第五十三話 ポンコツ六魔侯爵その2
「あはぁ。【ヒュドラの体液酒】、とても美味ねっ。この、一度飲んだら永遠に飲み続けたくなる感覚がたまらないわっ」
酒瓶を持つニトが恍惚に満ちた表情を浮かべていた。どうやら毒を飲んでトリップしているらしい。
「うひぃ……最高なのぉ。もっとちょーらぃ」
「っ!」
全身白ローブの眠たげな神官――プリストと、全身黒ローブの顔を隠した不思議生物――エクソがニトに同調するように、酒瓶を掲げている。
こいつら、毒の酒で宴会をしているようだ。
アホだな。
「おい、ほどほどにしとけよ」
呆れながらも中に入れば、ようやく三人が俺に気付いたようだ。
「勇者! ちょっと、こっち来なさいよっ。一緒に飲みましょうよ!」
「飲まない。それ毒だろ? 一生酒浸りになんてなりたくない」
「大丈夫よ。だって、わたしが回復するもの!」
そう言って、ニトはおもむろにプリストとエクソに手をかざす。
「【回復】!」
唐突だった。いきなりこいつは、プリストとエクソを癒しやがった――って、お前バカかよ!
「こらっ。他人を回復したら、お前の年齢が幼くなるんだろ!? なんでこんなくだらないことに使ってるんだ!」
ニトの回復魔法は自分自身にこそ無制限に使えるらしいが、どうも他人に使うと『自分の時間』が代償になるらしい。だから、こんな宴会で使うとは思ってなかったのに……なんて奴なんだ。
「あぁん? そんなの知らないわよっ。わたしはね、今を生きてるの! 明日のわたしなんて、明日のわたしに任せるわっ」
刹那的な生き方すぎて驚く。ニト教のシスターさんはかなり頭がおかしいようだ。相変わらずである。
まぁ、毒が大したものではなかったのか、今回の回復魔法では見た目があまり変わらずに済んだようだが……これはダメだろ。
「こればっかりは許容できないな。お前がこれ以上幼くなって、万が一があったら困る。俺が悲しいから、やめろ」
ニトにはとてもお世話になっている。こいつがいたら場が賑やかになって楽しいのだ。
いなくなるのはとても寂しい。
恩人でもあるので、ある程度のことは許容できるが……こればっかりは認められなかった。
「お願いだから、自分をもっと大切にしてくれ」
はっきりとそう伝えると、ニトは予想外にも素直に聞き入れてくれた。
「え? あ、うん……な、なによっ。そんな真面目な顔されたら、困るじゃない……か、かっこいい顔になんて惑わされてないんだからねっ。別に、勇者のためとかじゃないから!」
なんだこいつ、チョロイな。ニト教のシスターさんは普段破天荒なくせに、ちょっと口説いたから簡単にデレるので不思議なものだった。
「ふぅ、ふぅ……くっ。あのね、勇者? 実は、この【ヒュドラの体液酒】――媚薬効果があるのよ」
と、ここでニトが衝撃の事実を打ち明けてくれた。
なるほど。つまり、ニトは今とても興奮しているということになるのか……俺の言葉になびいたのも、恐らくは酒の効果があったのかもしれない。チョロイだけかもしれないが。
ともあれ、ニトが発情しているのは確か。
ここまで分かっていて、今後の展開が読めないほど俺はバカではない。
「そうか。自分でどうにかしろよ! じゃあなっ」
慌てて背を向けて、天幕から出て行こうとする。
しかし、そんな俺を阻んだのは――神魔侯爵のプリストと、討魔侯爵のエクソだった。
「あのねー、ゆうしゃぁ……自分も、はつじょうしてるのぉ」
「~~♪」
あ、そういうことか。
ニトの回復魔法によって毒こそなくなった二人だが、媚薬の効果までは回復しなかった――と。
どうして催淫されている状態を異常と認識して、回復魔法が作用しないのか。もしかしたらニトがそのように魔法を構成したのかもしれない。余計なことを!
「わたしたち、あんたの性欲を取り戻せって言われてるのよね……だから、行くわよ!」
「お前は言われてないだろうが!? どうせ面白そうだから首突っ込んだだけのくせにっ。あ、やめろ……服を脱ぐな!」
ニトはおもむろに修道服を脱ぎ捨てた。慌てて目をつぶったので見てないのだが、パンツ一丁だった。うん、見てない。見てないからな、魔王……俺は浮気とかしてないからな!
「自分もー、おてつだいいするのぉ……」
目を閉じた俺に、誰かが飛びついてくる感触があった。正面から首元に手をまわしている。ヤバい、吐息が鼻にかかってる……その誰かは、俺の瞼を強引にこじ開けてきた。
「ゆうしゃ? 自分にも、して?」
「何をだよっ」
「…………なにかなぁ?」
きょとんと首を傾げるプリスト。
たぶんこいつ、一連の流れをよく分かってないな。そしてプリストは見た目幼女でドストライクなのだが、いかんせん欲情はしない。愛でたくはなるが、迫られても困るだけだった。
「っ! っ!!」
「エクソ~! あんたも脱ぎなさいよっ。ほら、顔出しなさいよ!」
すぐそこでは、ニトに衣服を剥がされているエクソの姿が。首から下は抵抗なく脱いでるが、首から上のローブだけは死守していた。その努力がよく分からんが……あれだな。エクソって、幼女だ。体つきで分かる。
状況を整理しよう。
つまり今、俺は天幕の中で――三人の裸幼女に、エッチなお誘いを受けているらしい。
まずいっ。何がまずいのかと言うと、鋼の精神を打ち破りそうな三人の幼女性に、心が揺らぎそうでまずかった。
今でこそハイパーロリコンになっているのだが、別に性欲がなくなったわけではない。欲求に抗えなくなって、理性を失った時――俺はロリコンから性獣へとなり下がる。
そんなのはごめんだった。
「ごめんな、プリスト。ちょっと、投げるぞ」
「おー?」
抱き着くプリストの両脇を抱え上げて、二人でわちゃわちゃしているニトとエクソに向けて投げた。プリストはふわりとした弧を描きながら。抵抗なく二人に向かって落ちていく。
「ふにゃ!?」
「――!?」
よし、狙い通り直撃だ。三人とも倒れたところで、俺は天幕から出て行った。
「じゃあな! 酒はほどほどにっ」
天幕を閉めて、距離をとる。流石に裸で外に出るほど羞恥心はなくなっていなかったようで、三人とも追ってこなかった。
やれやれ、危機一髪だった……ニト教に侵された暴徒たちの襲撃に、俺は冷や汗を流す。
思ったより危ない宗派だった。俺もニト教の一員ではあるが、魔王に操を立てている身……快楽には溺れても、欲望には溺れないように注意しようと思うのだった。
 




