第五十一話 勇者の性欲は何よりも優先するべきものである!
「ようこそ、勇者殿と魔王様、お待ちしておりました」
魔王に抱っこされた状態で、人間界を移動することしばらく。
六魔侯爵が滞在しているといわれた場所に赴くと、タナカさんが出迎えてくれた。
相変わらず柔和な表情である。これで過激派筆頭なのだから魔族は分からん。
「六魔はきちんと言われた通りに、勇者の性欲を取り戻す方法を考えたのか?」
「勿論でございます。六魔それぞれが、最良と思える方法を考案しました」
恭しく頭を下げるタナカさんに、魔王は鷹揚な首肯を返す。
タナカさんは魔王に心酔しているようで、態度が俺とはまったく違った。俺にはもっとフランクなんだけど、やっぱり魔王は特別らしい。敬意を抱いているのだろう。流石、部下から慕われてる。
「ご苦労。貴様らの働きには期待している」
だというのに、この魔王は俺の性欲を取り戻すために、優秀な部下をこき使っているものだから何とも言えなかった。申し訳ない限りである。さっさと性欲を取り戻さねば。
と、思ったのだが。
「いや、ちょっと待て。俺よりも、死霊族についての話が先じゃないのか?」
そもそも、ここに来たのは死霊族についての情報を集めるためだったはずだ。
エルフの世界『イェソド』に突如として襲来してきたあの一族について、六魔の力を借りるという目的でわざわざ人間界までやって来たのである。
「馬鹿者が! 勇者よ……そんなことより、貴様の性欲を取り戻す方が重要なのだぞ? 分かっているのか?」
「え?」
しかし、死霊族よりも俺の性欲の方が問題視されているらしかった。
「貴様、よもや事の重大さを認識してないのか? 勇者の性欲がないと、魔界は滅ぶのだぞ……我の欲求不満が原因で、暴れてしまうかもしれんからな」
「そ、そうか」
魔王の我慢も限界だ。これが冗談じゃないから何とも言えない……魔王はそれくらい強いので、俺のせいで魔族が滅ばないように性欲を最優先させることにした。
今は大人しく従っておこう。
「して、タナカ以外の六魔はどこにいるのだ?」
「皆、それぞれの天幕にて待機しております。各々が最良だと思える手段を勇者殿に施すので、魔王様はこちらでお休みになられてください」
タナカさんが示したのは、並んでいる六つの天幕だ。それぞれに六魔侯爵がいるようである。
俺は一人で中に入ればいいのだろう。
「なに? 勇者を一人に……くっ。でも、仕方ないか」
魔王は俺を手放したくなさそうに抱きしめた。抱っこされたままなので、抵抗はできない。仕方ないので俺も抱きしめ返すことに。
「頑張れよ、勇者っ。早く我とエッチなことをしよう」
「おう、任せとけ。すぐにお前を孕ませてやるからな!」
せっかく、俺のために動いてくれているのだ。
六魔の思いを裏切らないためにも、そう宣言して俺は地面に足をつける。
あー……一瞬、歩くのが面倒だと思いそうになった。危ない危ない、このまま魔王に甘やかされているダメになりそうだ。もうすでにダメ人間なのだから、これ以上は自重しないと。
「わ、我は、しばらくは子供なしでもいいが……いや、勇者との子供は可愛いだろうし、そういうのもありといえばありなのだがっ。しかし、少しは二人きりの時間を過ごしたいし、むぅ……難しい問題だなっ」
何やら悩み始めた魔王に背を向けて、タナカさんに案内されるままに俺は一つ目の天幕へと移動する。
「やっほー! 勇者さん、ようこそだねっ」
中に入ると、出迎えてくれたのは犬耳犬尻尾の魔族――シロだった。
相変わらず、ノースリーブに短パンと肌色が眩しい恰好である。少し前のライトロリコンな俺は、こいつを見てムラムラしていたが……ヘビーロリコンになっている今、父性しか沸かないから不思議なものだった。
この明るい笑顔を、何よりも守りたくなる。
「シロか。いつも元気だな」
「うん! 元気が取り柄だもんっ」
俺が歩み寄ると、シロがそのまま飛びついてきたので受け止めた。
「えへへ~」
シロはだらしなく笑いながら、俺の胸に頬をこすりつけている。
「勇者さんはいい匂いするから好きっ」
「……そうか。ありがとうな」
抱きしめて、頭を軽く撫でてやった。
ふわふわの耳を触ると、シロはくすぐったそうに身をよじらせる。
「んっ。もっと、なでなでしていいよっ?」
しかし気持ちいいのか、更に擦り寄ってきた。
幼い少女に甘えられるというのは、なんといいものか。面倒を見てくれる魔王とはまた違った可愛さがあって良い。
言われた通りに、シロを撫でまわす。
「ふにゃぁ……って、違う! ボク、勇者さんをペロペロするんだった!」
だが、彼女はハッとしたように身を起こした。
改めて俺に向き直って、舌なめずりをしている。え、なに?
「えいっ」
次いで、シロは俺のほっぺたをペロリと舐めた。
生暖かくて、くすぐったい。そして何がしたいのかよく分からない。
そのまま、シロは俺のほっぺたや首筋、腕なんかを舐め始める。たまに甘噛みもしてくるのだが、それだけだ。本当に、何なのだろう。
「どう? 勇者さん、せいよく? っていうのが、戻ったかな?」
一通りペロペロした後、シロがそんなことを言った。
なるほど、今までの行為は……俺の性欲を取り戻すためのものだったらしい。たぶん、舐めて俺を興奮させようとしたのだ。
だが、ほっぺたとか舐められても、あまり興奮はしない。というか可愛かっただけだが。
「んー、ちょっと微妙だな。シロ、やり方が間違ってる」
「ふぇ? ボク、間違ってたの?」
「ああ。どうせやるなら、こんな風に……」
と、ここで今度は俺からシロに触った。
舐める、ことは流石にできなかったので、手でシロの体を撫でまわす。
「ぇ? ぁ、んっ……!?」
犬耳に続いて、わき腹や太もも、尻尾などなど。
いたるところをなでなでした。
「こんな感じでやった方が、興奮すると思うぞ」
「……もうらめらよぉ」
しばらくなでなでしたら、いつの間にかシロは動かなくなってしまった。
「あひぃ……負けたぁ。ボク、もうだめっ」
シロは降参している。俺のテクニックでやられたようだ……敏感なのだろう。想像以上に簡単に屈服したな。
「次に行っていいよっ。ボクはもう、ギブアップだから」
そうして、シロによる俺の性欲を取り戻すための何かが終わる。
「え? あ、そうか」
はっきり言おう。
全然ダメそうだった。俺、まったく興奮してないし……六魔って、思ったよりポンコツなのでは?
本当に大丈夫なのだろうか……俺も、そろそろ魔王のために、性欲を取り戻したいのだが。
やれやれ、前途多難である。




