないでくださいよぉ」
「だって、サキュバスって性欲が高まれば高まるほど能力が高くなるであろう? 故に、性行為を禁じたサキュバスがどこまで強くなるのか、気になって仕方なくてな」
サキュバスにとっては非情というか、残酷なその思想は、されども明らかな効果を出している。
何せ、ユメノの能力はサキュバスの中でも突出しているからだ。
ユメノは四天王の名に恥じない、れっきとした強者の一員である。
「もういいです……それで、どういった御用で私を呼んだのですか? こんな朝早くに」
「うむ。なに、身構える必要はない。簡単なことだ」
魔王は勇者の頬を優しく愛撫しながら、こんなことを呟く。
「勇者をロリコンにしろ」
それは、あまりにも魔王らしい、ともすれば横暴なまでの命令であった。
「……え、えっと、魔王様? り、理由をお聞きしても?」
ユメノは頬を引きつらせている。
彼女からしても、その命令にはドン引きだったらしい。
「好きな人の性癖を変えても良いのですか?」
「構わん。というか、これは仕方のないことなのだ」
魔王は眠る勇者の唇を触りつつ、説明を続ける。
「我の体は幼く、貧相だ。しかも成長することもない……もしかしたら、勇者の好みに合っていないかもしれないのだ。昨日の夜、こやつは我に手を出さずに眠った。我、無防備だったのに……襲い掛かってくれなかったのだ」
昨夜のこと。酔いつぶれて眠った勇者に、魔王は少しだけショックを受けていた。
何せ、彼女は準備万端だったのである。勇者に無視されたように感じたのだろう。
本当は、疲れのあまり寝てしまっただけなのだが。
実のところ、勇者は魔王に欲情しかけていたのだが。
そんな都合の良いことなどありえないと、恋する魔王は思い込んでいるらしい。
変なところで自己評価が低かった。
「勇者が前に好きだった人間……僧侶と姫は、我と違ってグラマラスだったからな。勇者はもしかすると、大人っぽい女性が好きなのかもしれん。それは由々しき事態で、あってはならないことだ」
そういうこともあって、魔王は決意した。
「つまり……率直に言うと?」
「勇者とエロいことがしたい」
だから、勇者が幼女である自分に欲情するようにしろと、魔王は命令していたのである。
「……はぁ。分かりました。それが魔王様の命令なら」
ユメノは色々と思うところがあるようだったが、結局は何も言わないことにしたらしい。
大人しく言うことに従って、サキュバスの特性である魅了の魔法を発動させた。
紫色の瞳が、怪しい輝きを放つ。
「『起きてください、勇者様』」
そっと紡がれた声は甘美な響きを宿しており、吐息は濡れて温かく……男であれば思考が奪われてもおかしくないほどの、淫靡さを醸し出している。
「ん……ぁ?」
勇者も、ユメノの言葉に反応して体を起こした。
寝ぼけている方が術にかけやすいと、ユメノはそのまま呪文を唱える。
「『ツルツルペッタンローリロリ。さあ、復唱してください』」
「……つるつる、ぺったん、ろりろり?」
「『ツルツルペッタンローリロリ。これであなたは、ロリコンです』」
「俺が、ろり……こん?」
「『はい。幼い外見の女性に、あなたは欲情するようになりました』」
「……そう、なのか」
「『はい。あなたはこれから、ロリコンです』」
「……ああ、俺はこれから、ロリコンだ」
そして、魅了の魔法が完了する。
「ふぅ。魔王様、これで勇者様はロリコンです」
サキュバスの魅了は、男性の性的嗜好を操ることができる。
特に、性行為を禁じられて力の増したユメノの魅了は、凄まじい力を秘めていたらしい。
勇者でさえ、簡単に術にはまってしまったようだ。
「ご苦労。さあ、勇者……我と、エロいことをしよう!」
覚醒した勇者に、嬉々として抱き着く魔王。
そんな彼女を、勇者は――思いっきりに、抱き返すのだった。
「ひゃっ、ちょ……いきなりっ」
「魔王……っ」
勇者は、興奮してたまらないと言わんばかりに目を血走らせていた。
ユメノの魔法は、しっかりとかかっているらしい。
「はぁ……後はどうぞ、お二人でごゆっくり」
そんな二人を呆れた様子で見つめながら、ユメノは退散していく。
部屋には、発情した二人が取り残されるのだった。