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第二十九話 魔王城の料理番『五帝』

「よし、なんとか上手くいったな」


 複数のワイバーンを氷漬けにしたことを確認して、俺は剣を下ろす。


 勇者時代は毎日かかさず振り続けた【勇者の剣】も久々だったので少し感触が悪かった。


 マルクトの加護を介して『精霊』に働きかけることを可能とする剣は、誰よりも頼りにしていた相棒だった。


 まあ、これからの人生に力など必要ないので、あまり使う機会はないだろうし。

 力に関しては、気に留める必要はないか。

 

「よくやった、勇者よ」


「おう。魔王こそ、お疲れさん」


 と、ここで隣に転移してきた魔王とハイタッチをかわす。

 初めての協同作業だったのだが、万事うまくいったのでお互いの健闘をたたえあった。


「我と勇者はやっぱり息ぴったりだな!」


「そうだな。俺たちはもう、二人で一つみたいなものだな」


「……その言葉をエロい意味でとらえてしまうあたり、我も欲求不満なのであろうな。やれやれ」


 いやいや、やれやれなのかこっちの台詞なんですけど。


「さて、せっかく新鮮に捕らえたことだし……どうせなら美味しく食べてみたいものだな」


 氷漬けのワイバーンを眺めながら、魔王は何やら大きく頷いている。


「そうだ、『五帝』を呼ぼう。どうせあ奴らもダァトにいるはずだし、ちょうど良いであろう」


 と、ここで何やら思いついたようだ。

 五帝って……あいつら呼んじゃうのかぁ。


 うるさいから来てほしくないんだけど、魔王がそれを所望なので仕方ないか。


 それに、頭はおかしい連中だが……料理の腕は確かと噂には聞いている。


「分かった。あいつらに、任せよう」


 俺も同意して頷けば、魔王はすぐに彼らを呼び出してくれるのだった。


「【召喚】――『五帝』」


 行使したのは、魔王の固有魔法である【召喚】魔法。

 契約した相手を呼び出せるこの魔法を用いて、ダァトに居たであろう五帝を呼び出したのだ。


「……お、来たな」


 そして、魔王が発現させた魔法陣から――五人の魔族が現れる。


 突然の招集だったはずなのだが、彼らはまるで待ち構えていたとでも言わんばかりに仁王立ちをしていた。


 次いで、何やら意味不明なことを叫び始める。

 いつもの自己紹介が、始まったようだ。


「あなたの心を切り裂きます、剣帝『ソードマン』参上!」


「君の情熱を燃やしちゃうよ? 炎帝『ファイヤマン』参上!」


「貴方の愛に溶けちゃいたい、粘帝『スライムマン』参上!」


「貴君の体を食べてもいい? 食帝『タベルマン』参上!」


「貴殿の思いを料理しよう。料帝『コックマン』参上!」


『五人合わせて、五帝! ここに推参!!』


 ババーン!

 と、かっこつけて現れたはいいが、長いしうるさいしで俺も魔王も顔をしかめていた。


 それでも、彼らはまったく気にしない。


「嗚呼! 敬愛なる魔王様よ……どのような御用で我々をお呼びになったのですかっ」


 演技じみた態度で、魔王に跪いた。


「……これがなければ、貴様の評価は上がるのだがな」


 悩まし気に魔王は頭を抱えている。

 実力はあるのだ……性格に難はあるものの、魔界は実力主義なので何ともいえないらしい。


 彼らは魔王軍称号持ちの一員。四天王の直下にあたる『五帝』の皆さんだ。


 剣帝、炎帝、粘帝、食帝、料帝というメンバーで構成されている彼らは、魔界の食料調達係兼、魔王城の料理番も担っている。


「まぁ良い。今しがた、我と勇者でワイバーンを捕らえたのでな……簡単にでいいから、適当に美味しくしてくれ」


 魔王も実力と料理の腕は認めているらしいので、こうしてこの場に呼んだようだ。


『お任せあれ、我が愛しの君よ!』


 魔王の指示に、五帝は演技クサい仕草で一礼した後、すぐに動き始める。


 氷漬けにされているワイバーンの一体に近寄っていった。


 料理が、始まる。


「ソードマン、斬ります!」


 まずは両手が剣になっている剣帝のソードマンが、凍っているワイバーンを切り刻む――って、おい。


 滅茶苦茶に切り刻むその手つきは料理ではない。ただ斬っているだけだった。


 できあがったのは、凍ったまま小さな立方体になったワイバーンの残骸である。


「ファイヤマン、燃やします!」


 しかし料理は止まらない。

 全身が炎のように揺らめている、炎帝ファイヤマンが立方体に火をつけた。


 氷が溶けて、それから肉が燃え上がる。

 焦げてるんだけど……


「スライムマン、ネバネバします!」


 と、ここで謎の作業がもう一つ加わった。

 スライムのようにねちゃねちゃしている、粘帝のスライムマンが焦げたワイバーンに粘液をかける。


 ここで既に食べ物ではなくなっていた。


「タベルマン、食べます!」


 そして最終工程。

 顔が口という斬新な生き物のタベルマンは、最早食べ物とは形状しがたい何かを一口で頬張る。


 それから満面の笑顔を浮かべて、一言発するのだ。


「うまし」


 ――は?


 思わず殴りそうになるが、どうにかこらえて魔王に顔を向ける。


「この流れ必要?」


 マジで意味不明だった。


「こ奴らには必要なのだろう。大目に見てやれ」


 魔王は茶番など眼中に入れてなかったようだ。

 大きなあくびをこぼしている。


 おいおい、これじゃあ料理なんていつまで経ってもできないだろ……と、思ったのだが。


「コックマン、料理完了しました!」


 頭に白くて高いコック帽をかぶっている料帝のコックマンが、美味しそうなワイバーンの丸焼きを献上してきた。


 どうやら料理は終わっていたようだ……


「なぁ、前の四人って必要だったのか?」


 どう見ても悪ふざけしてるようにしか見えなかったのだが。


「知らん。それよりも、早く食べよう! あ、五帝は元の仕事に戻って良いぞ。さっさと帰れ」


 美味しそうな骨付き肉に目を輝かせる魔王は、しっしと五帝を追い払う。


『それでは、また星の巡り合わせが合った時に!』


 五帝は最後までマイペースに、この場を走り去っていくのだった。


 戦ったことあるので、実力が確かなのは分かるんだけど……あれで本当に大丈夫なのだろうか。


 ま、いいや。

 とにかく、美味しそうなお肉が目の前にあるのだ。


 今はただ、これだけに集中しよう。


「いただきますっ」


 まずは先に、魔王が大口を開けてかぶりつく。


「――っ!? お、おいしいにゃぁ」


 なるほど。どうやら甘噛みするくらいには美味しいらしい。

 どれどれ? 俺も、魔王の反対側からかぶりついてみる。


「――っ!? 美味い、な……!」


 想像より遥かに、ワイバーンの肉は美味しかった。


 肉厚だが、かぶりつくと口内ですぐに溶けていくのでしつこくない。

 上品な肉の香りに臭みはなく、くどくもなかった。


 これならいくらでも食べられる! そう思わせるくらいの、肉である。


「…………っ!!」


 しばらくは二人とも無言で、料帝がたくさん用意してくれた肉を頬張り続ける。


 いよいよお腹いっぱいになった時にお互いを見て見ると、どっちもお腹がぱんぱんだった。


 性格はあれだが……五帝の――いや、料帝の料理が美味しいのは認めざるを得ない。


「美味しいな、勇者よ!」


「遺憾ながら……でも、満足した。うん、美味しかったし、魔王と一緒だから楽しかったよ。ありがとう」


「そ、それは我も同じだぞっ……本当に、楽しかった」


 食後。俺たちは仰向けになって、言葉を交わす。

 魔王との会話は、とても楽しかった。


 まだ、一緒に過ごすようになって一ヵ月ちょっとくらいだけど……大分、打ち解けられたと思う。


「――――ぁ」


 ふと、気付いた。


 今の俺は、幸せなのだ……と。

 何も憂いなく、悩みもなく、ただ彼女のそばで笑っていられる現状が、たまらなく幸せだった。


 願わくば、これからも。

 彼女との幸福に満ちた日常を、送りたいなと――


 そんなことを、魔王の笑顔を見ながら願うのだった。


「ん? どうしたのだ、勇者よっ。ニヤニヤしてるが」


「や、別に……なんでもないよ。ただ、幸せだなって思っただけ」


「そうか! それなら、我も幸せだぞっ」


 うん。ありがとう、魔王。

 お前のおかげで、俺は……ようやく、幸せになれたみたいだよ。

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