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第三十三話 そして彼は、たった一人だけの勇者となる

「お招きいただきありがとう。感謝するわ、魔王さん? 私はアトレ・アストラル。よろしくね」


「うむ。そちらこそ、よくぞ来てくれたな」


 魔王城、応接の間にて。

 エルフのアトレと魔王が、握手を交わしていた。


「あと、勇者さんも、またお会いできてうれしいわ」


「あ、うん……どうも」


 こちらにも目配せしてくるアトレに、小さく会釈を返す。

 先日殺しあった仲なので俺としては気まずいのだが……あちらの方はさして気にしてない様子である。


「あらあら、また男に磨きがかかったみたいね。いい顔つきよ」


 むしろ好意的というか、ちょっとびっくりするくだい好感度高かった。

 ニッコリと笑いかけられてしまう。


「おい、我の勇者を誘惑するな」


 嫉妬してるのか、隣から魔王が腕に飛びついてくる。

 丸テーブルを挟んで、俺たち三人は顔を向かい合わせていた。


 目的は、今回の戦争について話し合うため。


「そうね。和平の交渉に来たのに、貴方に機嫌を損なわれると困るわ」


 エルフと魔族は、一時的に交戦状態にあった。

 まあ、エルフ側の真の敵は人間だったとはいえ、戦っていたという事実は違いない。


 戦いが終わって、さぁ全部終わりだというわけにはいかないのがセフィロトの世界情勢である。


 もしエルフ側から交渉の打診がなければ、今頃魔族は逆にエルフの世界へ攻め込んでいただろう。

 そしてセフィロトきっての戦闘一族と知られる魔族に、甚大な被害を負わされる可能性もあったのだ。


 ここで和平を申し出るあたり、エルフがバカではないことが理解できる。


「いかにも。自らの立場をわきまえるといい。さすれば、容赦してやらんこともない」


「期待してるわ」


 のんびりティーカップを傾けるアトレに、魔王は鷹揚に頷く。

 それから、交渉に入るのだった。


「そうだな。エルフが魔族の奴隷になる、というところで手をうってやろう」


 おっと。これは最初からぶっ飛んでるな。


「ふざけないでくれるかしら」


 魔王の言葉にアトレは首を横に振った。

 まあ、当たり前だよな。自種族が奴隷になるとか、ありえないだろうし。


 しかし魔王は譲らない。


「貴様らのせいで勇者が傷ついたのだぞ? 皆殺しないだけ感謝すると思っていたが」


「そちらは私達に関係ないわ。確かに私は確かに彼と戦ったけれど、負けてしまったのだし。むしろ、人間側に報復できなくてイライラしてるくらいよ? もっと譲歩しなさい」


 対するアトレも譲らなかった。

 ここから話は平行線となる。


「というか、あなたは魔族の王なのでしょう? 勇者さんは関係ないじゃない」


「馬鹿者。我は魔族の王である前に、勇者を愛する者だ。魔族も大事にしてやってるが、残念ながら勇者には及ばない」


「なによ、その素敵な恋心は……少し譲歩したくなっちゃったけれど、やっぱり奴隷はダメね」


「では、戦争を所望か? 良かろう、我が全力で潰してやるぞ」


「それも御免被るわ。貴方達と戦うなんて、普通はしないわよ……だからこそ、勇者さんは尊敬してるのだけど」


「そうだな! 勇者は尊び敬うに値する人物であるからなっ」


 …………あれ? なんか話がズレてるような。


「勇者が傷ついた。貴様らは直接的に関係ないかもしれんが、その事実は変わりない。相応の罰を受けよ」


「イヤよ。被害という点でいうと、貴方達より私達の方が大きいのよ? この世界に転移するお金も、負傷者数も、それから何より、ミナエルだってそちらは返してくれないじゃない」


「あれは我の所有物だからな。あと、貴様らの事情は、それこそ我に関係ない。大人しく奴隷となれ」


「絶対無理」


「絶対奴隷」


 と、剣呑な雰囲気を放って睨みあう始末。

 流石に空気が悪いと、俺も間に入ることにした。


「ま、魔王? その、元はといえば人間がエルフに手を出したことが原因だし……少しは寛大なところを見せてくれると、嬉しい」


「分かった! では、今回の戦争については不問としてやろう」


「無理なのは分かってる。でも、やっぱり……って、え? 不問?」


 なんと。あれだけ難航していたいつの間にか話が即決していた。


「ふんっ。勇者の優しい心に感謝すると良い」


「もちろんよ。素敵な方ね、結婚を前提にお付き合いを申し込んでもいいかしら?」


「だ、ダメに決まっているだろうが! 勇者は我の……お、夫に、なったのだからなっ」


 あれ? さっきまで重かった空気がいつの間にかピンク色になっていた。

 魔王が恥ずかしそうにもじもじしながらも、俺の手を握ってくる。かわいいけど……魔族の王が、それでいいのだろうか。


「あら、結婚したのね。おめでとう……こういう甘い話、嫌いじゃないわ。今度ゆっくり話を聞かせてもらえないかしら?」


「ふっ。勇者のことであれば、いくらでも話してやろう」


「ありがとう。今度、お二人さんで私たちの世界『イェソド』に来て頂戴。歓迎するわ」


 ここでまた二人はがっちりと握手をする。

 先ほどまで言い争っていたくせに……仲が良いのか悪いのかよく分からなかった。


 ともあれ、和平も穏便に済んだようなので何より。

 今回は全面的に人間側が悪いのである……そのせいで魔族とエルフが険悪にならなくて良かった。


 だから、罰を受けるのは人間側だけでいい。


「で、だ……今回の戦犯というか、我が最も許せない者達の処遇についてなのだが」


 魔王はコホンと咳払いして、話を変える。

 内容は……今回の戦争のきっかけとなった者達に関して。


「勇者よ。貴様の、元仲間達についてだ」


 メレク・マルクト姫をはじめ、魔法使いに僧侶、武闘家に戦士をどうするのか。

 この五人は現在、魔王の手によって眠らされている。


 今後どのような罰を与えるのかを、魔王はこの場で話し合おうとしていたのだ。


「……勇者は、どうするべきだと思う?」


 彼女は俺に問う。

 厳しくも、優しい奴だなと思った。


 本当は、あいつらのことを殺したくて仕方なかったくせに。

 俺が死にかけて、誰よりもあいつらのことを殺したかったくせに……


 たぶん、魔王は俺のことを思ってあいつらを殺さなかったのだ。

 俺が、もしかしたらそれを望んでいないかもしれないと、思ってくれたのである。


 そんな、魔王の優しさに……ここで甘えるわけには、いかないのだ。


 もう俺は、人間の勇者であることを辞めたのだから―





「殺してくれ」





 ――一言、俺はハッキリとそう言った。

 殺すべきだと……生かす価値はないと、魔王の目をまっすぐに見る。


 あいつらは生きていたところで、誰かの迷惑になることしかできない。


 最初から、見放すべきだったのだ。

 それでも俺が甘かったがために生まれた結果が、これである。


 死にかけてしまった……一歩間違えると、本当に死んでいたのだ。

 これ以上、あいつらを許容するわけにはいかない。


 だから殺してほしいと、俺は口にした。

 魔王は俺を見て、優しい笑みを浮かべている。


「分かった」


 それから、ゆっくりと……俺の意は全て分かっていると言わんばかりに、頷いてくれるのだった。


 これでようやく、全部が終わる。

 俺とあいつらの確執も、なくなる。


 これでいいのだ。俺はやっと、自分の道を歩めるのだ。

 それだけで、良かったと思うことにしよう。


「さて、勇者よ。貴様に聞きたいことも済んだし、先に部屋に戻っていろ。病み上がりなのだから、あまり無理はするな」


「……そうだな。うん、そうする」


 ここは魔王の言葉に甘えることにして。

 俺は、応接の間を出ていく。


 本当は、最後までこの場に残るべきだったのかもしれないが……

 なんとなく、そんな気分にはなれなかった。




------------------------------




「無理をしているな……まったく」


 勇者が出て行って、魔王は軽く息をつく。

 彼女は勇者の心情を察していたのだ。やれやれと肩をすくめている。


「優しいじゃない。とても素敵だわ」


 一方のアトレも、魔王の言わんとしていることが理解しているようで、微笑を浮かべていた。


「でも、優しすぎるわね。放っておいたら壊れちゃうんじゃないかしら」


「心配はない。我がいるからな。もう、勇者を孤独になんかさせない」


 顔を見合わせて笑う二人に、険悪さなどまるでない。

 なんだかんだ、魔王もアトレも勇者に好意を持っている者同士なのだ。気が合わないわけがないのである。


「ねえ、魔王さん? これは交渉とかではなくて、お願いなのだけれど」


 と、ここでアトレがこんなことを言う。


「人間の五人、殺すのなら私達エルフに頂けないかしら」


 姫、魔法使い、僧侶、武闘家、戦士の五人を彼女は欲しているようだ。


「丁度、ダァト探索のための人員が欲しかったのよ」


「……しかし、勇者には殺すと言ってしまってるからな」


 難色を示す魔王に、アトレは大丈夫と強く頷く。


「記憶をなくして、人格を殺したことにすればいいわ。あの五人、素材はとても良さそうなのよ……肉人形にしてゴーレム化すれば、私達のためになるわ」


「……勇者には言えない扱いだな」


 魔王はなおも渋っていた。だが、断れない当たり、彼女が逡巡しているのが分かる。

 一方で、アトレの方は少し厳しい口調になってくる。


「勇者さんの前では言いにくかったのだけれど、貴方には伝えておくわ。私達エルフは、恐らく貴方達が思っている以上に怒っている。これくらい許容して欲しい、というのがこちらの心情よ」


 気持ちを汲んでくれと、アトレは言っていた。故の交渉ではなく、お願いなのである。


 ここでエルフの意思を蔑ろにするなら、魔族とエルフの関係は悪くなるだろう。


「仕方ない、か……首謀者五人はそちらに引き渡すとしよう。ただ、その他の人間は放置してほしい。一応、関係はないのだ。勇者が悲しむ」


 魔王も折れて、五人を引き渡すことにしたようだ。


「ええ、五人だけでいいわ。その代わり、貴方と勇者さんは絶対に遊びに来なさいよ? みんな喜ぶと思うもの」


「新婚旅行先の一つに加えてやる」


「ええ。そうしてくれると嬉しいわ」


 ニッコリと笑うアトレは、やれやれと息をつく魔王にこんなことを呟いた。


「それに……貴方も、本当は殺さなくて安堵しているでしょう? 勇者さんの嫌なこと、したくないのでしょう?」


 魔王の内心を見透かしている、との言葉である。魔王は苦笑することしかできなかった。


「借り、ということになるな。うむ、いつか返してやろう」


「貴方への貸しは価値が高くなりそうね。大事に取っておくわ」


 それから二人はもう一度握手を交わして、約定を交わす。


「「『セフィロトの下に』」」


 これで絶対順守となり、和平交渉は果たされることになった。


「では、我は勇者のところに行く。貴様はどうする? 客間は用意してあるが」


「……いえ、少し待つわ。あの子に会いたいし」


「ミナ、か。メイドに呼ばせて来よう。では、また後日」


「そうね、今日はありがとう」


 こうして、エルフと魔族は和平を結んだ。

 魔王はアトレを置いて、部屋へと向かう。


 落ち込んでいるであろう勇者を慰めるべく、速足で向かうのだった。




------------------------------




 応接の間から、魔王の部屋に戻ろうとして。

 ふと思い立ち、俺はニトの神殿に顔を出した。


「あ、勇者じゃない! ちょっとこっちに来て、あたしにお酒を注ぎなさいよっ」


 神殿の、祭壇上で……ニト教の教祖様たるニト様は、酒を飲んでいらっしゃる。

 神様に失礼ではないのだろうか。いや、ニト教は自由を重んじる宗派なので、これくらいはありなのかもしれない。


 俺は深く考えることをやめた。


「……勇者? ふん、ミナはまだ許してないんだからねっ」


 それと、もう一人。

 ニトの隣でジュースらしきものをチビチビ飲んでいる奴隷エルフちゃんが、拗ねたようにほっぺたを膨らませていた。


 ミナである。彼女はまだ、俺に怒っているようだった。

 エルフが攻めてきた時、俺が彼女の静止を振り切って人間のところに行ったからである。加えて、俺が大怪我したことも、彼女としては許せないらしい。


 優しい子である。思わず頭を撫でてしまった。


「なにするのっ。ミナ、プンプンしてるんだよっ。なでなでしても、許さないもん」


「ごめん、本当に。心配かけた」


「本当に、心配したのっ」


「だから、ありがとうな。許してくれ、とは言えないけど……感謝の言葉くらい、受け取ってくれ」


「……また、遊びに連れて行ってくれるなら、考えてあげるの」


「それはもう、喜んで」


 後で聞いた話なのだが、ミナは俺のために色々と頑張ってくれたらしい。

 俺が人間界に行ったことを魔王に報告したのも、彼女だ。また、俺が大怪我した時に、ニトを連れてきたのも……ミナである。


 命の恩人の一人ともいえよう。

 これから、その恩を少しでも返せるように……ミナとも、たくさん接していこうと思うのだった。


「あ、そういえば、応接の間にアトレが来てたぞ」


「アトレお姉ちゃんが?」


 ああ、なるほど。アトレの口ぶりから大体察していたが、やっぱり顔見知りだったのか。

 

「一応、ミナはエルフに返さないって魔王が言ってたけど、挨拶くらいした方がいいんじゃないか?」


「……んっ。そうする」


 ミナは素直に頷いてから、席を離れてちょこちょこと走り去っていく。

 色々と言いたいこともあったのかもしれない。ここはそのまま見送ることにした。


「おいぃ……ニト様をいつまで待たせるのよぉ」


 おっと。酔っ払いがしびれを切らして絡んできた。

 大人しく俺も席に着き、ニトに酒を注いでやることに。


「ぷはぁ! うましっ……働いた後のお酒って最高ねっ」


「働いた後って……三日間かよ。飲みすぎじゃないか? そろそろ終わりにしとけよ」


 こいつは三日前、俺に回復魔法をかけてからずっと酒に浸っているようである。


 前の俺なら強引にでも酒を取り上げたところだが、今は彼女に対して頭が上がらないのでどうにもできなかった。


「いいじゃないっ! 酒は飲んで呑まれろが、ニト教の教訓よ!!」


 酒瓶を抱えて声を上げるニトを、改めて眺める。


 小さかった。小人族故に、前から小さいではあったのだが……より、小さくなっているのである。


 いや、小さくなっているというよりは、幼くなっていると言った方が適切だろう。


「……ごめんな、俺のせいで」


 無意識に、俺は彼女に対して謝ってしまう。

 ニトが前より幼くなってしまったのは、俺が原因だからだ。


 回復魔法――ニトの扱うそれは、自分に対しては無制限にかけることができるらしいが、他人に対しては代償が伴ってしまうらしい。


 どんな大けがでも直せる代わりに、ニトは『時間』を奪われるという。

 つまり、成長した分だけの年齢がなくなるというのだ。


 そのせいで彼女は幼くなってしまっている。

 前は一三、四歳くらいあった見た目も……今では八歳か九歳くらいになっていたのだ。


「謝らないでいいって、言ったわよぉ……馬鹿者がぁ」


 以前より舌ったらずな声で、ニトは大丈夫と言ってくれる。


「それより、あたしの教えを忠実に守りなさいっ。ちゃんと、幸せになること――それが、勇者のできるあたしへの償いよ!」


「……ニト教の神に、誓う」


 苦笑して、俺は祈りを捧げる。

 彼女に出会えてよかった。自分を大切にできなかった俺は、ニトのおかげで色々と考えを改めることができるようになったのである。


「これ、寄付金。大分使っちゃって、少なくなったけど……全部、もらってくれ」


 俺は懐から、白金貨の入った麻袋を出してニトに手渡した。

 高い買い物をしたので大分減ってはいる。それでも、白金貨五百枚は残っていたはずである。


「――なっ。何事!?」


 突然お金を手渡されて、ニトは酔いも冷めたと言わんばかりに驚いていた。


「これが俺の気持ちだ。受け取ってくれ」


「で、でも、こんな大金……」


 肝心なところでヘタレるあたり、流石はニト教の教祖様だ!

 でも、強引に押し付けてやる。彼女への感謝はとても大きかったのだ。


「神殿を大きくするのにでも使ってくれ。また、祈りに来るから」


 最後に一杯、彼女が飲みかけていた酒を飲んで……俺は、立ち上がる。

 そうすれば、ニトは満面の笑みを手を振ってくれるのだった。


「やっぱり、あたしは神様に愛されてるわ……あんたという、素敵な信者に出会えたもの! 毎度あり、いつでもいらっしゃい。勇者はこれより、名誉信徒よ」


 ふむ。どうやら昇格してしまったようだ。

 ありがたく名誉信徒の称号を授与してから、俺はこの場を出ていくことに。


「ふぅ……」


 さて、ミナとニトと話して、少しは気分が楽になった。

 これなら魔王と顔を合わせても、平静を装うことが出来るだろう。


 そう思って、俺は部屋へと戻ることにした。




------------------------------




 だが、やっぱり魔王を騙すことはできなくて。


「勇者よ、こっちに来い……我の膝に頭を置け」


 部屋に入るや否や、先に戻っていた魔王が俺を手招いていた。

 

「そのようにしょぼくれた顔をするな……我の方が泣きそうになる」


 俺の気持ちを、彼女は察していたようである。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


「うむ。存分に甘やかされるといい」


 ベッドに寝転がり、魔王に膝枕してもらう。

 相変わらず、感触は良かった。思わずうつ伏せになって、魔王の太ももに顔をうずめてしまう。


「こ、これっ……いきなりか」


 魔王は仕方ない奴だと笑っていた。

 そのまま、彼女は俺の頭を撫でてくれる。


「……泣きたい時は、泣いても良いぞ」


 優しい言葉に、涙腺がうるっと来た。

 せっかく我慢していたというのに、彼女の言葉一つで俺は決壊しそうになる。


「――仲間、だったんだ」


 脳裏には、もう来ることのない過去の情景が浮かんでいた。


 これは、幼い頃の話。


 俺は、僧侶と幼馴染だった。


 魔法使いを兄と慕っていた。


 武闘家と戦士を、後輩として見守っていた。


 メレク姫を守ろうと、剣を握っていた。


 短い期間ではあったが、全部が上手くいっていた時間があったのである。

 僧侶と笑いあい、魔法使いに背中を預け、武闘家と戦士に稽古をつけて、メレク姫に労ってもらう。


 その日々は、とても楽しかった。

 仲間って、素晴らしいな――と、心の底から思っていた。


 どんなに辛くても、こいつらの為なら頑張れる。

 こいつらが隣に居てくれたら、俺は笑うことが出来る。

 

 かつて、あいつらは俺の大切な仲間だった。

 命を懸けても守りたい、大切な……仲間だったんだ。


「俺が、悪かった。俺が、甘やかしたせいで……強くなりすぎたせいでっ」


 あいつらは俺を疎むようになった。俺に頼るようになった。全部、俺に任せるようになった。

 だけどそれで良いと思ってしまった自分が悪かったと、今でもたまに思ってしまう。


「本当は、嫌われもいいから厳しく言うべきだった。あいつらを、ダメにしたのは俺だ……」


 そして、とうとう後戻りできなくなって。

 やがて、決断することになってしまった。


「気付けば、殺さない理由がなくなっていた。誰よりも人間に害を及ぼすのは、あいつらだった……俺が居ても居なくても、あいつらは変わらなかった! 何をしても、あいつらは――」


 俺が裏切ろうとも。

 やる気を促そうとしても。


 何も、あいつらは変わってくれない。

 むしろ、より酷くなるばかりで。


「全部全部、間違っていたっ……結局、殺すことしかできなくなった」


 俺の選択は全て悪手でしかなかったのである。

 まったく、あいつらのためになることはなかったのだ。


「本当は、死んでほしくなんかない……前みたいに、戻ってほしかった」


 俺は知っている。


 僧侶の優しさを。魔法使いの面倒見の良さを。戦士のひたむきさを。武闘家の負けん気の強さを。姫の、慈愛の心を。


 かつての仲間を、愛していた。


 だから、殺さなければならくなって……俺は、無性に悲しくなってしまったのだ。


「何が、勇者だよっ……大切なものは、何も守れなかった。何も救えなかった。何も、俺にはできなかった」


 悔しくて、涙がこぼれそうになる。

 自分の無力さを恨めしく思う


 言った後で、なんだか虚しくなった。

 魔王に顔を見せたくなくて、俺は太ももに顔を埋めた状態を維持する。


 そんな俺を――やはり魔王は、優しく撫で続けてくれるのだ。


「勇者は、間違ってなどなかった」


 そして彼女は、俺の最も欲しい言葉をくれるのである。


「貴様は頑張った、懸命に抗った……何もしなかった愚か者とは違い、勇者はいつも足掻いていた。何もできなかったわけがない。勇者は、多くの人を救ったではないか」


 次いで、後頭部付近に温かい感触が伝わってきた。

 恐らく、彼女は俺の頭を抱きしめてくれているのだろう。


「我から、世界の半分を守ったのだ――何もできなかった、なんてことはない」


 無力じゃなかったのだと、魔王入ってくれる。


「元仲間達は、なるべくしてああなってしまったのだ。だから、勇者があの者達の死を背負う必要はない」


「――っ」


 彼女の言葉に、息が詰まる。

 むせ返るほどの優しさに、言葉が出なくなる。


「でも、仲間だったのは真実なのだ……泣きたければ、泣くとよい。それは間違っていても、ましてや恥などでもないのだからな」


 そしてとうとう、我慢が限界に達した。

 張りつめていた糸が切れたかのように、涙がボロボロと零れ出る。


 ああ、泣いてもいいんだ……と思ったら、もう止まらなくなってしまったのだ。


「っ……仲間、だったんだ。大切、だったんだっ」


 今でこそ、最悪な形で別れることになって。

 それでも泣いてしまう俺は、弱くても脆く……情けない。


 だというのに、魔王は無言で抱きしめてくれた。

 俺はどうにもならなくなって、これからしばらく泣き続けてしまう。


「――――」


 声にならない涙を、魔王はやはり何も言わずに受け止めてくれるのだった。


 俺は、こうして前の仲間と惜別することになる。

 もう会うこともないだろう。最悪とも思える形で別れることになって、胸が痛かった。


 でも、泣けたおかげで……良かったと思う。


 俺は、あいつらを大切な仲間だと思っていた。

 それが事実だと素直に受け入れられたことは、心の整理に役立ってくれるだろう。


 仮に泣くことができなかったら、きっと一生あいつらの死を背負っていただろうから。


「よしよし、泣きたいだけ泣け……我が、ついているからな」


 魔王のおかげで、俺はまた前を向くことが出来る。

 彼女が俺を支えてくれるから、俺はまた頑張れる。


 そう、思えたのだ。


 もう失敗はしない。

 もう、大切な人と別れることになるのは……絶対に、イヤだ。


 だから、魔王を大切にしよう。

 この小さくも愛くるしい彼女と、一生を過ごそう。




 魔王一人だけの勇者として、彼女を幸せにしよう。




 そう、改めて――俺は、決意するのであった。

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