第四十二話 ミナは愛人なのっ
どうしてこうなっているのだろう?
「君が、うちのミナエルの愛人かね」
エルフの世界『イェソド』のとある家屋にて。
俺は夫婦エルフと顔を向かい合わせていた。
「い、いや……愛人ではありませんけど。俺はミナにお世話されている人です」
「なに!? 君はその年齢で、幼いミナに養われているというのかね!」
「違いますよ! ミナには養われていませんっ」
「そ、そうだろうね。うん、すまない。流石に幼い子に養われるほど、君はクズではないよな。悪かった」
や、魔王とかいう幼女に養われている身なので、クズなのは否定できないな。
でもこれを言うのはやめておこう。
「ごほん。すまない、勇者君……実は私達も事情をよく知らなくてね。ミナが説明してくれなくて、君を呼んだ次第だ」
そう。俺は今、ミナのご両親と顔を合わせをしていたのだ。
握手会もひと段落したところで、アトレに呼ばれたのである。
「うーん。でも、ミナの主は俺じゃなくて魔王なわけですから、あっちに色々聞いた方がいいと思うのですが」
「何を言うのかね! 魔王になんて話を聞けるわけないだろう……殺されたらどうするんだ」
どうやらミナのお父さんは魔王が怖いらしい。厳つい見た目の割には根性がないようだ。
魔王みたいな可愛い子を恐れるとは……
「うふふ。ごめんなさいね、勇者様? あなたから話を聞きたかったんです。私が」
そしてミナのお母さんの距離が近いので困りものだった。
俺とお父さんは向き合っているわけだが、この人ずっと俺の隣に居るんだよなぁ……お父さんが寂しそうだから、そっち行ってあげろよ。
「あの、ミナエルのお母さん? もう少し離れた方が良いんじゃないですか?」
「あらあら。お義母さんって呼んでもいいのよ?」
「俺とミナはそんな関係じゃないですよ!?」
さっきからそう否定してるのだが、この夫婦どうもミナと俺が付き合ってると思ってるようなのだ。
「嘘を言わないでくれ。アトレ様から話は聞いてるんだ。ミナエルは、君に誑かせてエルフの世界を捨てたんだ――って」
あのクソエルフ……余計なこと言いやがって。
「俺は魔王と結婚してるんです。ミナとは健全な関係ですから」
「健全に愛人してるのね。娘を末永くよろしくお願いします」
「……私は認めないぞ! 確かに君は素晴らしいと思うが、娘はやらんからな!!」
あー、めんどくさい。
違うって言ってるのに……これでは埒が明かなかった。
せめてアトレが居ればまだ話が進むだろうに、あいつはどこかに行ってしまったし。
この場には俺とミナエルの両親しかいない。
このままだと話が進みそうにないので、部屋にこもっているというミナを呼ぶように頼んだ。
「ミナも連れてきてください。あいつも、ちゃんと説明してくれると思いますから」
そう言うと、ミナのお母さんが呼びに行ってくれた。
お父さんに睨まれて待つこと数分。思ったよりも早く、ミナは出てきてくれた。
「勇者……来てくれたの?」
ぶすっと拗ねているような表情である。やっぱり、両親ともめたらしい。
「とりあえず来い。ご両親がな、俺とお前は愛人関係なんだろって話を聞いてくれないんだ……何があったかはよく分からんけど、とりあえず否定してくれないか?」
ともあれ、色々話をするにも誤解を解いておきたいわけで。
そうお願いすると、ミナエルは俺の隣に腰を下ろして……おもむろに、俺の腕に抱き着いてきた。
え、なに?
「お父さん、お母さん……ミナはね、本当に勇者の愛人なの!」
「って、お前もそう言ってたのかよ!」
アトレだけじゃなく、本人もそう主張してたらしい。
道理でご両親が信じてくれなかったわけだ……
「くっ! せ、せめて愛人じゃなければ、許してやった! でも、娘が愛人になるのは許さないぞ!?」
「私はいいと思いますけど。あの勇者様が義理の息子かぁ……ふふ、素敵ですね」
うーん、話が見えない。
話をしてみたところ、ミナのご両親はそこまで話が分からないようには見えないのだ。
この二人とミナはいったい何をもめているというのか。
「ミナ、勇者の愛人だから、家を出ていくからねっ」
ミナは俺の腕を抱きながら、強くそう宣言する。
その言葉に、ご両親は悩ましそうに顔をしかめるのだ。
「……愛人になるのはいいですけど、家を出ていくのはまだ早いと思います。もう少し、大人になってから同棲しなさい?」
「まだ家を出てくのはやめておけ。お前は一人だと何も出来ないだろう」
……ああ、なるほど。
ミナのご両親が悩んでいる理由がようやく分かった。
この二人は、可愛い娘のことを心配しているのだ。
ミナエルはエルフの感覚でいうとまだ幼いらしいので、とても不安らしい。
まぁ、確かにミナは結構ポンコツである。
俺のお世話役だが、どちらかという遊び相手と表現するほうが正しいだろう。それくらい、彼女は身の回りのことができない。
「勇者様にも迷惑かけるだろうし、家出なんてやめなさい」
「……迷惑じゃないもんっ。ミナ、大丈夫だもん!」
でも、ミナとしては家を出ていきたいから、こうして衝突しているのだ。
ミナが拗ねている理由も分かった。自分のお願いを聞いてくれないから、むくれているのだ。
なるほど。ご両親の気持ちもわかるし、ミナの気持ちも分かる。
ミナは自由を望んでいた。エルフの世界では収まらない好奇心がある。このままでは、両親と衝突したままお別れすることになるかもしれない。
そういうのは、ちょっとだけイヤだった。
……アトレもこのあたりを考慮して、俺を呼んだのだろう。
俺は、ミナとご両親が納得のいく答えを出せるようにしたい。
ミナが楽しめるようにする、と前に約束をしたこともある。
だから――俺は、覚悟を決めたのだった。
「……俺からも、ミナは大丈夫と言わせてください。この子は家を出ても、問題ありません」
そう言って、俺はミナを抱き寄せた。
小さな体を胸に抱いて、ポカンとするミナのご両親にこう宣言する。
「だって、俺……本当はミナを愛人にしています! この子は俺が面倒見ますから!!」
「やっぱりそうだったのかぁあああ!!」
俺の言葉に、ミナのお父さんは顔を真っ赤にした。
くっ……嘘だけど、ミナのためである。俺はより強く彼女を抱きしめて、顔を上げた。
「お義父さん! 嘘をついてすいません。愛人だなんて言って怒られるのが怖かったんです」
「こ、このクズ野郎が! 娘を誑かしおって!!」
ごもっとも。俺も、もし自分の娘が悪い男に引っかかったなら、それはもう怒るだろう。
だが、ここはミナを愛人にしていた方がいいと、俺は判断したのだ。
「ミナは愛人ですが、幸せにすることは約束します! 俺がこの子を守りますから、どうかお義父さん……ミナが家を出る許可をください!!」
「お義父さんと呼ぶな!」
喚き散らすミナのお父さん。
そんな彼女を止めたのは、お母さんの方だった。
「あらあら。なら安心じゃないですか……あなた、世界で一番勇気と愛のある方が守ってくれるなら、大丈夫ですよ。てっきり、ミナの事は遊びだと思ってたけど、本気なら許可しないわけにもいきませんね」
俺がきちんと面倒を見るのなら、お母さんの方は許してくれるらしい。
そうだ。この両親はミナのことを心配してるわけだから、俺が守ると言えばいいと思ったのだ。
「お義母さん! 俺を信じてください!!」
「もちろんですっ。お義母さんって……いい響きねぇ」
そして俺はエルフの女性に好かれていた。この母親、初対面なのに俺のこと信用しすぎだろ……まぁ、嘘じゃないけど。
ミナのことはきちんと守る。
この子とは、人生を一緒に楽しもうと約束したのだ。
不幸になんて絶対にさせない。
両親と喧嘩別れなんてしてほしくなかった。
「あなた、いつまでも意固地になってないで、祝福してあげてください。義理の息子ができるんですよ? 孫だって、近いうちに見れるかもしれません」
「…………孫っ」
おっと。孫という言葉に、父親はピクリと反応した。
「孫……孫かぁ。ミナエルの、子供……見てみたいなぁ」
おっと。孫の想像をするだけでニヤけるお父さん。
やっぱり、親という存在は孫という言葉に弱いらしい。エルフでも人間でも、そのあたりは関係ないようだった。
「し、仕方ないっ。定期的に顔を出すと約束するなら、勇者君と一緒に暮らすことを認めよう。それでいいかね?」
「……ミナ、はっ」
一方のミナは、俺の胸で何か言いたそうにしていた。
強情はなおも続いてるようなので、慌ててその口をふさぐ。
「はい! 月に一度はきちんと連れてきます……そこは、約束しますので」
今のこの子なら、二度と戻ってこないと言うと思ったのだ。
でも、そんなことは言わないでほしい。
両親はなんだかんだ言って、永遠に子供の味方でいてくれる存在だ。
俺の両親は幼い頃になくなってるけど、未だにあの二人の優しさは覚えている。
だから、ミナにはお別れなんてしてほしくなかったのだ。
「勇者……」
唇を尖らせる彼女を撫でてから、俺は改めて両親に頭を下げる。
「ミナを、俺にください」
その言葉に、お母さんは満面の笑みで頷いてくれた。
「はい。ミナエルを、よろしくお願いします」
続いて、お父さんの方も渋々ながら、頷いてくれる。
「……なるべく早く、孫を見せるように」
「ぜ、善処します」
そこはちょっと分からないというか、確約はできないけれど。
「ミナを、任せてください!」
ともあれ、ミナが円満に家を出られるようにはできたようだ。
それだけで、今は満足しておくことにするのだった。
ふぅ……さて、後で魔王に何て説明しよう?




