第三十四話 勇者と魔王は永遠を誓う
全てが終わった。
人間を守るためだけに生きていた俺は、魔王のおかげで自分のために生きられるようになった。
ただ、彼女の言う通り……自分自身のためだけに生きることは、できそうになかった。
なぜかと言えば、俺は魔王を幸せにしたかったから。
彼女のためにも、生きていきたい。これからは俺と、それから魔王のために生きようと思っているのだ。
魔王はそれを不服そうにしていたものの、しかし本心では喜んでいたようだ。
「し、仕方ない奴だにゃっ。勇者がそういうのであれば、そのようにするがいい!」
嬉しそうの頬を緩めて、だらしない笑顔を浮かべる魔王は最高に可愛かった。
そんな彼女と、俺は再び始めるのである。
今度は、自分が幸せになるための人生を――彼女と、歩むのだ。
エルフとの和平から数日が経って、諸々が落ち着いたころ……俺と魔王は、式を挙げることになった。
「ふ~。神殿を豪華にしておいて良かったわ……立派な式が挙げられるじゃないっ」
場所はニトの神殿である。
俺があげたお金で神殿はより豪華になっており、俺と魔王の結婚式を彩るには申し分なかった。
「そうだな、場所を用意してくれてありがとう」
祭壇の前で、何故か祭壇上で仁王立ちしているニトに感謝の言葉を伝える。若干神様に失礼な気もしたが、ニト教はガバガバな宗派なので大丈夫だと思うことに。
神殿にて、既に俺と魔王の結婚式は始まっていた。
新郎である俺の入場は終わり、今は新婦である魔王の入場を待っている状態である。
神殿には多くの魔族がいた。誰もが、俺と魔王の結婚を祝福していたのだ。
慕われていたのだろう。そんな彼女を幸せにしなければ、たぶんこいつらに殺されてもおかしくない。
気を付けないとな……などと考えていると、不意に魔王が登場した。
「――っ」
ヴァージンロードに現れた彼女を見て、俺は思わず絶句してしまう。
綺麗だった。
普段は可愛いという印象が強いだけに、薄化粧して大人びた彼女はいつもと違う美しさを放っている。
何より、純白のウェディングドレスが彼女の美しさを引き出していた。
胸元と足元は相変わらず露出されているものの、褐色の肌と対照的な色合いがなんとも美しい。
思わず、見とれてしまった。
「……なんだ、勇者よ。間抜けな面をしているなっ。もしかして、我の美しさに呆けているのか? くくっ、可愛い奴だ」
ヴェールで顔を覆った彼女が、俺のところに歩み寄る。
改めて、こういう場で対面すると……なんだか気恥ずかしさを感じてしまった。
「いや、うん。マジで綺麗だから」
素直に思いを伝えれば、魔王も頬を染めて唇をもにょもにょとさせる。
「そ、そうかっ……色々と準備が面倒だったのだが、勇者がそう言ってくれるのなら、我慢した甲斐があったな」
顔を見合わせて、お互いに笑い合う。
気分は最高に盛り上がっていた。
「こらこら、式なんだから二人だけの世界を作らないでくれるかしらっ。まだ、誓いの言葉も終わってないんだけど?」
おっと。不意にニトの言葉が耳に入って、俺は我を取り戻す。
危ない危ない……このまま押し倒してもおかしくなかった。
俺も魔王も色々我慢できなくなりつつあるが、今は式を進めよう。
「こほんっ。それでは、神の言葉を新郎新婦の二人に捧げます」
咳払いして、ニトはふざけた様子を消す。
真面目な、まるで神職者のような態度で……俺たちの結婚を祝福してくれた。
「幸せになりなさい――以上よ」
「え? それだけ?」
身構えただけに、少し拍子抜けだった。
「これ以上の言葉が必要? 堅苦しい言葉って好きじゃないのよね」
ニトはニヤリと笑ってから、次の行程に移る。
それは、俺と魔王による誓いの言葉。
「汝、勇者は――魔王を幸せにすると、誓いますか?」
「もちろん。魔王を幸せにすると、誓う」
「汝、魔王は――勇者を幸せにすると、誓いますか?」
「無論だ。勇者を幸せにすると、誓おう」
お互いに誓ってから、ニトは目を閉じて両手を握りしめた。
この時初めて、ニトは神へと祈りを捧げる。
「神よ、この二人の愛に祝福を」
そして、次は指輪の交換となる。
俺は事前に用意していた、セフィロトの世界店で購入した指輪を取り出した。
この指輪、値段がないことで有名な魔法アイテムである。
なんでも、高く買えば買うほどに強力な効果が付与されるらしい。とりあえず白金貨千数百枚を出して買ったのだが……全容までは把握していなかった。
だが、俺の気持ちを表現するのには都合が良さそうだったので、有り金のほとんど捧げて買ったと言うわけである。
「魔王、受け取ってくれるか?」
「早くしろ。我の薬指を待たせるなっ」
そわそわとしている魔王の左手薬指に、銀の指輪をつける。
「――うへぇ。う、嬉しくて死にそうだっ」
魔王はもうこれ以上ないくらい幸せそうに相好を崩していた。
「こちらからも、勇者に指輪を献上しよう」
と、今度は魔王の番である。
彼女が取り出したのは、なんか黒々とした禍々しい指輪だった。
「魔王に代々伝わる指輪だ。受け取ってくれ」
――えっと。これつけたら俺が魔王ってことにならない? と思ったが、細かいことは気にしないことにした。
恐らく、この指輪を魔王だと思って、常に身に着けていろということなのだろう。うん、きっとそうだ。
「ありがとう。ありたがく頂戴するよ」
俺の薬指にもはめて、結婚指輪の交換は終わった。
「はい、じゃあ次チューしなさい」
ニトはもう飽きたようだ。
適当に指示して、祭壇の上で酒を飲んでいる。
彼女らしいといえばらしかった。とりあえず無視して、俺と魔王はお互いの距離を詰めた。
「「…………」」
無言でヴェールを上げて、魔王の素顔を晒す。
何か気の利いた一言を伝えようと考えていたのだが、魔王の方が我慢できなかったようだ。
「勇者、大好きだぞ!」
「むぐぅ!?」
おもむろに飛びついてきて、そのまま唇に貪りついてくる。
おい、こらやめろ! 誓いのキスで舌入れてくんなよっ!?
と、抵抗はしたものの、身体は正直だったのか……そのままキスを受け入れてしまった。
ねっとりとキスを交わして、ようやく離れた頃にはもう頭がどうにかなりそうだった。
「なぁ……俺、普通のキスをまだ経験してないんだけど。前も確か、ディープだった気がするんだけどっ」
「ふっ。我の気持ちだ」
深い愛情ということか。
まぁいい……キスなんて、これからたくさんする機会があるだろうし。
今はただ、この幸せを甘受することに。
こうして、俺たちは正式に夫婦となった。
「さぁ、誓いを交わした二人に盛大な拍手を! あと、お酒もってこーい!!」
閉式の宣言も終わり、後はただの宴会となる。
参加していた魔族も、もしかしたら宴会が目的だったのかもしれない。迅速な動きで食べ物やら飲み物やらを運び込んだかと思えば、そのまま神殿で宴会を始めやがった。
「いかんな……空気がぶち壊しだ。勇者、行くぞ!」
「え、ちょっ」
魔王が俺の手を引いて、走り出す。
おいおい、俺たちはこの宴会の主人公だろうに……逃げてしまっても良いのだろうか。
分からなかったが、ともあれ彼女についていく。
到着した先は――やっぱり、魔王のお部屋であった。
「勇者よ――もう、受け入れてくれるな?」
「っ……!?」
ベッドに放り投げられ、そのまま俺は魔王に押し倒されてしまう。
彼女は息を荒げていた。頬を赤く染め、せっかくのウェディングドレスをビリビリと破いている。
小さな胸元が、より大きく露出されていた。
「流石に、結婚したのだからな……初夜は、お約束通りで良いな?」
ドクンと、心臓が跳ねる。
なるほど。結婚して迎えた初夜に、やることなど一つしかないだろう。
今まで、なんだかんだ逃げていた。
でも、結婚したのである。
いいかげん、覚悟を決める時が来たようだ。
「――俺も男だからな。お前の全てを、手に入れてやる」
逆に、こちらから魔王を抱きしめて、耳元でそう囁いてやった。
「そ、そのセリフはなんとも……そそられるではないかっ。強引なのも、嫌いじゃない」
魔王は嬉しそうに笑っている。
こんなに喜んでくれるのだ。拒絶する意味はなかった。
ロリコンの魔法がかけられているとはいえ、魔王への愛は本物である。
例えロリコンではなかったとしても、俺は魔王とこういう関係を望んだだろう。
故に、彼女とエッチなことをする覚悟は、出来ていた。
「ど、どうせだし、初めては最高に気持ち良くなりたいものだなっ」
と、ここで魔王が何かを思いついたようだ。
本当は今すぐにでも彼女に飛びつきたかったのだが、とりあえず話を聞いてみることに。
「そうだ、ユメノに催淫の魔法をかけてもらおう! よりお互いの性欲を助長させて、淫らな一夜を過ごそうではないかっ」
なるほど、妙案である。
俺も同意のために頷けば、魔王はすぐにロリサキュバスのユメノを呼び寄せた。
「はいはい、なんですか魔王様――って、行為寸前じゃないですかぁ……嫌がらせですか? 見せつけてるんですかっ。自分だけ性行為して、羨ましいですぅ」
ユメノは抱き合う俺と魔王を見て、ガックリと膝をついていた。
そういえばこいつ、魔王に性行為禁じられてるんだっけ……サキュバスなのに。
そのあたりの事情を魔王も思い出したのだろう。
「ふむ、せっかく我も結婚したことだし、貴様への性行為禁止令も解除してやっても良いぞ」
「え、本当ですか!?」
魔王の一言に、ユメノは涙を流しながら頭を下げる。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとう……ございましゅっ」
「良い。泣くな………それより、処女として最後の仕事だ。我と勇者がエロくなるような魔法をかけよ」
「はい、喜んで! 勇者様をよりロリコンに、魔王様を淫乱にすればよろしいのですね!?」
舞い上がっているのだろうか。
少しだけ、魔法のニュアンスが違うような感じがした。
「ちょ、ちょっと待て……それはおかしいような気がっ」
慌てて止めようとするも、ユメノは話を聞いてくれなかった。
すぐに【魅了】を発動させて、俺と魔王に魔法をかける。
「『つるつるぺったんろーりろり』!」
まずは俺に、ロリコンを強化する魔法をかけてきた。
「くっ……!?」
性癖がおかしな方向に曲がっていく感覚に、俺は違和感を覚える。
何かが、おかしかった。
「『えろえろになーれ』!」
次にユメノは魔王へと淫乱になる魔法をかけた。
「……!!」
途端に魔王の体が熱くなる。発情して、肩を上下させるくらい息を荒くしていた。
「さぁ、これで準備は完了です! 心置きなく、エッチなことをしてください!!」
ユメノの言葉を皮切りに、俺たちは一つになろうとする。
抱き合い、魔王と唇を重ねたところで――俺は、気付いてしまうのだった。
「………たってない!?」
そう。俺の息子が、臨戦態勢をとらなくなっていたのだ。
「おいおい、嘘だろっ……魔王、ちょっと待て! ユメノに魔法をかけられて、俺の息子がしなびてる!」
「っ……?」
なおも物欲しそうにしながらも、彼女は俺の下腹部を確認した。
「――っ!?」
そして、何も反応ないことを確認して……魔王もまた驚愕するのであった。
「な、何故だっ。え、勇者……我に、欲情していないのかっ? 我が、好きではないのかぁ……?」
「違う! 俺は、魔王を愛してるし、欲情もしていた……はずだった! でも、ユメノに魔法をかけられてから、情欲が一切なくなったんだ」
思考する。
どうして、いきなり性欲が消えたのか……
「え? な、なにか変なこと起きてますか?」
ユメノにも思い当たりはないようだ。
だが、思い出せ。
ユメノはどんな魔法をかけた。
確か『よりロリコンになる』魔法をかけたのだ。
つまり、俺は以前幼女に欲情していたロリコンだったが、より進化したロリコンになったともいえよう。
「もしかして……ロリコンに、なりすぎたとか?」
業の深いロリコンにとっての幼女とは、欲情するものではなく、愛でるものだという。
YESロリータ、NOタッチという至言もあるほどだ。
ロリコンの在り方としては、幼女に欲情しない方が正しいのかもしれない。
俺は前まで、いわゆるライトロリコンだったのだ。
幼女でも欲情できる! から、幼女を愛でるヘビーロリコンに進化したのである。
「つまり、幼い外見の女の子に対しては……愛してこそいるが、穢さないように欲情しなくなった――ということか?」
そのように解釈すれば、現状にも納得がいく。
まとめてみると、ユメノの魔法が……思惑とは違う方向に作用した、ということだった。
「な、なんだとっ」
一方で、魔王の方には淫乱になる魔法がかかっているわけで。
ってか、俺にもその魔法かければ良かったのに――と思ったが、全て遅かった。
「また、お預けということか!?」
魔王の悲痛な叫びに、俺は頷くことしかできない。
仕方ないというか、こればっかりは魔法が解けるまで物理的に不可能だった。
「ユメノぉ……さっきのはやっぱり無しだ! 貴様は、この魔法が解けるまでは処女でいろ!!」
「そ、そんなぁ……あんまりです!」
魔王の怒りが、ユメノに向く。
「ひ、酷いですっ。よ、ようやく、処女じゃなくなると思ったのにぃ……」
ユメノもまた悲痛な声を上げて、泣き崩れてしまうのだった。
「まぁ、時間はたっぷりあるし、ゆっくりでいいってことじゃないか?」
俺は笑いながら、魔王を抱きしめる。
急ぐ必要はないのだ。これから俺たちは、長い時間を一緒に過ごすことになる。
もう少し、このままでも良いなって思った。
こういう、むずがゆい関係も悪くない。
「うぅ、ゆうしゃぁ……」
「よしよし。魔法が解けたら、たくさんしような」
泣きべそをかく魔王をあやしながら、俺は小さく笑うのだった。
これからよろしくな、魔王。
二人で幸せになろうな――
【第一章完結】
一章をお読みくださりありがとうございます!
このあと少し間話を挟んでから、二章に入ります!
二章でも、引き続きよろしくお願いします。




