第四十一話 勇者様はエルフのアイドルです
「勇者様、握手してもらってもいいですか!?」
「う、うん。別にいいけど……」
「ありがとうございますっ。私、あなたのおとぎ話に憧れてて、お会いできて嬉しいです!」
俺の手を握る彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
美女である。顔面のレベルでいうなら俺なんて相手にもされないはずの、美女だった。
エルフ特有の整った容姿は、一種の芸術性さえも感じさせてくれる。
そんな相手が、俺にキラキラした目を向けるという事実が、未だに信じられなかった。
「やった! 今日は手を洗いませんっ」
「いや、そこは洗おう。清潔にしないと」
「分かりました、勇者様が言うならそうします! ご心配してくれたこと、一生の思い出にしますね!!」
終始ハイテンションで、そのエルフの女性は去っていく。
「勇者様、頭を撫でてもらってもいいですか!?」
そして次の順番待ちをしていた女性エルフが、俺のところに来るのだ。
これをもう何十名繰り返しただろうか。だというのに、俺の前に並ぶ行列はしばらく途切れそうにない。
大勢の女性エルフが、俺に話しかけようと列を作っていた。
「なんでこうなってるんだ……」
思考を整理するために、ここまでの経緯を振り返ってみる。
俺は魔王たちと一緒にエルフの世界『イェソド』に転移してきた。その後アトレと再会して、とりあえずエルフの住居が集まる『居住エリア』なる場所に連れてきてもらったのだ。
その一角。広場のような場所で、アトレが住民に俺を紹介した後に――どうしてかこうなってしまったのだ。
取り囲まれ、列を作られ、まるで憧れの王子様を見るような顔で俺の前に出てくるのである。
エルフなので誰もが美女で、俺のような平凡な顔つきの男には一生縁のなさそうな存在ばかり。
最初はからかってるのか? とも思っていたのだが、どうやら彼女たちは本気だった。
「なでなで……こんな感じでいいか?」
「ふにゅぅ。う、うれしいですっ」
頭を撫でると、エルフの女性はだらしなく頬を緩めて破顔する。
なんだこの反応は……魔王以外の女性に好意的にされて、なんだか戸惑ってしまう。
気分は別に悪くない。イヤなわけなんてもちろんないし、むしろ好意を持ってくれて嬉しくもある。
でもなぁ……やっぱり、不思議でしょうがなかった。
「ようやく私の番ね。勇者さん、キスしてもらってもいいかしら?」
「……お前も並んでたのかよ」
アトレがしれっと俺の前に出てきて、唇を突き出してくる。
流石にそこまでは出来ないので、指で彼女の唇をつつくだけにしておいた。
「って、おい食べるな! あ、甘噛みはやめろっ」
「ごちそうさま。魔王さんに飽きたら、いつでも私のところに来たらいいわ。私、愛人でも構わないし」
「……なんでそんなに俺の事好きなんだよ。お前に限らず、エルフっておかしくないか?」
「おかしくなんてないわ。貴方のおとぎ話はとても人気だもの。男の子は貴方の勇気に、女の子は貴方の愛情深さに、憧れてるのよ」
「……俺が、おとぎ話? お前らエルフは閉鎖的な種族のくせに、俺のおとぎ話がどうやって伝わるんだ?」
「吟遊詩人っているじゃない? よく、エルフの世界にも訪れてるのよ。その子が貴方の物語を教えてくれるの」
ああ……噂で聞いたことがある。各地で物語を紡ぐ旅人か。
人間の世界にも昔は来てたとかなんとか……最近はめっきり来なくなってたようで、俺は出会ったことがない。
それなのにどうやって俺の物語を知ったのかは分からないけど、まぁそういう情報を手に入れる手段があるのだと思っておこう。
ちなみに、魔族の世界にも吟遊詩人は来ないらしい。あいつら、脳筋だから物語なんて鼻で笑うだろうし、その判断は正しいか。
魔族とは違う、エルフのような知性の深い種族を吟遊詩人も相手にしているのだろう。
「あら? 難しい顔してるのね……もしかして、迷惑かしら? ごめんなさい、だとしたらすぐに止めるけれど」
「あ、いや違う。好意的な態度に慣れてなくてさ……ちょっとびっくりしてるだけ。気持ちはもちろん嬉しいし、歓迎してくれて感謝もしてる」
そう言って笑いかけると、アトレの後方から黄色い歓声があがった。
「そういうところが、みんな好きなのよ。自分に自信持ちなさい?」
そう言って、アトレはおもむろに俺に抱き着いてきた。
「ちょ、流石にダメだっ。こんなところ、魔王に見られたら……泣くぞ! 魔王が!!」
慌てて、魔王の方に視線を向ける。
あいつはそもそも、こうやって俺が女性エルフと喋ることさえ嫌そうな顔をしていたのだ。抱き着かれているところなんて見たら、俺の事を大好きすぎる魔王が泣く!
そう思って冷や汗を流したのだが、とうの彼女はと言えば。
「勇者はな、カッコ良くて可愛いのだ! 普段は凛々しいが、我と二人きりの時は甘えてくるような奴でな、添い寝してやると何とも嬉しそうな顔をするのだっ。あとは――」
魔王は、のろけ話に夢中だった。
俺とは別の場所で人だかりをつくって、聴衆者となっているエルフ一同に延々と語り続けている。
あまりにも真剣にエルフが聞いているものだから、魔王は気持ち良くなっているらしい。楽しそうに俺との思い出を語っていた……脚色されすぎている気がするけど、まぁこちらを見てないなら好都合かな。
とりあえず、俺もエルフの好意に応えられる分は応えておこう。
「勇者さん? また後でゆっくりお喋りしましょう……それまでは、他の女の子たちの相手をしてあげると嬉しいわ」
「了解。あ、他の奴らはどうしてるんだ? さっきから姿が見えないんだけど」
見渡す範囲にはミナとタマモとユメノの姿がない。
どこかに行っているのだろうか?
「タマモさんは、男連中に『合気道』なる技を教えてるわ。彼らも貴方とお喋りしたそうだったけど、邪魔だからタマモさんに任せたの」
「……まぁ、タマモも暇してないなら、それはそれでいいか」
それにタマモは少し嗜虐癖があるので、存外楽しんでいるかもしれない。
「ミナエルは、両親のところに行ってるわ。家出したんだもの、色々お話してると思うわよ? 私も、今から顔を出しにいくところ」
「……そうか。あいつのことについては、夜にでも話を聞かせてくれ」
ミナはミナで事情はあるのだ。せっかくエルフの世界に来たわけだし、そのあたりも解決して、彼女がより楽しい生活を送れるようになれたら良いと思う。
「それで、ユメノさんなのだけれど……」
と、ここでアトレが考え込むように口を閉ざした。
ユメノについて、何か言いにくそうなことがあるようだ。
「エルフって、ほら。清貧で、質素で、禁欲的な種族でしょう? ユメノさんは、真逆に位置するサキュバスだから……」
だから、エルフは――サキュバスを、誤解しているようだった。
「違うんです! だから言ってるでしょう!? 私は悪いサキュバスじゃないんです! むしろサキュバスとしては未熟者で、恥ずかしながら未経験で、だから石とか投げないでくださいよっ」
タイミングよく、ユメノが広場に入ってきた。彼女はエルフの子供たちに追われている。たまに石とかも投げられていた。
「やーい、サキュバス! おれたちに何する気だ!」
「何もしませんよ!? っていうか、したくてもできませんからね!」
「みんな、耳をふさごう。妊娠する!」
「流石のサキュバスでも男の子を孕ませることはできませんからね!?」
ギャーギャー喚きながらユメノは俺の方に走ってくる。
散々に言いたい放題されたようで、既に涙目だった。
「勇者様! ご、誤解されてて……なんとか言ってやってくれませんか!?」
どうやら、エルフとサキュバスの相性は悪いらしい。
種族的価値観の違いなので、俺にはどうにもできないような気がした。
「でもなぁ……お前がエロいから悪いんじゃないか? その、歩くセックスみたいな見た目がダメなんだと思う」
「私の存在を否定しないでくださいよぉ……うぅ、あんまりですっ。私、処女なのにぃ」
ぐすぐす泣くユメノに苦笑する。大人のエルフはそれなりに常識あるようなので、サキュバスと言えども露骨に嫌悪してなかった。
ただ、誰も近づこうとはしないけど。やっぱりエルフはサキュバスが苦手らしい。
少なくとも、純真な子供たちに正義感が芽生えるくらいには、悪のようだった。
「こら、お客様に手荒いことしたらダメよ。ユメノさん、ごめんなさいね。私が匿ってあげるから、ついてきて」
代表してアトレがユメノを助けてくれたので、そちらは任せることに。
ユメノはともかく、俺も魔王も思ったより歓迎されているのだ。
良好な関係を築くためにも、しばらくはエルフたちの相手をしよう。
そう思って、俺は結構長い時間、エルフの女性と握手会を続けるのだった。




