第四十七話 勇者の力は今――
「――っ」
早朝だった。
結局魔王とエッチなことが出来ずに、そのまま二人で一緒に眠った後のこと。
イヤな気配に俺は目を見開く。
自慢じゃないが、俺の感覚は異常に鋭い。勇者時代に寝てても敵を感知できるようにしていた名残だ。
特に、魔なる種族に対しては過敏である。
魔力を察知してその存在を知覚できるのだ。
恐らくは魔族である魔王よりも……いや、どの魔族や種族よりもこの感覚は鋭いかもしれない。
だからたぶん、イヤな気配を感じているのは俺だけだろう。エルフ達もまだ気づいてないはずだ。
「……雑魚、だな」
でも、相手はどうやら弱そうな気配だった。
内包している魔力量も少ないし、何より動きが鈍い。
この気配、まさかエルフとかではないだろうし……魔族、ということはありえるがどうも動きが鈍重すぎる。魔族なら頭おかしいくらい力強い気配を発するはず。
ここからだと分からないな。
直接、この異様な存在感を持つ生物に接近した方がいいだろう。もしかしたら、エルフの敵かもしれないし。
もしそうであれば、エルフは恩のある種族だ。
犠牲者を出さないよう協力したい。なので、俺はそっとベッドから出た。
魔王を起こすのはやめておく。俺が居なかったとき、どうやら一睡もしてなかったようなのだ。
気持ち良さそうに眠ってるし、そっとしておこう。
大した敵でもないのだ。すぐに済ませようと思った。
アトレの屋敷から出て、無人の街をかける。やはり早朝、規則正しい生活を送るエルフは誰も外に出ていない。だからこそ、この気配の持ち主が気になる。
街を出て、森も駆ける。
気配に向かって走っていると、やがて森の奥深くにある洞窟へと到着した。
やっぱりおかしいな……
ここはセフィロトの世界店からも距離が遠い。他種族が他世界へと行く場合、セフィロトの世界店を経由しなければいけないはずなのに。
あるいは、魔王のような転移魔法の持ち主がいれば例外だが……どうなのだろう。
何者だ?
息をひそめて、真っ暗な洞窟を伺う。
装備はない。だが、俺には呼べば来てくれる勇者の剣がある。何かあればすぐに召喚すれば良い。
そんな楽観的なことを考えて、俺は迂闊にも装備なしで洞窟に入る。
その判断が間違いだったことは、洞窟内に入ってから思い知るのだった。
『ゥー、ァー』
「――っ!?」
至近距離まで迫って、俺はようやく相手の正体を知る。
そこに居たのは、腐敗した肉体を持つ人型の化け物。
「死霊族かよっ」
第四世界『ケセド』に生息する命なき化け物が、そこに佇んでいた。
しかも剣や鎧が装備されている。何らかの魔法アイテムのおかげか、腐臭も抑えられていた。
その死霊族は、もとは魔族だったのだろう。だから魔力の気配を感じたのだ。
「おいおい……何の用でここに居るんだか」
頬を引きつらせて、俺は光の精霊に力を借りて光を発する。
そうして見えたのは、洞窟内にたくさんいた死霊族のみなさんだった。
数にして、およそ百。みんな雑魚っぽい。転移魔法の持ち主はいないな……こいつらだけ転移したようだ。
この程度の死霊族なら自我はないと思うので、恐らくは誰かの意図でここに集められているのだろう。
「急いでアトレに知らせないと……」
そのまま洞窟から出るべく、後ずさる。
しかしここで、今まで動かなかった死霊族が……唸り声をあげた。
『ァァアアアアア!!』
あ、ヤバいかも。
こいつら、たぶん逃げる奴を追いかけるように命令されてる……だから俺に反応したのだ。
百の唸り声が洞窟内に響く。うるせぇな……仕方ない、全滅させておこう。
そう思って、俺は武器を呼び出す。
「来い――【勇者の剣】!」
相棒を呼び出そうとした。
しかし……いつまで経っても、勇者の剣は現れてくれなかった。
「…………え?」
初めての事態。
戸惑う俺に隙を見たのか、死霊族の一体が俺に剣を振り上げる。
「くそっ……【マルクトの加護・発動】!」
狼狽えている場合じゃない。今は相手を倒すことが先決!
気持ちを切り替えて、俺はいつものように世界樹の寵児の力を発動させようとした。
だが――加護は、なかった。
「ちょ、何事!?」
びっくりした。
あまりにも驚きすぎて、死霊族の剣を回避し忘れたくらい、驚愕した。
迫る剣は白羽取りしたので怪我こそないが、精神的な動揺は大きい。
「なんだよこれ……俺、もしかしてマルクトの力を発動できないのか!?」
勇者の剣も、マルクトの加護も――どちらも第十世界『マルクト』に認められているからこそ、発動できる力だ。
つまり、今の状態をありのままに説明するなら。
俺は、マルクトに振られたらしい。
そりゃ、そうだよな……だって人間より魔王選んじゃったし?
まぁ、そのあたりは仕方ないとすんなり割り切れる。
でも、今がちょっとだけピンチになっているのはいただけなかった。
「油断したなー……洞窟には入らずに戻るべきだったか」
もっと用心するべきだった。
まだ自分の力が健在だと思っていただけに、気が緩んでいたらしい。
とはいっても、負ける気はしないけどな。
『イィイイイイイイ!!』
「なんだその唸り声は……っと」
俺に白羽取りされて、どうにか剣を引き抜こうとしていた死霊族に蹴りを入れる。
少し前までは、極限まで鍛えていた身である。怠惰に暮らせども、戦闘力は多少あった。
『グガッ』
死霊族が剣を残して吹き飛んでいく。
これくらいでは死なないだろうけど、これで時間は稼げたし……武器も調達できた。
本当は殲滅したかった。それは仕方ないので、隙をつくって逃げよう。
とりあえず襲ってきた死霊族の首を刎ねる。そいつは声もなく倒れた。
うん、弱い。だけど、これで死んでないから面倒なんだよな。
死霊族は物理的に倒すのが難しい。また、火炎系統以外の魔法でも死なないから厄介だ。
倒せるのは、火炎系統か光系統の力のみ。
俺は一応光の精霊術が使えるのだが、あれ使うと疲れる。
今回は剣技で切り抜けられそうなので、逃げ出した後にアトレにでも殲滅してもらおう。
「よし、じゃあな!」
適当な数を滅多切りにして、退路ができたところで俺は逃げ出す。去り際に剣をぶん投げて一体を壁に縫い付けた後、俺はエルフの街に向かって走った。
そして、アトレに死霊族について報告する。彼女は即座に討伐へと赴いたので、エルフへの被害もないだろう。
ただ、一番の被害は――俺が受けることになった。
「勇者!! 貴様、どうして何も言わないで出て行ったぁあああああ!!」
そこから俺は、魔王に説教されることになる。
更に勇者の力がなくなっていることを教えると、魔王はとても不機嫌になってしまった。
や、こればっかりは謝ることしかできない。
俺はもう、勇者ではなくなっているのだ……魔王が心配するのも、無理はなかった。




