第二十三話 自称修道女ロリはちょっとヤバい
「お、おいこら! わたし、痛いのは嫌いなのよっ。だから離しなさいよ!!」
自称修道女のニトは喚く。
もがき、取り押さえられている状態から逃れようとするが……何せ多数の魔族が抑えつけているのだ。
彼女は身動き一つとれずに、ただ処刑の時を待っている。
「これはこれは、小さな侵略者さんですな。せめて痛みのなきよう、吾輩の剣で殺してあげましょうかな」
彼女の首元に刃物を当てているのは、四天王が一人スケルトンのスケさんだ。
「最期に何か、言いたいことは?」
「お金が欲しい」
「死んでください」
一閃。骨で出来た真っ白な刀が、ニトの首をかっ切る。
綺麗な太刀筋であった。あれなら痛みなどなく楽に死ねただろう。
「さて、仕方ないから埋葬でもしてやれ。勇者、帰って耳掃除の続きをしよう」
ゴロンと転がる首を見て、彼女が死んだことを確認したのか。
魔王が踵を返して、帰ろうとした――そんな時。
「ちょっと、痛いじゃない」
声が、聞こえた。
しかも、聞こえるはずのない声だった。
「…………え?」
この場に居た一同は、誰しもが呆けている。
びっくりして、開いた口がふさがらなかった。
何せ、落ちた生首が喋っていたのだから、それも無理はない。
「わたしは痛いのがとっても嫌いなのよっ。もう、くっつけるのもたいへんなんだからっ」
生首が喋る。一方で、胴体の方も何やら動き始めた。
何ともない様子で胴体は頭を拾い、それから自分の首元にくっつける。
「【最上位回復】」
そうして、彼女は生き返った。
いや、あるいは――最初から死んでいなかったと言う方が正しいだろう。
「……何者なのだ、貴様は」
信じられない光景を目の当たりにして、魔王は警戒の色を強めた。
突然の来訪者は、頭のおかしいだけの狂人かと思ったら……その実、死なない不死身だったのである。
得体の知れない彼女に、俺でさえも臨戦態勢をとってしまったほどだ。
「ん? さっき名乗ったじゃない。もう忘れたの? まったく、これだから蛮族は……でも、いいわよ! 寛大なわたしは、もう一度教えてあげるわ!」
だが、当の本人は欠片も緊張感がなく。
「わたしは世界を回って信仰を広める、敬虔なる修道女のニト! 神に愛されし者よ!!」
小さな体で胸を張る彼女の言葉は、言動から見て戯言だとばかり思っていたのだが。
最後の方、神様に愛されているという言葉は、本物らしい。
何せ【回復魔法】の使い手で、致命傷を負っても死なないのだ……認めざるを得ないだろう。
回復魔法は僧侶なり神官なり、あるいは修道女といった神に仕える者のみが発動できる魔法だ。
態度が悪いニトはまがい物かもしれないと思っていたのだが、そうでもなかったようである。
「……もう一度、聞いておこう。貴様はここへ何をしに来た?」
「それはさっきも言った通り、お金を――」
「仮に、この魔族に危害をもたらすというのなら、一生の責め苦を覚悟せよ。死なないからといって、別に痛みがないわけではないのであろう? なれば、貴様を精神的に殺す手立てがないわけではないだろうな」
魔王は脅すように、ニトへ威圧した。
死なないだけならいくらでも対処法はある。
残虐ではあるが、王として自族を守るためならそれも厭わないと口にする魔王に対して、ニトはコロッと態度を一転させた。
「え、え~? 嫌だな、魔王様っ。わたしはこの世界に信仰を伝えにきたのであって、お金はもらおうとしてませんよ~。あはは~」
「……さっきと言ってることが違うが、拷問を所望か?」
「ああ、ごめんなさい! そんなつもりはなくて、もう降参です!! 全面降伏です、わたしは痛いことと辛いことときついことが世界で一番大嫌いなのです! だから、お許しをっ」
偉そうな態度から、今度は何の躊躇いもなく土下座してくるニト。
「そうだ! 足をお舐めさせてくださいっ……忠誠の証です!!」
それから、流れるように魔王の足の甲をぺろぺろするシスター。
こいつにはプライドとか、そういうのがまったくないようだった。
ある意味清々しいな。
「……どうしよう、勇者?」
「え、そこで俺に振る?」
扱いに困って、魔王は俺の方に頼ってくる。
俺に聞かれても……
「やや! これはこれは、誉れ高き人間界の勇者様! さあ、足をお出しくだせぇ」
「あ、お前!? 俺の足はいいよ、離せ!!」
こっちの足も舐めようとしてきたのでどうにか抑えて、俺はニトを羽交い絞めにする。
「くっそ、まだ死にたくないの! お願い、わたしを解放してっ。もしくは養って!」
「お前死なないだろ……とりあえず黙れ」
うるさいので口を塞いで、周囲の魔族に助けを求めてみる。
「……おい」
しかし、誰も俺と目を合わせなかった。
たぶん、本能的にニトがヤバい奴だと察しているようである。
「よし、勇者に判断は任せよう」
「丸投げっ!?」
なんということだ。
恐らくは狂っているであろう小人族の生殺与奪を握ってしまった。
「お、お願い勇者様! あ、そうだ。わたしの体! 助けてくれたら、好きにしていいわよ!? 大丈夫、こう見えて大人だけど、たぶん満足させることができるから! まだやったことないけどっ」
「…………はぁ」
ため息をついて、俺はニトの口をしっかり塞ぎなおす。
仕方ない。このまま拷問を許可するのは、なんとなくだが可哀想な気がした。
「とりあえず、話を聞いてみよう」
なので、彼女の扱いについてはひとまず保留にしておくのだった。
ニトに話を聞くために、俺たちは応接の間に行くことにした。
一応、客人ということにしておいて、ごはんでも食べようと俺が提案したのである。
「勇者は優しいなぁ……こんなのに餌を与えるとは」
魔王は俺の隣で、感心したように目を輝かせている。
こいつは俺が何しても好感度上がるんだよな……別に大したことはしてないのに。
「うひぃ、どうにか拷問を回避できたわね……疲れた」
応接の間にて、丸テーブルに俺と魔王、それからニトが座っている。
他の魔族はみんな逃げてしまった。居るのはメイドくらいだ。
「失敬。一服、いいかしら?」
「ん? ああ、いいけど」
ニトは愛煙家なのか、一声かけてから懐に手を入れる。
そして、修道服から取り出したのは――白い粉であった。
「ふぃ~」
彼女は一服する。
白い粉の入った袋にストローを刺して、よりにもよって鼻の穴から吸い込んでいる。
一服って、ヤバい薬じゃねぇか!!
「おっと、これは謎の白い粉よ。別にヤバい薬じゃないから……あひぃ」
目がトリップしているというか、明らかにおかしいのは一目瞭然である。
ってか、その薬……人間界で作られている【快楽草】だろっ!
バリバリのヤバい薬だった。
「……お前、大丈夫か?」
「わたしは神に愛されてるのよ? 毒なんて効かないわよぉ……一時的にしか」
ああ、なるほど。
神に愛されてるから、毒系統のダメージもない。
だからヤバい薬も大丈夫とでも?
やっぱり頭が大丈夫じゃないなと、俺は彼女を見て思うのだった。




