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第五十七話 復活

 夫婦ってなんだろう。

 魔王と結婚したのはいいんだけど、俺にはまだその意味がよく分かっていなかった。


 夫婦になっても、俺と魔王の関係は然程変わっていない。


 彼女と一緒にいられるだけで幸せなのだ。それ以上に望んでいることはないから、多くを求めていなかっただけなのかもしれない。結婚、という特別な儀式を行っただけで満足していたのだろう。


 そもそも、俺は他人に何かを求めない人間だ。いつだって与えてきた側の人間だから、魔王にだってそのようにしてきた。それでいいと思っていた。


 ただ、二人で同じ時間を過ごす。

 これだけで俺は満足していたのである。不幸な事故でエッチなこともない状態だが、俺としては別に必ずしもエッチしなければならないとは感じていなかったのである。



 でも――だったら、魔王はどう思っていたのだろう?

 

 

 夫婦となっても、特別なことをすることなく、ただ日々を漫然と過ごしてきた。


 何も求めてこない夫を、何もせずとも幸せだという夫を、夫婦となったというのにいつも通りの夫を、彼女はどう思っていたのだろうか?


『もっと、幸せになってほしい』


 魔王はそう言った。俺に、もっとわがままを言ってほしいと口にした。


 別に我慢しているつもりなんてなかった。現状で俺は幸せなのだから、これ以上のものはないとばかり思い込んでいた。


 だけど俺には、勇者時代の過去がある。


 我慢に我慢を重ね、己を限界まで追い詰めてなお追い詰め続け、やがて発狂寸前になりながらも、使命感一つで己を保ち続けた――俺の黒歴史。


 その過去を、未だ払拭できていないとしたら?


 無意識のうちに、俺は自分をセーブしているのではないか?


 例えば、俺が本当に幸福なら……どうして魔王に母性を求めた?


 満たされているはずなら、慰められることもないはずだ。

 受け入れてほしいと縋る意味もないはずだ。


 それこそ、魔王の思惑通り――欲望を解放したのなら、彼女の体を求めるのが普通だったはずなのだ。


 魔王は、俺以上に俺のことを知っている。

 勇者という俺と向き合い続けた彼女は、俺のことを誰よりも知っている。


 だから彼女は、気付いていたのだ。


『勇者は、まだ幸せになりきれてないのだな』


 幸せを享受できない俺の弱さを。


『我が、幸せにするからな』


 そんな俺を、魔王はずっと救おうとしていたのだ。


 エッチなことができなくなったのは、ユメノの魔法が原因である。


 だが、それには俺の心も深く関係していた。この、魔王とのぬるま湯のように心地良い関係を変えたくないと、心の奥底で願っていたばかりに、俺は躊躇っていたのだ。


 まったくもって、俺は臆病者だ。

 未だに、勇者時代の過去を引きずっている。


 その自分自身の弱さに、俺はとても後悔することになったのだ――






 きっかけは、第四世界『ケセド』に赴いていたスケルトンのスケさんが、魔王城に帰還したことだった。


 死霊族アンデッドの支配する地にて、スケさんは魔法を無効化するアイテムを取りに行っていた。ケセド出身のスケさんなら問題ないだろうと、魔王は送り出していたのだ。


「魔王君、ちょっといいですかね?」


 俺が魔王と赤ちゃんプレイを終えた頃だった。

 二人でくつろいでいると、謁見の間に骨が入ってきた。


 四天王が一人、スケルトンのスケさんである。


「おお、帰還したのか?」


「ええ。ただ、緊急の報告がありますぞい……嬉しい報告はなしと思ってくだされ」


 スケさんの態度にはあまり余裕がなかった。


「まず、先に言わせていただきますが、魔法を無効化するアイテムは取れなかったですぞ。そういう状況ではなかったのでね」


「――どうした? 貴様が慌てているとは、また珍しいな」


 スケさんは常に飄々としている。骨にネクタイが常のスケさんだというのに、今はふざけている様子がない。何らかのトラブルがあったのか、ネクタイもつけていなかった。


 しかも、スケさんが言っていたケセドは、死霊族アンデッドの世界である。

 エルフの世界を始め、人間の世界にも攻め込んでいたり、不穏な動きを見せていた種族なのだ。


 何かあると思っていたのだが……予想通り、その『何か』があったらしい。


 そのことを、スケさんが伝えてくれたのだ。




「先代の魔王が、死霊族アンデッドとなって復活しておりました」




 瞬間、魔王の目の色が変わる。


「――っ」


 穏やかだった彼女の表情は険しくなり、その小さな手は強く握りしめられていた。

 普段は俺のこと以外であまり表情を変えない彼女が、今の情報に感情を乱されたのである。


 それくらい、先代魔王は……魔王にとって、受け入れがたい存在なのだ。


 彼女にとって父親であり、恐怖の象徴であり、人形を強いてきた化け物。


 人間を執拗に攻め続け、他種族には気まぐれに戦争を仕掛けるような、想像通りの野蛮な魔族を象徴するような『魔王』だった。


 今の魔王軍でも十分に好戦的なのだが、かつての魔王軍は本当に酷かった。過激派が大多数を占めており、日々血と狂乱に明け暮れていたクソどもの親玉が、先代魔王である。


 彼女を傀儡にするために育て上げた、という経緯もある。その時の記憶を魔王は頑なに語ろうとしないが、きっと俺が思っている以上に辛いことがあったはずだ。


 何せ、俺が彼女を見た当初……彼女には、感情がなかったのだから。

 ただ命令に従う、まるで人形のような顔をしていたのだから。 


「……本当か?」


「勿論。吾輩が、面と向かって言葉を交わしましたのでな……」


 それからスケさんは、蘇ったとされる先代魔王について教えてくれた。


 先代魔王は現在、屍のような状態らしい。


 何がどうなったのかは知らんが、とにかく死霊族として転生した先代魔王は、腐っていはいるが生前に用いていた肉体に憑依したということだ。


 死霊族になっているため、生前ほどの力はない。ただ、死霊族になっているため、魔族の攻撃が効きにくくなっていることが懸念とされるらしい。


 スケさんはケセドに侵入してすぐに、この先代魔王に気付いたらしい。情報収集も兼ねて接触を試みて、見事逃げ帰ったということなのだ。


「先代魔王は、肉体の修復に努めているようですぞ」


 故に、秘薬の生産が盛んなエルフの世界『イェソド』や、知恵の果実がある人間の世界『マルクト』などに兵を送り込んで、情報を収集していたという。


 そこで俺が思い出したのは、イェソドで出会った死霊族だ。

 奴らは何者かの『転移』魔法で他世界に侵入を果たしていた。この理由に、ようやく納得がいったのだ。


 魔王の系譜に伝わる『転移』魔法。先代魔王だからこそ、転移が行使できたということだろう。


 先代魔王の復活。スケさんの話を聞いていると、その情報の精度は高いと思わざるを得なかった。


「称号持ちを、集合させよ」


 魔王は即座に決断を下す。


「魔王軍緊急会議だ――先代魔王を、殺さねばならん」


 緊急の招集をかけた魔王は、何故だか俺に申し訳なさそうな顔をしていた……


 ここから少し、魔王は慌ただしくなる――

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