第二十六話 バナナを食べる幼女(健全)
「なぁ、魔王。ドラゴンが食べたい」
魔王城に来てから、そろそろ一ヵ月が経とうとしていた。
このだらしない生活にも慣れて、いよいよダメ人間に磨きがかかった頃に、俺はふと思いつきでこんなことを口走ってしまう。
「ほら、魔物って強ければ強いほど美味しいだろ? だから討伐難度S級オーバーのドラゴンって、やっぱり最高に美味しいと思うんだけど」
「うむ、良いぞ」
俺の提案に、魔王は一瞬の迷いなく首肯してくれた。
「だが、お風呂に入った後だ。ほら、百まで数えるのだぞ?」
「えー……めんどい」
お風呂場にて、俺と魔王は一つの浴槽に浸かりながら言葉を交わす。
今日も俺は魔王に体を洗ってもらったのだ。
いつもの日常である。もうお互いの裸を見ても理性をなくすほど興奮はしなくなった。
まあ、理性をなくさない程度にはするので、慣れているとは言い難いのだが。
ロリぺったんって、なんというか魔性の魅力を感じてしまう。
特に魔王の褐色の肌はきめ細かく、お風呂に入っていると水をはじいてキラキラ見えるから厄介だ。
触りたくなるが、触ったらその時点で理性が壊れると思うので、グッと我慢しておく。
仕方ない。言われた通り、百まで数えることにしよう。
「……よし、百! さっさと出て、お肉ゲットしに行こう!」
「待て待て。体を拭いて、髪の毛を乾かしてからだ。風邪を引いたらどうする? 我が心配でどうにかなってしまうだろう!」
入浴を終えて、魔王に色々としてもらい、ようやく準備が完了する。
「ふむ、恰好はこれで良いか? どうだ、勇者よ」
着替えを終えた魔王は、何故かいつも通りのヒモ下着な恰好ではなく……深紅の着物を身にまとっていた。
相変わらずひざ丈はミニだし、肩は露出されており、かなり着崩されているのだが……どうやら魔王はおめかしをしたらしい。
「似合ってるよ。俺がロリコンの魔法にかかってなかったら、このままお前を押し倒してたくらいには」
「別に今そうしても良いのだがな? そうか……くくっ。似合ってるのだな? それは重畳」
「うん、かわいい」
「か、かわいいか? なかなか、むぅ……直接的な誉め言葉は、照れる」
頬を赤くする魔王は照れてはにかんでいる。かわいい。
だけど、魔王がおめかしする理由が俺には分からなかった。
「で、どうしてそんな恰好してるんだ?」
「それはもちろん、デートだからに決まっているだろう」
言われて、なるほどと納得する。
「二人きりで出かけるんだから、これはデートになるのかっ……ど、どどどどうしよう!? 俺、デートしたことないっ」
そして、動揺。
前に好きだった人には顔が好みじゃなかったと拒絶されていたので、デートなんてしたことがなかった。
そんな俺を落ち着かせるために、魔王が背伸びして頭を撫でてくれた。
「安心しろ。我もデートなんてしたことないからな!」
どうやらお互いに初めてだったらしい。まったく安心できねぇ。
「俺も、もっとおめかしとかやった方がいいか!? 鎧ならカッコよく着こなせると思うんだけど!」
「不要だ。鎧など着たら、我が抱き着いた時に勇者の体を堪能できないだろうがっ。勇者は、ありのままで良い。その方が我は好きだ」
狼狽える俺とは対照的に、魔王はとても落ち着いているようだった。
「デートにおいて肝要なのは、お互いに楽しむことなのだ。恰好とか、行先とか、やることだとか、そういうのに気を取られる必要はないと我は思うぞ?」
「で、でも……お前は、ちゃんとかわいくなってるし」
「我は勇者に『かわいい』と言ってもらいたいからな。そのためなら、いくらでも恰好に気をつかう。だが、勇者はそのままでいい。どんな恰好だろうと関係なく、勇者はカッコイイし大好きだからな」
要は気持ちの問題だと、魔王は言ってくれた。
「我と一緒に居て、楽しんでくれること。それ以上に、望むことはない」
デートとはそういうものだろう? と、初めてのくせに魔王は何やら語っていた。
しかし、その言葉はとても暖かくて、俺はすぐに自身が気負っていたことに気付く。
もっと自然体で良かったのだ。
ただいつも通り、魔王と楽しむことを決意する。
「そうだな……せっかくだし、魔王と一緒に居られる今を楽しむかっ」
「うむ。楽しんでくれれば、我も嬉しいぞ!」
満面の笑みで、手を差し出してくる魔王。
小さなおててをとって、俺たちは顔を見合わせるのだった。
「それはそうと、仕事は大丈夫なのか?」
「……おっと、耳が遠くなった。よし、出発だ!」
「え? ちょ、また怒られる……って、いいか。大切なのは『今』だからな! 後のことは後で考えればいいって、ニトが言ってたし!!」
「くくっ! では、行くぞ――【転移】!」
かくして、俺たちは初めてのデートへと向かう。
行先はドラゴンなどの魔族が生息する世界――第零世界『ダァト』であった。
セフィロト第零世界『ダァト』とは、地上の世界を意味する。
セフィロトに存在する十の世界の全てを足し合わせても及ばないほどに広い大地の世界だ。未だ全容を調べきれていないこの場所は、危険区域としても指定されている。
何せ、セフィロトの住人を嫌う『魔物』がはびこっているのだ。
基本的に、セフィロトの住人はダァトに降りたがらない。力の弱い者が降り立てば魔物に殺されるかもしれないからだ。
まあ、場所によっては安全なところもあるので、一概にそうとは言えないのだが。
また、一部の強者にとっては、むしろ観光のスポットとして利用している節もあったりする。
俺も魔王も、実はその分類だった。
「やはり『ダァト』は良いなっ! 自然、という感じがする」
第零世界に転移して、俺たちは大地を踏みしめた。
周囲には鬱蒼と生い茂った密林がどこまでも広がっている。
遠くには大きな山が見えた。風に乗って水の匂いも漂ってくるので、近くには湖もあるのだろう。
ここからは見えないが、もっと遠くには海だってあるはずだ。
「……ああ、自然だな」
ここに来ると、自分の住んでいる世界が狭く感じてしまう。
勇者時代、魔界と人間界ばかり行き来していたが、ダァトにはたまに修行しにやって来ていた。
今回の到来は少し久々なので、なんとなくテンションが上がってくる。
「おお! 勇者、果物だっ。確かバナナだったか?」
魔王もテンションが上がってるようだ。
近くの……木、じゃなくて正式には草だったか? どっちでもいいのだが、とにかく魔王がバナナを一房ねじリとる。
その内の一本を手に取り、皮をむいて……パクンと、先っちょから口に含んだ。
……なんかエロイな。
「美味い! 勇者も食べるといいっ」
「ん!? あ、ありがとう」
おっと。幼女がバナナを食べてるだけだ。
別にやましいことなんて何もないのだから、俺も変なことを考えるのはやめよう。
俺たちはバナナを食べながら、おもむろにてくてくと歩き出す。
「ドラゴンって根暗だし洞窟とか好きだよな。適当に探してみよう」
「洞窟か……このあたりだと、あそこの山にあったな。どうする? 転移で行くか?」
「いや、二人でのんびり歩こう。この方がデートっぽいし」
「……そ、そうだなっ。うむ、わるくにゃい」
ゆっくりと歩くのも、それはそれで楽しかった。
おしゃべりしながら、ダァトの不思議な植物やら果物やらについて会話を交わす。
そうやって歩いていた時だった。
「――ぬぉ!?」
不意に、魔王が何者かの襲撃を受けた。
「っ!」
俺と魔王が反応できないほどの速度。
相手は強者かと、俺は戦闘態勢をとる。
目を細めて、魔王の方に目を凝らした。
そして、見えたのは……何やらヌルヌルしたものに、宙づりにされている魔王の姿であった。
「……あ、こいつって」
何本も生えている、ヌルヌルした棒状のくねくねした形状。
間違いない。こいつは――『しょくしゅ』だ!
 




