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第三十五話 魔王は勇者に一目惚れした

 これは、まだ幼女な彼女が魔王になるちょっと前から始まるお話。


 彼女に名はない。魔王を父に持つ彼女にとって、自分自身は人形だった。


「ガハハ! 今日も人間を殺してやったぜ!」


 当時の魔王は残虐で冷酷、かつ狂暴にして粗野と魔王らしい性格をしていた。


 彼の者に付き従う者もまた野蛮であり、この時代の魔界は異常に荒れていたこで後に語り継がられるほどである。


 当時の魔王――便宜上先代魔王と呼称しよう。先代魔王は、人間の血がお好きであった。


「今日の血は上物だぜ!? こいつぁ、勇者って雑魚の血だからな!」


 魔王城、処刑場にて。

 今しがた斬殺された勇者の血を杯に注ぎ、魔王は下品な笑い声をあげる。


 その場には当時の称号持ちも多数いた。

 後に、次世代の勇者によって殺される者達である。


 残虐な魔王の好むような、野蛮な輩共であった。


「タマモぉ! てめぇも飲めよっ」


「……わらわは食人の趣味などなくてのう。勝手にやっとれ」


「ガハハ! 不愛想な奴だぜぇ……スカル! てめぇはもちろん飲むよなぁ!?」


「吾輩が骨なのをお忘れで? 飲み物など飲めませぬぞ」


「んだよ、つまんねぇ……興が覚める。てめぇらはすっこんでろ」


 タマモとスカルはこの時から四天王であったものの、あまり良い扱いは受けていなかった。

 いわゆる穏健派にあたるこの二人は、過激派の筆頭である魔王に好かれてなかったのである。


「あー……それにしても、人間って弱ぇな。いたぶるのも飽きちまった」


 魔界の戦力は当時から相当なものであった。

 人間側もそれなりに腕の立つものが存在していたが、全てこの時に殺されたのである。


 最後の砦である、当時の勇者も殺し終えてしまった。

 魔王は飽きたと言って、こう宣言した。


「仕方ねぇな! そろそろ、人間界を奪ってやるとしようぜぇ……その後は人間を奴隷化して、色々と遊んでやるかねぇ!!」


 残虐に笑い、先代魔王はすぐそばに控えていた小さな少女の首根っこを掴む。

 彼女は先代魔王の娘――後の幼女魔王となる、彼女であった。


「俺様はこの戦いで引退だ! 次の魔王はこのガキだからなぁ……で、俺様は隠居しながら、たまぁに魔界に口出して好きに生きるぜ!」


 ようするに、彼女は傀儡候補だったのである。

 先代魔王がより好き勝手にできるように生まれた存在だったのだ。


「…………」


 彼女は何も言わずに、ただ無気力な瞳で虚空を見つめるばかり。


 力はあった。だが、振るう理由も与えられずに、彼女は一生を父である先代魔王の傀儡として生きるのだと、当時は諦観していたのである。


 これも仕方のないことだ。

 力こそすべての魔界において、力強き者の言うことは絶対である。


 彼女もそれを受け入れて、力弱き者として搾取され続けるのだろうと無抵抗であった。


 しかし――先代魔王が人間を滅ぼすと宣言した翌日に、彼女の常識は覆されることとなる。


「ありえねぇ……ありえねぇだろぉ!? 俺様が、人間ごときにっ!!」


 先代魔王が負けたのだ。

 新たに勇者となった、当時はまだ幼さを残す少年に――敗北したのである。


「……人間は、俺が守る」


 彼は、力弱き者のはずであった。

 人間という弱小種に生まれ、一生を搾取されるはずの哀れな下等生物だとばかり、思っていた。


 だが、その少年は……彼女が諦め、無理だと決めつけていた現実を、己の力のみで覆してみせたのである。


「すごいっ」


 先代魔王の戦いに同伴していた彼女は、少年に目を奪われた。


 圧倒的に不利な状況から、絶望的な戦力差を前に屈することなく、覚醒に次ぐ覚醒を果たして、やがては力強き者を倒してみせた少年に――彼女の心は、揺れ動いた。


 ――すごいと、素直にそう思った。


 同時に、カッコイイとも……その、たった一つのために己を捨てる生き様に、心臓が高鳴った。


 少年のことを、もっとよく知りたい。


 先代魔王が死に、新たに魔王となった彼女は、この時に初めて自我というものを見つけたのだ。


「勇者――我が、次なる魔王だ。よろしく頼むぞ」


 魔王となってすぐに、彼女は勇者に語りかける。

 すると、勇者はこちらを見て、躊躇いなく剣を向けてきた。


「……例え見た目がどうであれ、人間を守るためならお前を殺す。かわいいけど、恨むなら運命を呪え」


「か、かわいいとか……ゴホン! あー、うむ。今日はやめておこう。次会った時、覚悟してるがいい!」


 不意打ちでかわいいと言われて、彼女は腰が砕けそうになる

 まさか自分の感情がここまで簡単に揺れ動くとは思ってなかった。


 勇者の一挙手一投足に、魔王は集中してしまう。

 これでは戦いにならなかった。


「……変な魔王だな。まぁ、いいけど」


 勇者も戦意が削がれたのか、初対面から戦うことはせず。

 魔王は挨拶だけ済ませて、魔界に戻ることになる。


 そしてすぐに、勇者に会いたいと思うようになり……なんとなく気持ちが変になって、彼女は側近のタマモに相談してみた。


「ふむ、それは恋じゃろうな。お主は、勇者に一目惚れしたんじゃ」


「ひ、ひとめぼれ……我が、勇者を――好き、かぁ」


 こうして、幼女魔王は自身の恋心に気付いたのである。


 言われてみると、納得してしまった。

 彼女の生活は、今まで灰色であった。色をもたず、ただボンヤリとした毎日の中を生きていた。


 だが、勇者と出会ってから……世界は色づいた。彼のことを思うようになり、自分というものを見つけることが出来た。


「悪くない感情だな……よし、勇者を手に入れるとしよう」


 欲望のままに、魔王は魔王らしく……人間界を滅ぼして、勇者を手に入れることを画策した。


 短絡的な思考である。守るべきものをなくしてやれば、勇者も諦めて魔王に下るだろうと思っていたのだ。


 だが――勇者は、やはり勇者であった。


「なんじゃ、あの男は……イケメンすぎるだろ!?」


 どんなに追い込もうとも、勇者は諦めない。

 抗い、足掻き、もがいて……やがて敵を蹴散らし、人間を守るのだ。


 おかげで、先代魔王の気に入っていた過激派は軒並みぶっ殺された。

 残ったのは慎重な穏健派のみ。他の称号持ちは全て魔王が直々に才能を見て、任命した。


 魔王軍は新しくなり、若くとも戦力は十二分に揃っていたのだが……勇者は、こともあろうに個で魔王軍と拮抗したのだ。


 ふざけていると、幼女魔王は驚愕した。

 これほどまでとは彼女も思っていなかったのである。そのせいでますます惚れてしまった。


 どうにか勇者を手に入れたい。


 でも、彼は屈しない。報酬を提示しても、脅しをかけようと、譲歩しようとも……人間のためにならないと判断するや否や、即座に拒絶した。


 それでも仲良くなるために、魔王は戦いの度に話しかけ続けていた。


 おかげで、勇者も少しずつお喋りに付き合ってくれるようになり……やがては良き好敵手として、認めてくれるようになった。


「お前は、先代魔王とは違うな……いい奴だと思う。多分、お前が魔王じゃなかったら、仲良くなれたかも」


 この言葉に、魔王は狂喜乱舞した。

 今までただの敵だったのだ。頑張った甲斐あって、勇者に歩み寄ることが出来た。


 だが、二人は魔王と勇者――戦うことが宿命である。


 魔王はこんなことを考えていた。


 ――勇者を倒して、人間界を人質に我が物にしてやろう。


 上手くいくと、そう考えていた。

 しかし、いざ最終決戦を迎えた時……魔王はふと、怖くなった。


 ――もしかして、勇者は死ぬまで抗うのではないだろうか?


 あるいは、自殺してしまう可能性もある。

 勇者なら……人間のために命を捨てることなど、容易にできてしまうだろう。


 それは嫌だと、魔王は決心した。


 最終決戦を目前に、勇者と会えた喜びをかみ殺しながら……彼女は、精一杯の告白を行うことになる。


『部下の誰よりも我は貴様を好いておる』


 素直に思いを告げるには些か勇気が足りなかった。

 迂遠な言い方に、勇者も困惑していたので……魔王は慌てて、言葉を足す。


 どうしても、勇者を手に入れたかった。


 そのために、自分が勇者にあげられて、かつ勇者が喜びそうなもの――と考えたところで口走ったのが、この一言だったのである。


『世界の半分をくれてやるから、我と共に来てくれないか?』


 残りの半分は、魔王としての責務を果たすためにどうしても与えられない。

 だから、与えられるのは半分だけ。でも、とにかく手を取ってほしいと、魔王は語りかける。


 ――断られる、だろうな。


 不意に、そう思った。

 精一杯の告白も、提案も、勇者には通用しない……彼は人間の守護者なのだと、諦めそうになった。


 だが、彼は……魔王の提案に、頷いてくれたのだ。


『マジで? 半分もくれんの!? やった、喜んでお前と手を組もうじゃないか!』


 正直なところ、ポカンとした。

 あまりにもびっくりして、本当に大丈夫なのか何度も確認した。


 でも、勇者が報われない身の上を知って……彼女は、改めて決心したのである。


 ――勇者を、幸せにしてあげたい。


 頑張ってきた少年に、幼女魔王は恋をしてしまった。

 そんな彼を幸せにできるのは、きっと……彼の立場に最も近い自分しかいないと、そう思ったのだ。


『我の隣で、幸せになれ!』





 かくして、魔王と勇者は運命を一つにした。

 好きあっている者同士、二人はお互いの幸せを願うようになった。


 かつて人形だった幼女は、とある少年のおかげで恋する幼女となったのである。


 魔王は勇者に一目惚れした。

 そして、二人の恋物語が幕を上げたのである――

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