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第五話 勇者、幼女の胸で胎児のように眠る

「俺、自分が思ってた以上に、魔王のことが好きっぽい」


 酒を飲みながら、俺はふと何気なく思ったことをそのまま口にする。


 今、目の前で顔を赤くする彼女が、何よりも愛しいと感じてしまったのだ。


「わ、我だって、勇者のことが大好きなのだからな……そんな、嬉しいことを軽々しく言うでない。照れて死にそうになる」


「……死ぬのは困るな。じゃあ言わないことにするか」


「む。訂正だ、たまになら許可しよう。具体的に言うなら、一日二十回くらいまでだ」


「結構多くないか、それ?」


 クスクスと笑いながら、酒をさらに一口煽る。ドワーフの火酒もそろそろなくなりそうだった。


 俺の方も、そろそろ限界に近いかもしれん。さっきから自分が何言ってるかよく分からなくなってる。


「……魔王、勇者ってさ、代々短命らしいんだ」


 頭がぼーっとしていた。そのせいで、俺は無意識にこんなことを呟いていた。


「そりゃあ、人間界で最強の存在だから、第一線にばっかり駆り出されるわけだし、仕方ないことだよな」


 仕方ない。戦って死ぬのは、どうしようもない。


 でも、俺が死ぬ――そう思って、何よりも怖くなったのは……


「それでさ、俺が死んだ後の事を考えたんだ。人間界、どうなるのかなって……それを想像して、ぞっとした」


 背筋に寒いものを感じた。

 俺の居ない人間界が、いかに脆弱であるかをその時に至ってようやく気付いたのだ。


 腐敗した王族。力のない戦士。自分勝手で、わがままで、自分の利のみを追求する民衆。


 出る杭は打ち、自分より地位が下の者を見下し、嘲笑う愚かな種族となった人間に……未来はないと、そう直観した。


「助けることが当たり前だった。それが俺にとっての使命だと思い込んでた。でも、いつしか俺の行為は当たり前になって、助けられることにみんな何とも思わなくなって……俺がいつまでも助けるんだって、甘えられるようになってた」


「故に、貴様は人間を裏切ったと? 荒療治の一環として、貴様が姿を消し、あまつさえ国力を奪い……ゼロから、始めさせようとしたのか?」


 魔王は俺の言葉から、全てを理解したようだ。

 俺は力なく頷き、そのまま彼女に全ての体重をかける。


「おっと」


 そのせいで、二人でこてんと横になってしまった。


 寝っ転がった状態で、俺と魔王は顔を見合わせる。彼女の金色の双眸には、情けない顔の俺が映っていた。


「気付いたんだ。俺が人間のためにやっていた行いは、実際のところ人間のためになっていなかったことを。俺が全部を背負い込んだから、誰も何も背負わなくなって……人間は、腐敗していったんだって」


 だから俺は、裏切ることにしたんだ。


 俺が人間の世界に居ること。それが一番、人間にとって悪いことだと理解したから――




「俺の今までって、何だったのかな」




 ふと零れたのは、絶対に口にしてはいけない後悔の言葉。


 ああすれば良かった。こうすれば良かった。もっと、上手くやるべきだった。今までの俺の行いは、全て無駄だった。


 そんなことばかり考えていた俺の、あまりにもみっともない本音である。


 酔いのせいだ。そう思い込むことにした。

 じゃないと、こんな風に弱音を吐き出す自分が情けなくて、惨めだった。


 少なくとも、好きな女の前で取る態度ではないだろう。言った後に、慌てて否定しようとした。


 しかし、それよりも早く魔王は動く。


「我と出会うための前座だ。そう思え」


 不意に感じたのは、熱だった。

 魔王の開いた胸元……褐色の肌から感じた熱に、俺は言葉を失う。


 どうやら抱きしめられているらしい。彼女の優しさに、強張っていた身体が解れた気がした。


 同時、魔王の少し早い鼓動も響いてくる。その心音が、あまりにも心地よかった。


 今まで、張り詰めて生きていた俺の全てが――溶けていくかのような感覚。


「……お前と出会うために、俺は頑張ってたのかな」


「そうだ。そして、我とこうして出会い、今ようやく共に時を過ごせるようになった。もう、これで辛いことは何もしなくて良いということだな」


 どこまでも、俺を甘やかしてくれる優しい魔王。


 今まで頑張ってた俺を、労い、慰め、それから抱きしめてくれた。


「過去は捨てろ。大切なのは、我と共に過ごすこれからの『人生』であるのだからな」


 そんな彼女に甘えてしまいたいと、そう思ったのも無理はないだろう。


 勇者としてではない。人として、彼女は幸せになれと言ってくれているのである。


 その際限のない優しさに、胸がいっぱいになってしまった。


「ありがとう、魔王……俺、お前の事大好きだ」


 そう言って、すぐそこにあった彼女の鎖骨に唇をつける。

 すると、美しいカープを描く鎖骨が、ビクンと震えた。


「ぁ……ゆ、勇者? その、我も、貴様の事が、す……す、好きだ」


「知ってる」


 小さく笑って、俺は彼女の胸に顔をうずめた。


 まったくふくよかではないが、その分胸元に直接触れることが出来て、悪くないと思う。


 あー、ダメだ……心音が心地良すぎて、眠くなってきた。


 今までの疲労もあり、大分酒を飲んだ影響もあり、それらが全て一気に開放されたせいか、強い睡魔が俺に襲い掛かる。


「な、なんとっ。我の初めては、今なのか? か、覚悟はできているぞ? でも、初めてだから、優しく……」


 そんなことを魔王が呟いている頃には、もう俺は夢の世界に旅立っていた。


「……おやすみ、魔王」


 最後になんとかそう言って、俺は眠りにつく。


「え? ね、寝てる!? この状態で、我に散々期待させておいて、寝るのか!? おい、勇者っ! 起きろ、起きてくれぇ……我の体は、そんなに物足りないとでも言いたいのかっ。うぅ、勇者ぁ」


 彼女の胸で、俺は深く眠る。

 幼少期以来の、快眠だった――

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