第六十一話 勇者と魔王
お風呂から上がって、俺と魔王はそのままベッドで対面する。
服なんて着なかった。お互いに裸のままである。
「…………勇者。本当に、大丈夫なのか?」
魔王はこちらの様子を案じている。
もちろん、今の状態ではダメだ。ユメノの魔法のせいでそういう気分にはなれない。
「ああ! すまない、気が利かなくて……すぐに『浄化のアミュレット』を持ってこさせよう」
第四世界『ケセド』から持ち帰った、魔法を無効化するアイテム『浄化のアミュレット』。これを使えば、ユメノによる強力な魔法も無効化することができるだろう。
だが、そんな効果の強いアイテムが、何の代償もなく使用できるわけもなく。
「あのさ……『浄化のアミュレット』は、使うと寿命が減るらしいんだ」
そう。このアイテム、使用と同時に寿命が減るらしいのである。実物を見たタマモがそのことを思い出したようで、事前に忠告してくれたのだ。
つまり『浄化のアミュレット』というアイテムは、寿命という概念のない死霊族だからこそ無制限に使えるが、他の種族では使用するとリスクが大きいということだ。
「なに? だったら、使うな。我と勇者が一緒に居られる時間が減るのは困る」
俺の説明を聞いて、魔王は即座に使用を断念した。
本当は、『浄化のアミュレット』を使ってでもいいから、エッチなことをしたいくせに。
「残念だが、しょうがないことだ」
相変わらず俺のためを一番に思ってくれる奴である。
俺の害になることであれば、自分が損をすることもいとわない。
そういうところが、魔王のいいところだ。
でも、そうやって自分の思いを殺すところは、夫婦として悪いことだと思う。
「では、もう眠るか。エッチなことはできないが、構わん。今日は勇者、とても頑張ったからな。ゆっくり休もう」
「……イヤだ」
そこで俺は、魔王を抱きしめる。
気を落としてシュンとしている彼女を、見ていられなかったのだ。
「魔王。俺たちは、夫婦だ」
気を遣い合うような他人同士ではない。
お互いを幸せにする義務がある関係なのである。
「我慢は、もうやめよう」
俺も、魔王も……我慢して、自分の意見を言わないのは、もうやめたいと思った。
それは、幸せにならない選択なのだから。
「言いたいことは、はっきり言い合おう。お前のわがままも、聞かせてくれ……俺も、わがままをたくさん言うようにする。それでお互いに、幸せになろう」
胸の中の彼女へ、囁きかける。
直に触れる肌はとても熱かった。
「…………いいのか? 我のわがまま、言ってもいいのか?」
「もちろん。俺たちは、夫婦だからな」
頷く。彼女が幸せになるために、夫として彼女の思いを受け入れることを誓う。
そうすれば彼女は、小さな声で……こんなことを、言うのだった。
「勇者の全てを、我にぶつけてほしい……」
濡れた瞳が、俺を見上げる。
形の良い唇が、震えがちに言葉を紡ぐ。
「心だけじゃなくて、体の繋がりもほしい……」
ここまでは、魔王も今まで何度も口にしていたお願いである。
そしてここからが、魔王の『わがまま』だった。
「だから――ユメノの魔法を、どうにかしろっ」
彼女は俺の首元に手をまわして、逆に抱き着いてきた。
耳元で、熱い吐息と一緒に言葉が吐き出される。
「何でもいいから、とにかく我とエッチなことをしろ!」
可愛い可愛い、嫁の願いだ。
叶えなければ、男じゃない。
「――任せろ」
言って、俺はぐっと奥歯を噛みしめた。
俺を未だに縛っている、ユメノの【魅了】に、強く抗うことにしたのだ。
精神に意識を集中させると、やがて感じたのはユメノによる精神の支配。俺の心に絡みついた『何か』である。
流石は、性交を禁じられて体を持て余しているサキュバスだ。強い魔法である。
そう簡単には精神支配を解けそうにない。俺の心にいやらしく絡みついている。
でも、魔王のためだ。
あの淫乱ロリ巨乳の魔法だろうと、関係ない。
「っ!!」
今までの全てをユメノの魔法にぶつけた。
自慢じゃないが、元勇者である俺の精神力は凄まじいものである。今までは、魔王に対する遠慮や臆病があって本領を発揮できずに、されるがままだったのだが……今はもう、迷いがない。
己の十全を、発揮することができる!
「ぬぁあああああああああああ!!」
叫ぶ。未だべったりと張り付くユメノの魔法を、強引に引き剥がす。
「淫乱サキュバスがっ……俺と魔王の、邪魔をするなぁあああああ!!」
全身に力を込めて、踏ん張った。自然、抱きしめている魔王も苦しくなっているだろうが、彼女は声一つ上げずに俺を待っている。
その思いに、応えたい。
「魔王と、エロいことを……させろぉおおおおおお!!」
愛する魔王のために。
全力を振り絞った結果――ユメノのいやらしい魔法が、音を立てて砕けた。
抵抗反発が、成功したのである。
「やった!」
俺が魔法を解いたのを知覚したのか、魔王が嬌声を上げた。
どうにか彼女の思いに応えることができたようだ……良かった。
「はぁ、はぁ……」
「おっと」
ユメノの魔法をレジストした反動で、途端に体から力が抜ける。
魔王の方に倒れこんでしまって、そのまま彼女と一緒に寝転がることになった。
「……よくやったな、勇者。偉いぞ」
俺の頑張りを認めて、魔王はよしよしと頭を撫でてくれる。
こういうところが、好きだ。努力をきちんと見てくれて、すかさず褒めてくれる思いやりのあるところに、惚れたのだ。
「うん。俺、頑張った」
「我のために……ありがとうな。その、嬉しかったぞっ」
魔王はニッコリと笑ってくれる。
それから、間をおかずに――俺に飛びついてくるのだった。
「が、我慢できないっ。勇者が、素敵すぎるから」
俺に馬乗りになって、彼女はそのまま唇を重ねてくる。
いつもよりねっとりとした接吻だった。
「――もう、いいだろう?」
完璧にメスの顔になっている魔王が、発情したように舌なめずりをしている。
ここでされるがままになっては、夫として恥ずかしいな。
「ああ、かかってこい……俺の本気を、見せてやる!」
もう、俺と魔王を阻むものはなかった。
ユメノの魔法も、心のすれちがいも、何もない。
「勇者と魔王の、夜の決戦だな……全力で行くぞ、勇者」
「返り討ちにしてやるよ、魔王」
お互いに笑いあい、健闘を誓いあう。
こうして俺たちは、本当の意味でようやく夫婦となったのだ――




