第四話 幼女魔王とイチャイチャ
酒の席はなおも続く。
いい感じに酔いもまわってきて、心に抑え込んでいた感情や欲望が口からドバドバと零れ始める。
「ちくしょうがぁ……やってられっかよぉ」
「まあまあ、とりあえず飲め。飲んで忘れるのだ」
「うぅ、魔王は優しいな……性格も良いし、顔も可愛いし、文句なしだ。本当に隣に置いてくれてありがとうなぁ」
「か、可愛いとか言うなっ……照れるだろう」
ベッドの上で、俺は魔王と肩を組んで酒を飲んでいる。
彼女は俺と違って酔ってないようだ。酒には強いらしい。
だが、アルコールが入って体が火照ってはいるようだ。
酒を飲んだ上に俺に絡まれてもいるので少し汗をかいている。
うなじに流れる汗は、なんか艶めかしい。
そのせいか、甘い匂いが漂ってきていた……体臭なのだろうか。そう呼ぶにはちょっとためらうくらい、良い匂いがする。
「魔王……もっとくっついていい?」
「ん、んんっ? よ、良いぞ」
酒も入っているせいか、セクハラじみた言動が自然になってきている。
されども魔王は嫌な顔せず、それどころか許してくれる始末。
本当に優しい奴なんだと思った。
お言葉に甘えて、彼女を胸に抱きよせる。赤い顔の魔王はされるがままだった。
頭頂に顔を寄せて、深呼吸。あ、まずい。
お日様と汗の入り混じった甘い匂いだ。
むせ返るほどの魔王の香りになんかムラムラしそうだったので、慌てて顔を離す。
「なあ、勇者……貴様は、その、他のメンバーにもこのようなことをしていたのか?」
と、ここで魔王がこんな質問をしてきた。
「え? なんでいきなり?」
「いや、なんというか……ふと、我以外にもこんなことをしていたのかと、気になってな。いわゆる嫉妬というやつかもしれん」
「嫉妬っていう割には、可愛いなそれ」
「からかうでない」
頬を膨らませる魔王に、俺はゆっくりと首を振った。
「心配要らねぇよ。誰とも、こんな風にくっついたことはない。そもそも、今思うと俺はあいつらと仲良くなんてなかったかもしれないし」
思い返すは、勇者パーティーとして魔法使い、僧侶、武闘家、戦士と旅をしていた日々のこと。
表面上は仲間のようで、実は俺たちの関係は薄っぺらいものだった。
ただ、共に旅をしているだけの同行者でしかなかった気がする。
「ほう? 仲間なのに、また異な関係だな」
「まあ、俺は仲良くしようと努力してたけどな……ほら、俺たちって基本、お互いのことを職業名で呼んでるだろ? あれ、勇者パーティーの昔からの慣習なんだ。でも、それだとあまりにも素っ気ないから、みんな名前で呼び合ってみないかって提案したことがある」
「そうなのか? 我も勇者の事、名前で呼んだ方が良いか?」
「……名前は捨てたからなぁ。できれば、そのままがいいかも。魔王とは、別にどう呼び合おうと関係ないくらい、仲良くなれそうだし」
「ふむ、我も勇者に関しては何も心配しておらんしな。まあ、そのように呼ぶのに慣れているし、当分はこのままでも良いか」
「そうしてくれ……って、おっと。話がそれたか。とにかく、呼び方を変えようかなって思ったことがあってさ」
勇者パーティーとは、代々人間界を守る一番の戦力であった。
だから、名前など捨て、人間界のためだけに死力を尽くせ――という意味で、パーティーに加わると名前を隠さなければならなかったのである。
それを撤廃して、みんなとの距離を近づけようとしたわけだが。
「拒否されたよ。今更、こんなことに意味はないって……要するに、あいつらは仲良くなることなんて求めてなかったんだ。ただ、俺についていけばいいって思ってたらしい。その頃にはもう、俺が強くなりすぎてたから」
「なるほど。勇者に全て任せればいい。自分たちは何もしなくていい。ただ、名誉や報酬のために、ついていくだけでいいと、そういうことか?」
「概ね正解。その時に気付いたよ……俺たちは、もうダメなんだって。いつから、あんな風になってたんだか」
軽く息をつけば、そっと魔王が俺の手を握ってくる。
その温もりに癒されつつ、されども言葉は止まらずに次々とあふれ出た。
「昔は良い奴らだったんだ。魔法使いは、俺の先輩であり、良い兄貴分で……色々なことを教えてもらった。戦い方も、立ち振る舞いも、あいつが俺に教えてくれたんだ。小さい頃、俺はあいつの後ろばっかり追いかけてた」
だが、魔法使いは変わった。
俺が強くなり、功績を上げ始めたあたりから、俺を無視するようになった。上辺だけの会話以外、交わさなくなった。
「僧侶は、俺と一緒に魔法使いの後を追いかけてた幼馴染でさ……率直に言うと初恋の相手だったりする。あいつも、幼い頃は俺に笑いかけてくれたりしてたんだ。最近は無表情しか向けてくれなかったけど」
「……今でも、好きか?」
「それはない。いや、好きだったという気持ちも、本当はどうだったのかな……あいつが隣にいたから、ずっと隣に居るべきで、俺が守るべき存在なんだって、勝手に思い込んでたような気がする……ま、初恋には変わりないけど」
「そうか。なら良い。まだ好きとか言われたら、我が失恋のショックで人間界滅ぼすところだった」
「こらこら」
軽く頭を叩くと、嬉しそうに相好を崩す魔王。本当に可愛い奴だなって思う。
無邪気な笑顔は、かつての後輩二人を想起させた。
「……武闘家と戦士の二人はさ、俺が直接面倒を見た唯一の後輩なんだ。才能はまったくないけど、根性と負けん気だけは強くて、いつか二人が俺を追い抜いてくれるのかなって期待させてくれた。でも、ある程度強くなったところで、二人は前に進むことをやめてしまった」
誰しもがぶつかる、実力の壁だ。
これを乗り越えれば、二人のさらなる成長が促されるはずだった。
しかし、二人の心はあまりにも脆く、簡単に挫折して……これ以上、強くならなくなってしまった。
それは、俺という存在がすぐ近くに居たせいかもしれない。
あまりにも実力に差がありすぎて、二人が目に見えてやる気を失っていたのを覚えている。
「いつしか無気力になって、適当に生きるようになって、それで最後は金魚の糞状態だ。俺、師としての才能はないんだって、その時に気付いたよ」
「何を言うか、阿呆め。勇者が悪いのではない、そのゴミ二人が悪いのだ。貴様が自分を責める必要がどこにある」
「……そう言ってくれる魔王が、俺は好きだよ」
「す、好きとか言うなぁ」
途端に挙動不審になる魔王。
褒められたり、好意を寄せられたり、そういったことには不慣れなようである。反応がかわいかった。
これからも遠慮なく褒めまくったり、好きと言うことにしよう。