表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/143

第二十四話 ダメ人間になるための十の戒め

「今宵の晩餐はクラーケンだ」


 魔王に指示されてメイドが持ってきた本日の料理は、クラーケン尽くしであった。


「子供クラーケンの活け造りに、大人クラーケンの目玉の丸焼き、姿焼き、煮込みなど、多種揃えている。存分に食べると良い」


 豪華だと思う。客人に出すにしても十分な内容だろう。

 だけど見た目があれだな。グロいというか、クラーケンキモい。


「うっひょー! なによあなた達、やればできるじゃないっ。いただきます!!」


 とはいえ、修道女シスターのニトは微塵も気にしてないようだった。

 まずは目玉から。ナイフを突き刺して、大口を開けて頬張っている……なんか猟奇的な光景だな。


 それにしても美味しそうに食べるシスターさんである。こうやって遠慮とか礼儀とか、まったく考えないというのもある意味凄いと思った。


 俺にはできそうにないな……魔王城に来て以来ダメ人間度を高めたつもりだったが、ニトの足元にも及ばない気がした。


「酒もあるぞ? 人間界産であり、もう製造禁止となった【マンドラゴラの果実酒】だ」


「おい……それ毒だから禁止にされたんだよ。何で持ってるんだ?」


「なくなるというからとりあえず盗んでおいたのだ。しかし、我では飲めんからな……こやつなら問題なかろう」


 確かに、ニトなら大丈夫だとは思う。

 何せ快楽草を煙草感覚で接種してるアホなのだ。


「気が利くじゃない! くっ~!! 美味いっ。体が内側から溶けていくような感覚とか、癖になりそう」


 いや、その感覚は多分実際に起こってることだからな?

 お前の体、現在進行形で溶けてるんだぞ?


 体が溶けるけど美味しすぎてやめられない、という理由で製造禁止になった酒なのである。


 毒なのに美味しそうに飲むので、不思議なものだった。

 やっぱり神様に愛されているという彼女の言葉は正しいのだろう。


「あふぅ、なによ……あなた達、とってもいい子じゃない! 最初に殺されかけた時にはおしっこでもひっかけようかなと思ったけど、我慢してあげるわ!」


「……下品なシスターさんだな」


 発言が神職者に思えなかった。普通の人間以下の品性である。


 恐らく彼女の辞書には配慮という二文字がないのだ。


 頭で思ったことをそのまま口にしているような気さえする。そういう奔放なところが嫌いになれないというか、ちょっと羨ましかった。


「なあ、お前が食べてるのは一応肉なんだけど、それはいいのか? 酒もそうだけど、嗜好品って神職者の間では禁じられてるって聞いたんだけど」


「一般的にはそうみたいね。でも、わたしの信じる神様は違うわ! むしろ、こういう贅沢はたくさんしなさいって言うのが、うちの宗派の教えなのよ!」


 食べ物を食べながら、ニトは信仰について語り始める。


「うちの十戒、教えてあげるわ!」


一.汝、美味しいものをたくさん食べよ

二.汝、お酒をたくさん飲め

三.汝、贅沢をせよ

四.汝、お金を惜しむべからず

五.汝、姦淫せよ

六.汝、働くべからず

七.汝、信仰を広めよ。みんなでダメになれ

八.汝、禁忌は進んで犯すべし

九.汝、働くべからず

十.汝、楽しければ全て良し!


「…………ふむ、色々突っ込みたいところはあるのだがな」


 十戒を耳にして、魔王が頭の上に疑問符を浮かべている。


「とりあえず、戒律六と戒律九の内容が被ってるのは、どうしてだ?」


「さぁ? 大事なことなんじゃないかしらっ」


「そうか。それにしても、我の知ってる神とは違うな……」


 俺以外のことに関してはあまり動じない魔王でさえ、ちょっとどうしていいか分からないような顔をしている。


「勇者? 貴様はどう思った?」


 と、ここで彼女は俺に話を振ってきた。

 どう思ったか――なんて。それはもちろん、決まってるだろう。


「…………なんて斬新な戒めなんだ!」


 ニトの言葉を耳にして、俺は強い衝撃を受けていた。

  

「魔王は常々、俺に『ダメになって良い』って言ってるよな?」


「うむ。もっと怠惰になってほしいというのが、我の願いだ」


「でも、俺はまだまだで……どうしても、勇者時代の癖が抜けないんだ! でも、この十戒を守ることが出来たら、俺は魔王の望む『ダメ人間』になれるんじゃないかな――って!!」


「なんと! 確かに、それは悪くないなっ」


 途端に興奮する俺と魔王。


 いや、前々から俺の誠実さは問題視されていて、どうにかしなければと二人で頭を悩ましていたのだ。


 ヒモというのも、存外たいへんな職業なのである。

 何せ自分で何かをしたらダメなのである。更にはクズにならなければいけない仕事なのだ。


 勇者時代にストイックな生活を送りすぎて、俺には贅沢をするといった習慣がまったくない。

 

 故に、どうにかしたいと常々思っていた。


 こうして、ニトと巡り会ったのも何かの縁である。


「俺、入信する! ニトの神様を信仰しようと思うっ!!」


「え? は? ん? な、何を言ってるのかしら?」


 急にテンションが上がった俺と魔王についていけてないのか、ニトが困惑したような顔をしていた。


 そんな彼女の手を取って、俺は祈りを捧げる。


「俺を信徒にしてくれ! 俺を、導いてくれっ」


 ダメ人間に、なるために。

 俺はニトの神様を信仰することにしたのだった。


「……ふぇぇ? うそ、本当に!? 今まで、一人もわたしの言うことなんて聞いてくれなかったのに、よりにもよって勇者がっ!?」


 あれ? てっきりふんぞり返って喜ぶかと思ったら、予想外の反応が返ってきた。


「ふ、ふ~ん? そう、わたしと一緒に信仰してくれるのね……うへへ、ちょっと嬉しいかも」


 仄かに顔を赤くして照れ照れと体をくねらせている。

 たぶん、今まで門前払いばっかりされていたのだろうか。


 こうやって手を取られる、という行為に慣れていないのかもしれない。

 思いのほかチョロイな、こいつ。


「……で、でもっ。この世界の滞在を、許してくれるのかしらっ? 布教活動とかは、魔王が許さないとダメよね?」


 そして、ここに至ってへたれるニト。


 なるほど、成功しそうなところで臆病になることが、ダメ人間らしい態度なのか!

 勉強になるなぁ。


「構わん。滞在はもちろん許可しよう」


 魔王はニトの不安を一蹴して、それから何かを決定したように大きく頷いた。

 彼女は言う。


「せっかくだし、国教にするか! 手始めに神殿を作ろうではないか、でかいのをつくって毎朝お祈りするぞ!!」


「よし、じゃあ早速『セフィロトの世界店』に神殿買いに行こうぜ! お金は俺が払うっ。あ、忘れてた……これ、寄付金な。あげる」


「――!!??? 白金貨十枚、だと!? お、おぉ……ぉおおお」


 寄付金を献上すると、ニトは目を丸くしていた。


 よっぽどびっくりしているのか。

 まあ、これから俺に色々教えてくれるのだ。これくらいの出費は痛くない。


「くくっ……これで勇者がダメになってくれたら、我も嬉しいぞっ」


 魔王も期待するように笑っていた。俺も笑っていた。ニトも笑っていた。


 みんな笑っていた。幸せだったのだ――四天王が、来るまでは。




「正座。説教です。言いたいこと、分かりますね?」




 どんちゃん騒ぎしていた俺たちを、控えていたメイドが密告したようで。

 すぐに四天王がやってきて、俺たちは説教されてしまうのだった。


 結局、ニトの信仰を国教にすることはできず。

 しかし神殿の建設と布教は許可されたので、当面はこれだけで満足しておくのだった。


 よし、これから俺は――ダメになるぞ!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ