第四十話 エルフの世界へようこそ
第九世界『イェソド』は森林世界である。
全てが木々や草花などの植物で覆われた世界だ。
ここには希少な植物が多く自生している。身体能力や魔法力などを向上させる『秘薬』は、たいていがエルフ産のものだ。
そのせいか、セフィロトでも他種族の襲撃回数が多い世界となっていた。特に第五世界『ケブラ』のドワーフ、第三世界『ビナー』の巨人族なんかとは衝突を繰り返していると聞く。
とはいえ、セフィロトで最も人気が高い世界は人間の住まう第十世界『マルクト』だったりするわけで。
あそこ、実は他世界にはない『動物』という食用の肉が繁殖してるので、死霊族とエルフを除いてみんな狙っていたのだ。ただ、セフィロトきっての戦闘一族である魔族を恐れて、他種族は人間界にやってこなかったけど。
ちなみに最も人気がないのは魔界『ケテル』である。名産品が何もないという、ある意味ふざけた世界なのだ。だからあいつら、人間界『マルクト』を執拗に狙ってたんだよなぁ……本当にいい迷惑だった。
しかし、そんな魔族もエルフの世界『イェソド』には積極的に攻めこもうとしない。この森林世界は、地の利がエルフにあって上手く戦えないのだ。
「…………ふむ、囲まれたな」
魔王の転移魔法で、俺達はイェソドへと赴く。
そして、森の中に到着したと同時に取り囲まれたらしい。
木々のざわめきの中に、微かな気配がある。だが姿は見えないので、なかなか隠れるのが上手い。
「アトレめっ。あ奴が来いと言ったのに、なんという歓迎の仕方なのだ? いい度胸をしているな」
魔王の目が細められる。あ、まずい。ちょっと苛ついているらしかった。
俺や下僕など身内には寛容だけど、こいつって敵に対しては気が短いんだよな。
「おい、そこに隠れているエルフよ。アトレを呼べ。すぐにだ……さもなければ、ここら一帯を吹き飛ばす」
ケテルの加護を発動させる魔王。黒いオーラが蠢き、たちまちに隠れているエルフ達が動揺しているのを感じた。
ちょっと脅かしすぎだ。
「魔王、流石に少しは待ってやろう。急に来た俺達も悪いんだし」
「そうだな! よし、勇者がそう言うのであれば待つ! 貴様ら、優しい勇者に感謝しろよっ」
一声かければ、魔王は態度をコロッと変える。チョロイなぁ……自分で言っててなんだけど、こいつ俺に甘すぎだろ。甘やかされてダメになりそうだった。
「ふぅむ。何やら熱い視線を感じるのう……このねっとりした感覚は、メスじゃな」
「そうですね。勇者様が見られてますね。魔王様が嫉妬しなければいいんですけど」
後ろではユメノとタマモの二人がボソボソと会話している。
「…………っ」
そして、最後の一人である奴隷エルフのミナエルは緊張した面持ちで固まっていた。
こいつからしてみれば、家出帰りしたのと同じなわけだし……そうなるのも無理はないか。今はそっとしておこう。
待つこと、しばらく。
「――ごめんなさい、遅くなってしまったわ」
上方から声が聞こえてきた。
そちらに目をやれば、宙に浮いているアトレの姿を確認できた。
魔法で飛んできたようである。急いでもくれたのだろう。若干息を切らしていた。
「まったくだ。あと少し遅ければ、そこらへんのエルフで遊ぶところだったぞ」
「お手柔らかにね? 一発芸をさせるくらいだったら許可するけれど」
不機嫌そうな魔王に、アトレは申し訳なさそうな態度で詫びている。
「そこらへんのエルフ共に、早く顔を出させろ。姿を隠されては気分が悪い」
「ええ、もちろんよ。ほら、出てきなさい」
その言葉の直後だった。
「――っらぁあああああああああ!!」
雄叫びと同時に、背後からエルフが飛びかかってきた。
俺に、である。
「…………なんだよ、元気いいな」
潜んでいた樹木の影から飛び出たエルフを知覚して、俺は息をつく。
これくらいの奇襲なら何も危険はない。というか、エルフのくせに魔法も使わず襲い掛かって来るとか、論外だろ。
とりあえず攻撃を回避して、動きを封じよう。
そう、俺は思ったのだが。
「痴れ者め」
背後を振り返ると、既に魔王がそこに居た。
俺に攻撃が仕掛けられると同時に転移したらしい。
「我の勇者に手を出すな」
言って、彼女はしたたかに飛びかかってきたエルフを蹴り飛ばした。
「ぐ、がぁ!?」
魔王の一撃によって、エルフは地面でのたうち回る。
加減はしたようなので死んではないはず。でも、痛そうだった。
「……一応、うちの戦士長なのだけど。肉体能力はやっぱり敵わないわね」
「おい、戦争を所望か?」
魔王から殺気が放たれる。まぁ、いきなり襲い掛かられたら怒るのも当然だ。
しかし、当のアトレはやけにしれっとしていた。
「あら、これは手違いよ。そこの男が独断でやったみちあね。あれを死刑にして、手を打ってくれないかしら」
「あ、アトレ様!? あなたが命令したのでしょう!!」
蹴られた男が、悶絶しながらも声を上げる。
アトレもアトレでいい性格していた。自分で命令しておいて見捨てるとか、冷酷かよ。
「何か言い訳はあるか?」
「……本当は勇者さんを拉致して魔王さん達とはおさらばしたかったのだけれど、ダメだったわね」
「殺すぞ」
「やだわ、冗談に決まってるじゃない。あれよ、あれ。魔王さんの愛を確かめたの」
「愛、だと……?」
「そう。魔王さんがきちんと勇者さんを守れるのか――という愛の試練を与えたの。結果、魔王さんの愛は素晴らしく、勇者さんを無事守ることが出来た。素敵な愛ね」
また、適当なことを言う……流石にそんなでまかせを信じるわけがない。
そう思ったのに、魔王は俺が思う以上に頭の中お花畑であった。
「愛、か。そうだな、我と勇者の愛は素晴らしいものだからな……うむ。分かった。愛の為なら、仕方ない。貴様らの非礼を不問としよう」
「ありがとう。やっぱり貴方の愛には勝てないわ」
二人はガッチリと握手を交わす。うーん、なんだろうこの茶番は……見ているこっちが脱力してしまった。
「ようこそ、エルフの世界へ。歓迎するわ」
もう何でもいいか。とにかく、歓迎してくれるなら何よりだ。
「勇者さんも、よく来てくれたわね」
アトレは俺にニッコリと笑いかける。魔王から手を離して、すぐにこちらへ近づいてきた。
なんというか……とても喜んでいるような表情で、身体もそわそわと揺れていた。
……なんでだろう。
「うふふ、また会えてうれしいわ。みんなも、この人が勇者さんよ。もっと近づいてみたらどうかしら?」
いつの間にか出てきていた周囲のエルフにも、アトレは声をかける。
その瞬間、ぞろっと前に出てきたのは……女性のエルフ達だった。
「きゃっ、勇者様よ!」「本物かしら?」「素敵ねっ」「凛々しいお方」「あ、握手とかしてもらえないかなっ?」
みんな、目をキラキラと輝かせている。
想定外に嬉しそうな彼女達を前に、俺はポカンとしてしまう。
「え? な、なんなの?」
動揺する俺に、アトレがこんなことを教えてくれる。
「戦った時にも言ったでしょう? 勇者さんは、エルフの女性にとって最もあこがれの存在だ――って」
……そういえば、そんなことを言われたような。
あれ、嘘じゃなかったのかよっ。
どうやら本当に、俺はエルフの女性に人気があるようだった。




