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第二十五話 ダメダメ勇者生誕

 魔王城の隣に神殿が建った。


 白金貨百枚程度のそこまで大規模な神殿ではないのだが、それでもニトは喜んでくれたらしい。


「あ、ありがとう……うへへ、神殿ができちゃったかぁ」


 いつもは頭のおかしい言動しかしないくせに、この時ばかりはきちんとお礼を言ってくれたのだ。


 よっぽど嬉しかったらしい。

 ニトはかなりはしゃいでいた。


「お礼に、これから精一杯布教するわ! 神のお言葉を託してあげるっ」 


「うん、よろしく頼む……えっと、ちなみに宗派の名前はなんていうんだ?」


「名前……? あ! えっと、うちの神様は名前とかに拘らないタイプだからっ」


「そうか。だったら、ニト教って呼んでもいいか? 分かりやすいし」


「え……ええ! もちろんよ、この宗教においてわたしはほとんど神様と同格だから、たぶんその言い方も間違ってないはずっ」


 なんて適当な宗教なのだろうか。ここまでガバガバだと、ニトがその場しのぎで適当なことを言っているように思えてくる。


 しかし、そういう適当なところがこの宗教の良いところなのだ。


「っていうか、そういう細かいことを気にしてるようじゃまだまだよっ。いい? ノリで生きなさい? なんとなくでいいの。とりあえず適当に、がニト教のスローガンだから」


「な、なるほど……勉強になる」


 とりあえず適当に――か。

 勇者時代、手を抜くことは即ち油断につながるとばかり思い込んでいた。


 だから、いつも過剰なくらいに警戒していたり、神経を尖らせていたのだが、そういうのはもうやめないといけないだろう。


「これから修行よ! あなたに、ニト教の神髄を三日で叩き込んであげるわっ」


「押忍! よろしくお願いしますっ」


 かくして、俺はニトの教えを頭に詰め込んでいった。


「頑張ったらダメ。努力は自分を壊す、ただの自傷行為だもの」


「我慢は毒よ。やりたいことを自由にやってこそ、人は生きているって実感できるから」


「辛かったら投げ出しなさい。大丈夫、あなたがやらなくても他の誰かがやってくれるわ」


「成長しろ、なんて傲慢な命令には背きなさい。あなたのありのままを愛する人を探しなさい」


「みんなやってるから、自分もやる――必要もないわ。そういう時は堂々とサボればいいのよ」


「苦しかったら逃げなさい。楽な方に行っていいの。無理なんてする人はバカよ」


「自分を愛しなさい。自分を一番にしなさい。自分を絶対に、殺したりしたらダメ」


 一つ、教えを耳にするたびに、俺は自分の愚かさを知っていった。


 ニト教の真髄は『己の幸せ』に直結する。


 即ち、『他人の幸せ』のみを考えていた勇者時代の俺は、何もかもが間違っていたのだ。


 嗚呼、なんて素晴らしい教えなのだろう。

 これほどまでに自分自身の幸せのみを追求する宗教が、今まであっただろうか。


 これを極めたら、きっと俺はダメになれる。

 今度こそ、勇者時代とは違う俺になれる……幸せに、なれる!


 そう思いながら、三日間の荒行を終えて――俺は、魔王の元へと帰還した。


 魔王城。最早俺と魔王の共同部屋となっている、魔王の寝室にて。


「ただいま」


「おお、お帰り! やっと帰ってきたかっ」


 扉を開けると、魔王が俺の帰りを待っていてくれたようだ。


 実はこの三日間、俺はニト教の神殿で過ごしていたのである。


 過酷な毎日だった。一日目なんて、魔王と会えなくて泣きそうになってしまったほどである。


 だが、俺は耐え切った。辛い修行を乗り越えた。

 今の俺なら、魔王のリクエスト通りのダメ人間になれたと、胸を張って言えるだろう。


「魔王、俺……ダメになったんだ。これからは、退廃的に生きていく」


「うむ、そうか! 良いぞ……我が養ってやるからな!」


 満面の笑みで俺を抱きしめてくれる魔王。

 彼女は俺がどんなにダメになっても、受け入れてくれる。それが素直に嬉しいと思った。


 勇者だった時、俺の存在価値は『強さ』のみだった。

 弱ければ、役に立たなければ誰も俺を見てくれなかったのに。


「くくっ……やっぱり勇者の匂いは落ち着く。勇者はな、我のそばに居るだけで良いのだ。どうなろうと、関係ない。我の愛した勇者が幸せであれば、我は幸せだぞっ」


 魔王にとって、俺の存在価値は『そばにいること』のみである。

 それ以上何も求めない。俺が俺である以上に、何も不要だと言ってくれる。


 こんなに俺を愛してくれる人と出会えて、なんて幸せなんだろうか。


 ニトにも言われたのだが、こういう相手と出会うことは『幸せ』になるためにとても大事なことらしい。


『汝、愛してくれる者を大切にせよ! これは神でなく、わたしの言葉よ』


 今までも、それなりに大事に思っていたつもりだった。


 だが、これからはより魔王を大切に……もっと甘えようと――俺はニト教の教えを伝授されて決意したのである。


「魔王? 俺、酒が飲みたい」


 手始めはわがままを言ってみる。

 思い返してみると、魔王城に来てから俺はあまり自分の欲求を口にしたことがなかった。


「良かろう! とびっきりのやつを用意させるっ」


 もしかしたら、魔王も俺の我がままを望んでいたのだろうか。

 言った後、とても嬉しそうに笑ってくれたのである。


 そんな彼女に、俺は精一杯甘えるのだった。


「さあ、次は何がしてほしい? なんでも言ってくれ!」


「飲ませて……ついでに、魔王も一緒に飲もう」


「分かった! 今日は勇者のために休みをもらったのでな、ずっと一緒に居られるぞっ」


「じゃあ、次はお風呂……洗ってくれ」


「任せろ。勇者の体の隅々まで洗ってやる!」


「……なんか眠い。一緒に昼寝しよう」


「ふっ。抱き枕になる用意はできている、存分に抱きしめるがいい」


 ご飯を食べて、お風呂に入って、それから眠る。

 ……って、やってみて気付いたのだが、別に特別なことは何もやってないな。


「あれ? 甘えたつもりだったんだけど、いつも通りだな」


 ニト教を伝授される前と、然程やってることは変わりない。

 と、俺は思っていたのだが。


「そうでもないぞ?」


 だが、違うと魔王は首を振った。


 ベッドの上で、お互いにくっつきあいながら……俺たちは、至近距離で顔を見合わせる。


「前までは、勇者が我の指示に従うだけだったからな。実は、結構悩んでいたのだぞ? もっと、好きにしてくれていいのに――って」


 確かに、言われてみればそんな気がする。

 いつも受け身だったというか、言われるがままだった。


 別にそれが苦じゃなかったために受動的だったのだが、魔王はそれがちょっとだけ不満だったみたいである。


「わがまま、いっぱい言ってくれ。遠慮のない関係になれれば、我も嬉しい」


 仄かに顔を紅くしながらも、魔王はしっかりと愛情を伝えてくれる。

 そんな彼女が愛しくなって、思わず抱きしめてしまった。


「うん……ありがとう」


 温かくて柔らかい彼女を胸に抱きながら、俺は目を閉じる。


 この三日間、一応は一人で寝ていたのだが……やっぱり、魔王が隣に居るとより安心して眠れるような気がした。


 微睡み、やがては夢の世界へと。


「あと……もう少し、肉欲に溺れても――って、勇者? むぅ、寝るのが早すぎるぞ……」


 眠った後に何か言われた気がしたのだが、俺には何も聞こえなかった。

 うん、そういうことにしておこう。させてほしい。


 もう少しだけ、今のままで……お前とのこそばゆい生活を、続けさせてくれ。

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