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第二十話 禁断の果実

「勇者さん、はやくはやくっ」


 前を歩く人狼のシロは、尻尾をぴょこぴょこさせながら声を弾ませた。

 犬みたいに元気である。


「シロ、もう少しゆっくりでいいから」


 先に行かせないよう、その頭を押さえる。

 生えている耳がぱたぱたと動いていた。


「じゃあ、なでなでして?」


「はいはい」


「えへへ~」


 頬をだらしなく緩めながら、彼女は俺にくっついてくる。


 なんかあれだ。獣に懐かれた気分……以前までは俺のことを食料としてしか見てなかったくせに、ちょっと倒せばこうも態度が軟化するのか。


 とはいっても、魔族は全体的にこんな傾向があるので、シロに限った話ではないか。


 懐かれるのは悪い気分じゃないし。

 問題はロリコンになってるから、興奮しちゃいそうになるくらいだな。


「で、そろそろ乗せてくれない? まだまだ距離あるし」


「うん! 勇者さんと散歩できて満足したっ」


 さて、俺たちの向かおうとしている場所はここからもうしばらく進んだ場所にあるのだが、普通に歩いていては数時間かかるくほど遠い。


 なので今回はシロに乗せてもらう手筈となっていた。

 だが、彼女が散歩したいとか言い出したので、しばらく付き合ってあげていたのである。


 今ようやく謎の散歩欲が満たされたみたいだ。


「【第二形態】!」


 そして、シロの外見が変化する。

 可憐な少女の姿から一転、その体は徐々に肥大化していって……やがて、大きな白狼の姿になった。


 獣化、である。

 人狼であるシロの別の姿ともいえよう。


「ミナ、あんまり暴れるなよ。俺が支えるから」


 上に跨って、ミナを俺の前に座らせる。

 後ろから腰に手をまわして、彼女を支えた。


「シロ、走れ!」


 しっかりの乗ったことを確認して、シロに走るよう指示を出す。


 獣化したシロは遠吠えのような声を上げながら、勢いよく走るのだった。





 そうしてすぐに、目的の場所に到着した。


 ここは人間界の北部と南部を隔てる、大きな門が設置されている場所だ。

 現在、この門を通り抜けた先が人間のエリアとなっている。


 門のすぐ近くには、魔族の軍団が駐屯していた。


「勇者さん、ボク頑張って走ったよ! どう、偉い!?」


「偉いぞー。よしよーし」


「ぅきゃー」


 人型に戻ったシロとじゃれあっていると、やがて一人の魔族がこちらにやって来た。


「待ってたわよ、勇者。よく来たわね」


 視線をやると、そこにはほとんど素っ裸の女性が一人。


 おっぱいは大きく、お腹は引き締まっており、だというのにお尻もむっちりした、いわゆるエロい女性だった。


 彼女を見てなのか、すぐ隣にいたミナが俺の洋服をぎゅっと握ってくる。


「……魔族ってみんな、変態さんなの?」


 恐らくは格好のことを言っているのだろう。


 魔王やユメノをはじめ、タマモも肌を晒していたわけだし……シロも、ショートパンツにタンクトップと、肌色は多めだ。


 加えて、ここにやって来た魔族は局部に何かを張り付けて見えなくしてるだけの、いわゆる痴女なのである。


 清貧で慎み深いなエルフからしてみれば、変態に見えるのだろう。


「これくらい普通よ。サキュバスなんだもの。無知な女の子ね」


「み、ミナ……無知じゃないもんっ」


 小さな声で反論するも、それ以上の勇気は出なかったのだろう。

 彼女は俺の後ろに隠れてしまった。


「あら、嫌われたかしら」


 そう言いながらもまったく気にしてないようで、彼女はすぐに俺の方へ視線を向けてきた。


「戦いの時に何度か顔を合わせてるけど、改めて自己紹介しておくわね。私は淫魔侯爵のアルプ。今は人間の懐柔を担当してるわ」


「ああ、改めてよろしく。俺は勇者、魔王のヒモだ」


 握手を交わしてお互いに名乗る。


 彼女も戦いの時に何度も顔を合わせている相手だ。

 淫魔の軍を従える、エロい女である。 


「どう? 今夜、一緒に夜を過ごさない?」


 ほら、こうやっていつも誘ってくるのである。

 勇者時代からそうだった。お前に精器吸われたら操り人形にされるだろうがっ。


 それに、今の俺はロリコンである。


「お断りだ。幼女になって出直せ」


 おっぱいなど脂肪だ。

 でかいだけで興奮はしない。


 今の俺はアルプと正反対の女性が好みなので、誘惑には絶対に乗らない自信があった。


「そう、残念ね。今度は小さなサキュバスを用意しておくわ」


「……ごめんなさい、マジでやめて。俺、我慢できる自信ねぇよ」


 本当に、やめてほしいです。


 このままだとロリサキュバスを紹介されそうだったので、俺は急いでここに来た要件を伝えることにした。


「それで、人間界の方はどうだ? 歯向かってくるやつとかいるのか?」


 ここは戦線である。

 目と鼻の先に敵対軍がいるのだから、立ち向かってきてもおかしくはないだろう。


「最初の数日は、もちろん抵抗してきたわよ。でも、そのあたりは悪魔軍が蹴散らしちゃって、それからはのんびりしてるわね」


 魔族の中でも屈指の武闘派軍団、悪魔軍。

 並みの兵なら彼らに適うはずもない。大敗している姿が容易に想像できた。


「今は降伏してくる人間を、私達の力で人形化してるわ」


 淫魔と性交すると、操り人形となる。

 敵を懐柔するという観点でみれば、淫魔以上にふさわしい相手は居ないだろう。


「なるほどな」


 言われて、俺は状況を理解した。


 この駐屯地には淫魔の軍団しかいないのだ。悪魔軍は役目を終えたからか、どこか別の場所に行ってるらしい。


 総合的に判断すると、もう人間は魔族相手に抗う意思はないようだ。

 門番も上からぼんやり見てるだけだし、仕事をしている気配はない。


 普通、俺が来てるんだから慌てるくらいしてもいいのに……相変わらずの無能だった。


「それで、勇者はこの後どうするのかしら? 視察は終わったのよね? 帰るのなら、その前に幼いサキュバスを数人くらい……」


「おっと! それがまだやることあってな!」


 すかさず誘惑しようとするアルプに、俺は首を振る。

 流される前に、ここから逃げ出さなければ……っ


「人間界の奥の方に、ミナを連れて行こうと思ってるんだ。ここからは走って行くから、シロは戻っておいていいぞ?」


「え~? 送っていくのにっ」


「この門通って行くから、お前の大きい身体だと目立っちゃうだろっ」


 そう言って、俺は後ろに隠れているミナを抱き上げる。


「もうちょっと、移動するぞ。目つぶっとけばすぐに着くから」


 未だ不満そうな顔のシロに大丈夫と目配せして、俺は加護を発動させた。


「【マルクトの加護・発動】」


 白い光が俺を覆う。身体能力を向上させてから、俺は走り出すのだった。


「じゃあな! また今度、ゆっくり食事でもっ」


 走る。加護を発動している俺は、門番に知覚させないほどの速度で人間界を駆けた。


 目的地は、人間界の奥。

 禁断の果実が実る、秘境である。

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