第五十六話 幼女に母性を求める理由
「ママァ……シュキィ」
自分が自分ではないような。
ふわふわとした意識の中、理性という鎖が外れて露出した欲望が、俺の言動を支配する。
頭の片隅に追いやられ冷静な俺は、ただ自分のしていることを傍観することしかできなかった。
「こ、こらっ。勇者よ、いきなり……」
「はぁはぁ……ママッ、ママッ」
玉座に座る魔王。いつも通りヒモみたいな下着姿の彼女は、褐色の肌を曝け出している。
浮き出たあばら。両手に収まるほど細い腰。そして、小さなおへそに――俺はいつの間にか、とびついていた。
魔王のお腹に顔を埋めて、俺は強く強くしがみつく。
柔らかい肌と、幼女特有の甘い香り……魔王の全てに、俺は安らぎを得ていた。
「ママァ……一生懸命、頑張ってきたよっ」
言葉遣いは、無意識のうちに小さな頃のように戻っていて。
「褒めて、ママッ」
そして俺は、記憶にすらないことをしでかしていた。
幼い頃に母を亡くした俺は、こんな風に甘えたことなどない。
だからこれは、俺の願望だ。
心の奥底に秘めていた、甘えたいという欲求なのだ。
「むぅ……おかしいな。欲望の果実を食してこうなっているのか? 勇者は、我を母親と重ねているのか?」
「ウッ、ウゥ……」
「ああ! 分かった。仕方ない奴だっ……よしよし、偉いぞ勇者よ。褒めてやるから、泣くな」
魔王は抱き着く俺をあやすように、ぎゅっと抱きしめてくれた。背中をぽんぽんと叩いてくれた
より感じた魔王の肉体が、俺の全身を満たしていく。
あぁ……認めたくない。認めたくないが、俺は魔王に抱き着いているときが何よりも好きだ。
小さな彼女の胸にそぐわない包容力が、俺の心を癒してくれる。
「そ、そうか……勇者はもしや、我に『母性』を求めていたのか!? だからあまり性欲を取り戻すのにも積極的じゃなかったのか! 貴様の欲望は『犯したい』ではなく『甘えたい』だったのだなっ」
魔王はハッとしたように声を上げた。
「まったく、貴様は本当に……素敵な奴だな。よしよし、存分に甘えるがいい」
「イイコイイコシテー」
「良かろう。いい子いい子……勇者は、とてもいい子だな」
俺の頭を、ほっぺたを、首筋を、慈しむように魔王は優しく撫でてくれる。
その労わるような手つきに、俺は安らかな表情を浮かべていた。
今まで、これほどまでの快楽を味わったことがあるだろうか?
彼女に身を任せている今、俺は幸福の中にいた。
「我は知ってるぞ。勇者は、心の奥底から優しいのだ……だから貴様は、我と性交を望んでいない。我を傷つけるのが怖いのだろう? そのせいで、我を抱くことができないのだ」
彼女は俺を責めない。
俺が悪いというのに、彼女は受け入れてくれる。そして、自己否定しがちな俺を、俺の代わりに肯定してくれるのだ。
「我は、少し残念だが……これもまた一つの愛ではあるというのに。今まで無理をさせてしまったな」
「違うよっ。ママ……ま、魔王のこと、俺もっ」
「ママで良い。そして、我のために嘘をつくのもやめろ。本当の貴様は、性欲など不要だったのだな……それが知れて良かった。我は嬉しいぞ。勇者は何も悪くない……安心しろ」
違う。俺は魔王に欲情だってしていたはずだ。
でも、全部が全部違うわけではないようで……確かに俺は、魔王とのエッチにそこまで執着していなかった。
あまり、そういう気分にならなかったのは、魔王が言っていることもあってだろう。
「なんとも愛されているものだな。とても、嬉しく思うぞ」
そう言って彼女は、両手で俺のほっぺたを挟む。そのまま顔を上げられてしまい、彼女と目線を合わせることになった。
魔王は、微笑んでいた。
優しく、慈愛に満ちた目で、俺を見ていた。
「――っ」
それだけで、俺の理性が唸る。
心が、暴れる。
「ママァアアアアアアアアアアアア!!」
ママを、ひたすらに叫んでいた。
わ、我ながら酷いな、これは。
こんなにも俺は、肯定されることを望んでいたのだろうか。
受け入れられることを、愛されることを、大丈夫だよと言ってくれることを、俺はずっと求めていたらしい。
魔王に母性を感じて、甘えたがっていたみたいである。
「シュキィ」
「好きと言ってくれるのか? なんだか照れくさいな」
生まれながらに、自己肯定とは無縁の世界で生きてきた。
俺は自分で自分を肯定するのがへたくそである。いつだって後悔してきたのだ。自分に自信が持てないままだった。
だから俺は、俺を受け入れてくれる魔王に母性を求めたのだろう。
小さく幼い彼女であれば……俺のステータスではなく、心を見てくれるだろうと、そんな幻想を抱いてしまったが故に。
「よしよし。我に全て任せていいからな。貴様は幸せになればいい。前にも言ったが、何度だって言おう。我の隣に居ろ。頑張るな。快楽だけを感じていろ……安らかに、波などなく、平穏な時間に溺れるのだ。それが貴様の、仕事である」
俺は、幼女な魔王の母性に惹かれてしまう。
もしかしたら、もともと母性を求めていたのかもしれない。俺が魔王と出会う前に好意を抱いていたメレク姫と僧侶は、どっちも安産型で巨乳だった。
母性の象徴的なこの二つの部位に、無意識の内に惹かれていたのだろう。そういう兆候はあったのだ。
しかし、二人とは最悪の決別を果たした。最後まで好かれることはなかった。
それがあって、俺は自分と同世代、あるいは上の年齢の女性に対して『好かれる』自信がないのである。自分と目線を同じくする女性は、誰も俺に振り向いてくれないと思い込んでいるのだ。
こんな、ダメな俺を受け入れてくれる存在。
それが『幼女』であり『魔王』だったのだろう。
俺が、俺であること。
それだけが、彼女が俺を受け入れる条件である。
ステータスも、性格も、容姿も……魔王は、幼き女の子は、何も求めない。
その包容力に、俺は『母性』を見出していたのである。
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ」
「何を謝っているのだ? 迷惑をかけていると心配しているのか? そんなわけないぞ……勇者が、笑ってくれさえいれば、我は幸せなのだ。もっと笑ってほしい。もっとわがままを言ってほしい。もっともっと、我のことを信じてほしい」
魔王は俺に、キスをした。
いつもの、舌を入れる激しいものではない。優しい、まるで愛情を伝えたいかのような、柔らかいキスだった。
その熱が、俺を溶かす。
無意識に嵌めていた枷が、壊れていく。
「ママ……ダイスキッ」
今度は首筋に顔を埋める。魔王が痛がるかもしれない、なんてことも考えられなくなって、俺は力いっぱいに抱きしめてしまう。
それでも魔王は、俺を怒ったりしなかった。
「うむ。我も大好きだっ」
愛を、与えてくれた。
「すまないな、勇者よ……我は焦っていたみたいだ。別に、エッチなことなどしなくても、我と勇者は夫婦であるというのに。なんだかな、勇者と早く結ばれたかった。心だけでなく、身体も……勇者と、繋がりたかったのだ」
魔王は耳元で、そう囁く。
「でも、ゆっくりがいいのだな。少しずつ……幸せであることに慣れてくれ。そしていつしか、我に遠慮がなくなった頃に、エッチなことをしよう。それまでは、こうしてそばにいるだけでいいからな」
彼女は俺を導いてくれる。
俺の全てを、肯定してくれた。
それが俺を、幸福へと連れて行ってくれる。
「ママァ…………」
もう何も心配は要らない。そう思わせてくれる彼女の腕の中で、俺はしばらく甘え続けるのだった。
「ぬぁあああああああああああああ!?」
そして果実の効果が切れてから、絶叫することになり。
「その、勇者……赤子になっている貴様も、可愛かったぞ?」
魔王の慰めになっていない慰めの言葉に、俺は悶えてしまうのだった。
「忘れてくれっ……忘れてくれぇ」
しばらくは、この記憶で俺は苦しめられるのだろう。
でも、何よりも認めたくなかったのは、魔王にまた甘えたいという欲望があることだ。
俺はなんて、情けない奴なのか――




