第一話 世界半分もらったから売ることにした
魔王と手を組んでから、全てはトントン拍子で事が進んだ。
まず、魔王城に潜入していた元俺のパーティーである魔法使い、僧侶、武闘家、戦士を捕獲。次に魔王と俺は人間界に乗り込み、好き勝手暴れてみせた。
人間界は俺の庭も同然である。王城への道やら諸々をサポート、地の利をなくした人間は慌てふためいてみっともなく敗北を認めることしかできなかった。
もともと、戦力を俺たち勇者パーティーに依存していたのもあって、想像以上に呆気なく戦いは終わった。
そうして、俺と魔王は人間界を制圧した。王城で王族やら重鎮やら要人を捕縛し、現在は交渉に入っている。
ちなみに、この場には元勇者パーティーの面々もいた。一応、こいつらも国の要人なので魔王城から連れてきたのである。
「さて、人間族の王……マルクトの血統を持つ者よ。貴様には二つの選択肢がある。一つは、我の要求を聞き入れて生きるか。もう一つは、我に抗って死ぬかだ」
ちんちくりんな魔王様の視線の先。そこには、ロープで縛られた人間族のお姫様であるメレク・マルクトが地面に倒れていた。
ゆるふわ金髪ウェーブの、おっぱいが大きいお姫様である。見た目おっとりというか、清楚な雰囲気を漂わせているが……こいつは夜な夜な気に入ったイケメンとエロいことをしているビッチである。見た目詐欺とはメレク姫のことを言うのだろう。
「そんな……わたくしに、これ以上何をしろと言うのですかっ?」
彼女は震えた声を発していた。怖がっているようだが、これは演技である。こいつはこの程度で怯えるほど可愛くない。
「世界を渡せ。貴様ら人間の世界を、我に寄越せ」
「と、突然、父を殺しておきながら、いきなりこんな大切なことを決めろだなんて……っ」
ちなみに、メレク姫の父であった王はさっき魔王様が殺した。豚みたいにでっぷり太っており、性根も最悪だったので見るに堪えかねてついつい殺しちゃったらしい。
「ああ、偉大なる魔の王よ……どうか、矮小な我ら一族に慈悲をくださいませ」
涙ながらに懇願するお姫様。その姿を見て、俺は思わず頬を引きつらせてしまった。
「うっわ……魔王、こいつどうせ保身のことしか考えてないだろうから、話聞く必要ないぞ?」
媚びた声は聞き覚えのあるものだった。俺を騙すときも、よくこんな感じで喋っていた記憶がある。
「無論だ。我は二択しか与えていないのだからな。それ以外の答えは、死を意味すると心得ろ」
俺の忠告に頷く魔王様は端から聞く耳を持ってなかったようだ。要らぬ心配だったらしい。
「まあ、要求を聞き入れぬのなら、人間を皆殺しにするだけだ。人間族の生存権を貴様は握っているということだな。殺すも生かすも自由だ……さあ、どうする?」
「……セフィロトから人間を消すなんて、そんなことは許されません!」
セフィロト――俺や魔王など、生物の住まう世界を構成する一本の木のことだ。またの名を『生命樹』ともいう。
これに十の枝――つまり世界が存在し、第十世界『マルクト』は人間の世界の名である。ちなみに魔族の世界は第一世界の『ケテル』という。
このセフィロトには、十の世界にそれぞれ十の種族が存在していた。全ての種族は、他の世界を自らのものにしようと日々争っている。人間と魔族も、お互いの世界を手に入れようと争っていたのだ。
そして今日、魔族が人間に勝利を収めた。今、魔王は最後の一手を打っている最中である。
「っ……選択肢など、最初からなかったようですね。誰かさんの裏切りで、全てはもう終わりです」
と、ここでお姫様は俺の方に意識を向けてきた。恨みがましい視線に、されど俺は気にせず無視してやった。
言いたいことはあるが、今はそのタイミングはない。魔王との交渉を優先させる。
「おい、その目は何だ? 殺戮を所望しているのか?」
「違います! わ、分かりましたっ。人間の世界を、お渡しします」
そうしてとうとう、お姫様が折れた。毅然とした魔王の態度にどうすることもできないと悟ったであろう彼女は、諦めた様子でうなだれている。
対して、魔王は満足げに頷いてから。
「では、セフィロトの下に誓え。【人間の世界『マルクト』の全てを、我ら魔族に捧げる】――と」
一つ、お姫様に命ずる。セフィロトに誓う約定は絶対順守を意味するものだ。これを破ろうものなら、セフィロトから追い出されてしまうことになるので、生物である限り契約を破ることはできない。
「セフィロトの下に……【人間の世界『マルクト』の全てを、汝ら魔族に捧げる】と、誓います」
素直に約定を宣言した姫様。これで、人間の世界は本当に魔族の物となってしまったのである。
長きに渡る、人間と魔族の戦いが終わりを迎えた瞬間であった。
これで正式に、人間界『マルクト』が魔王の所有物となる。
「さて、勇者よ。貴様との約束も果たしておかねばな」
続けて、魔王はセフィロトの下にこんな約定を口にした。
「セフィロトの下に、【人間の世界『マルクト』の半分を、勇者に捧げる】と、誓おう」
そう。魔王城での約束通り、俺に世界の半分をくれたらしい。
「……なっ」
そんな俺を見て、その場にいた人間は誰もが目を丸くしていた。俺の行動が予想外だったのか、それとも俺を侮っていたのか……分からないが、そこはもうどうでもいい。
俺は、人間を裏切ったのだから、彼ら彼女らのことを何か思う意味などないだろう。
「魔王……ひと段落ついたところだし、ちょっとだけ俺に時間をくれないか? こいつらと、色々積もる話があるんだ」
話したいことがあった。今まで仲間として生きていた彼ら彼女らに、どうしても伝えたいことがあったのである。
「……うむ、外で待っている」
そんな俺に気を使ってくれたのか、魔王は静かに頷いてこの場から出て行ってくれた。こちらの気持ちを汲んでくれる、優しい王様である。
これが魔王の優しさだ。そんな彼女とのこれからを、より楽しく過ごすためにも――ここで、過去を清算しなければなるまい。
「さて、お姫様? 一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「……裏切者めっ」
おっと。お姫様が本性を現したようだ。俺を殺さんばかりに睨んでいる。
怖い怖い。だが、温い。常に第一線で戦っていた俺に、この程度の殺意は温すぎた。
「そう睨むなよ。俺とお姫様の仲だろ?」
飄々を笑い返してやり、俺はこんな言葉を口にするのだった。
「で、俺は今、この世界の半分を持っているわけだけど……いくらで買う?」
「――へ?」
「だから、マルクトの半分。値段次第では、売ってやるって言ってんだよ」
お姫様は、俺の言葉を聞いて不可思議そうに眉をひそめていた。俺の思惑が理解できていないらしい。
だから、俺ははっきりと言ってやったのだ。
「世界よりも金だ! 俺は勇者を引退して、魔王の隣でダラダラ生きていくことを決めたんだよ。そのために、金が必要なんだ……ほら、さっさと寄越せ。世界の半分、売ってやるんだから、感謝して買えよ」
世界など不要。これからの俺に必要なのは、金だ。
故に、俺はお姫様から世界の半分を餌に、金を巻き上げようとしていたのである。我ながらなかなかのクズだが、まあこれくらい許してくれるだろう。
何せ、今まで報われなかったのだ。少しくらい、還元してもらおうと思う。




