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第二話 勇者なんだから、もっとチヤホヤしてほしかった

「なんて、下劣な……あなたに、勇者としての誇りはないのですか!?」


 俺の要求に、メレク姫は声を荒げる。とてもお怒りになっているようだが、別にそんなの知ったことではない。


「ちょっとはあったんだけどな。ごめん、好きな人に恋人が出来て気が変わった。あと、好きだった人がビッチだったから、失望してつい裏切っちゃった」


 なんという悲しいお話なのだろう。まあ、悲しいのは俺だけなんだけどね。


「なんで、こんな酷いことをっ。あなたのせいで人間界は終わりです! どうして、裏切ったのですか? どうして、わたくしや仲間達を、見捨てたのですかっ」


 白々しい言葉だった。理由なんて上げればキリがない。


 だが、俺のやりきれない感情を一言で表すとするなら、きっとこうなるだろう。




「お前らが、俺をチヤホヤしなかったからだ!」




 全ては、そこに収束するのである。


「俺がどれだけの功績を残してきたと思う? どれだけ、命を張ってきたと思う? そんな俺を、お前らは特に労いもしなかった!」


「そ、そんなことが理由で?」


 お姫様は信じられないと言わんばかりに驚いた様子を見せている。


 しかし、俺からしたら『そんなこと』では済まされない事案なのだ。


「せめて、お姫様は俺を好きになれよ。俺がどんだけお前ら王族のために働いてきたと思ってんの? あと、僧侶もな。お前、俺と幼馴染だろ? なんで魔法使いと付き合ってるわけ?」


 と、ここで僧侶の方に視線を向ければ、彼女は秘密がバレておろおろしているようだった。


「ど、どうして、付き合ってるなんてっ」


「夜……喘ぎ声、漏れてたんだよなぁ。お前らもだよ、戦士と武闘家のお二人さんよぉ」


 地味にこれが一番きつかった。

 誰が、好きだった女の子が別の男とエッチなことしてる声や、後輩の変態露出プレイの喘ぎ声なんて聞きたがるんだ? 毎晩盛ってんじゃねぇよ、死ね。


「その、ごめんなさい。私、勇者とは付き合えない。だって、顔が好みじゃなくて……姫も、そう言ってたよね?」


「そ、そこでわたくしに話を振らないでくださいませんっ? その、言いはしましたけど」


「……俺、何でお前らを好きになっちゃったんだろうな」


 なんだか涙が零れそうだった。

 マジで、こいつらを好きになった理由がもう思い出せない。


「勇者。お前、自分の顔が良くないのを理由にこんなことしたらダメだと俺は思うぜ? 今からでも考え直せっ」


「黙れクソ魔法使い。いつまでも兄貴面してんじゃねぇよ……てか、お前は俺の兄貴分だったよな? それなのに、弟分の思い人と付き合うなよ」


 なんでだろうその二。こいつを兄貴と親しんでいた俺、見る目なさすぎだろ。


「戦士と武闘家のお二人さんはさ、俺の後輩なわけだよね? お前らをここまで戦えるようにしてあげたのって、俺だよね? なのに、陰でクスクス笑うのやめてくれない? 俺がいくら女にモテないからって、バカにするのは良くないぞ」


「……だって、先輩キモかったし」


「童貞が必死すぎてウケるって感じ?」


 ああダメだ。何も言えねぇ。今まで良き先輩であろうと努力していた俺がバカみたいだった。


 深呼吸。気持ちを落ち着けて、俺は今までの鬱憤を懇々と語る。


「俺さ、我ながら立派な勇者だったよな? 低い報酬にも文句を言わず、レベルの低い仲間の前でも不満を漏らさず、どんな対応をされても怒ることはせず……そんな俺を、お前らは見下してたよな? だから、裏切った。見捨てることにした。お前らとは、ここでお別れだ」


 つまり、ここが最後の決別だということである。


「ほら、さっさと金寄越せよ。世界の半分、欲しいだろ? このままだと魔族の奴隷だもんな? いくら出せるか、言ってみろよ」


 ロープで身動きの取れないお姫様に歩み寄り、かがみこんで問いかける。お姫様の目は恨みで暗くよどんでいるようだった。


「てめぇさえ居なければ……っ」


「おっと、素が出てるぞ? ま、嫌ならそれでもいいよ。世界の半分は魔王に返すとしよう」


「待て! 分かった……分かりましたから、どうか世界の半分を売ってください」


 そうして、お姫様は無機質な声を発する。


 事務的なその声は、以前までの俺に親しそうなそれとはまったくの別物だった。まあ、その親しい声も、結局は偽りのものだったのだが。


 この他人行儀な態度が、俺と彼女たち人間族の決別を雄弁に物語っているように感じる。


「白金貨千五百枚……これでどうでしょうか?」


「せ、千五百枚枚だとっ」


 提示された値段は、とてつもない金額であった。


 おいおい、そんなにあったら人生百回は豪遊して遊べるじゃね……っ!? そんなにお金使ったことないからよく分からんけど、とにかく凄い大金だった。


 だが、最初で提示できる金額がこれとは……恐らくはまだ余裕があるのだろう。王族はどれだけ貯めこんでいたのか。


 そう思うと、なんかむかついてきた。


「足りんな」


 一言、そう言い捨てて俺は言葉を継ぐ。


「ですが、国の貯蔵している金額の内、差し出せるのはこれが限界でっ」


「何言ってるんだ? お前らお偉いさんの、貯め込んだ金もあるだろうが」


「そ、れは……っ」


 どうせだから根こそぎ奪ってやる。逃げ道をなくして、俺はお姫様をさらに追い込んでいった。


「もっとだ。白金貨二千枚で手を打とう。どうだ? これが嫌なら、魔王に世界の半分を返す」


 我ながら酷いことを言っているような気がした。


 でも、正直なところ……人間界は、一部の富裕層が腐りすぎているわけだから、この際身ぐるみ剥いだ方が今後良い方向に向かう気がしてならない。


 つまり、これは俺の優しさなのである! そういうことにしておこう。


「くっ……わかり、ました」


 俺の要求に、メルク姫は力なく頷いた。彼女からしてみれば、俺の言い分を呑むしかないわけである。


 それでも、頷けるということはどこかしら調達できる算段があるということなのか。


「やっぱり二千五百な。ほら、早くセフィロトに誓え」


「き、鬼畜めっ……分かったよ、くそ! やればいいんだろ!? セフィロトの下に、【勇者に、世界の半分と引き換えに白金貨二千五百枚を渡す】と誓う!」


「よし、いいだろう。セフィロトの下に、【白金貨二千五百枚と引き換えに世界の半分を与える】と誓う」


 こうして、俺と彼女の間に約定が結ばれた。

 セフィロトの下に刻まれたその誓いは絶対となる。


 現に、俺の手元には白金貨が詰まった袋が出現していた。強制力が働いて、人間界の至る所から金が集まったのである。


「これで、俺はもう働かない」


 白金貨の入った満足感のある重みに笑みを浮かべつつ、俺はこの場を後にする。もう、こいつらと話す内容はなかった。


「じゃあな、まあ頑張って生きろよ」


 そう言って、彼女たちに背を向けた。


「外道め……わたくしは、あなたを絶対に許さない!」


 背後から聞こえる恨みの声は無視して、俺は扉の外に出て行く。

 すぐそこには、魔王が待っていた。


「別れは済んだのか?」


「ああ、しっかりと済ませた」


「それは何よりだが……で、その袋は何なのだ?」


「白金貨二千五百枚。世界の半分と引き換えにもらった」


「何!? 貴様、我が与えたものを簡単に売るとは何事だ!」


「まあまあ、そんなのどうでもいいじゃん……それよりもほら、早く魔王城行こうぜ。俺、美味い酒が飲みたい」


「まったく、しょうがないやつだなっ。だが、そんな貴様を我は許そう」


 許しちゃうのか。魔王は結構、俺に甘い気がする。

 せっかくなので、彼女に甘え倒してこれからはダラダラ楽しく生きて行こうと思いました。


「くくっ……分かった、美味い酒を用意させよう。今宵は、貴様と我で酒を飲みかわそうではないか」


 そう言って、魔王は転移魔法をかけて魔王城へと俺を連れて行ってくれるのだ。


 過去との決別はもう済んだ。ここから、俺の新しい生活が始まるのである。

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