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第十四話 勇者が居なくなった結果、人間が試みたこと

「【マルクトの加護・発動】」


 場所は変わって、人間界――王城の謁見の間にて。

 勇者は、軽薄な笑みを浮かべて眼前の元仲間達を眺めていた。


「ゆ、勇者!? てめぇ、何しに来やがった!」


 その場の一人である魔法使いが叫ぶ。


「いったい、いつから……いえ、どうやってここにっ」


 玉座に座るメレク・マルクト姫殿下も驚きの表情を浮かべていた。


「「「…………」」」


 残る三人の、僧侶、戦士、武闘家も無言ながらに動揺を見せている。


 まるで、見られたくないところを見られてしまったような態度だった。


「魔王の言った通り、だったか」


 彼ら彼女を見て、勇者は呆れたように肩をすくめる。


「それ、【快楽草】だろ?」


 視線の先には、一つの魔法アイテムがあった。


 快楽草――依存性のある一種の薬である。これを粉末状にしたものを摂取したが最後、その者は廃人となってしまう。


 セフィロトでただ一つ、人間界でのみ生産できるアイテムだ。


 ただし、効果がよろしくないので生産は禁止されていたはずなのだが……どうやら、その禁を破ってひそかに生産していたらしい。


「もしかしてだけど……お前らが捕まえているエルフに、無理やり注入しようとしてたのか?」


 勇者の問いかけに、一同がビクンと体を揺らした。

 分かりやすい反応である。


「……魔王の言ってた通り、本当にお前らってクソだよな」


 勇者は呆れて怒る気力もないようで、その口元には乾いた笑顔が張り付いている。


「一つ、言っておくぞ? お前らの動向は、魔族に把握されている――って。この世界に魔族の侵略を許した時点で、手の内はバレてると何で気付かないんだ? あいつらは種族として、俺たち人間より遥かに優れているんだから」


 人間界『マルクト』の半分を支配した魔族側がまずやったことは、人間側の監視である。今も上空や地上、あるいは地下に魔族がいるのだ。


 場所に適した特性を持つ魔族によって、人間側の情報は全て漏れている。


 故に、魔王は人間側がエルフを捕縛していたことを知っていたのだ。


「おおかた、俺がいなくなって戦力が不足したから、あのエルフに守ってもらおうとしたんだろ? 奴隷にした上に薬で精神を壊して、言いなりになるようしたかった。つまり――俺の代わり役に、仕立て上げようとしたわけだ」


 勇者の指摘は、寸分違わず正しかったのだろう。


「――――」


 誰も、何も言わなかった。

 ただひたすらに、勇者を睨むだけだったのだ。


 そんな態度に、勇者は目を細める。


「胸糞悪いし、不快ではあるけど……悪くない手だな。いかにも、お前ららしい」


 自分たちが無力であることを自覚できる点は評価していた。


 しかし、それでも勇者は落第点をつける。


「悪手ではないが、最適解でもないな。お前らって本当に、情けない奴ら」


 勇者が居なくなった結果、人間が試みたこと――それが、他種族を誘拐して守護者になってもらおうとした、なんて。


「他力本願にも程があるだろ」


 情けない。その一言に尽きた。


 これみよがしに肩を落として見せる勇者に、沈黙を破って姫が言葉をあげる。


「……それで、何をしに来たのですか? そんなことが、言いたかっただけですか?」


 苛立ちもあるようだが、警戒の色も見せていた。

 その判断は正しい。


「ああ、違うよ。俺は――姫を、殺しに来たんだ」


 勇者はなんてこともないような態度で、姫を殺すと宣言した。


「ど、どうしてっ」


「あー……あれだ。前にお前、悪戯で俺の食事に毒盛ったことあるだろ? あの時の恨みを果たそうと思ってな」


 適当な理由で殺すと宣言する勇者を前に、魔法使い、僧侶、戦士、武闘家が即座に動く。


「――っ!!」


 姫を守るように前に出た。

 臨戦態勢をとる彼ら彼女らに、勇者は呑気な欠伸を返す。


(ま、嘘なんだけど、こう言っておけば陽動にはなるだろ)


 そう。彼がここに来ている目的は、陽動なのだ。


 現状、人間界で唯一の戦力であろうこの四人をここで抑えつける。

 その間に、魔王とユメノが奴隷エルフを連れ去る、という筋書きだ。


 戦力に差があるのでこんなことしなくても良い気がしないでもなかったが、魔王の慎重な判断に従って彼は陽動役を受けたのである。


 魔王の転移によって城に侵入、そして今こうやって相手と対峙しているというわけだ。


(さて、と……せっかくだし、ちょっとだけ稽古つけてやりますかね)


 構える元パーティーメンバーを見据えて、勇者もまた動く。

 先手を打ったのは、メンバーの中で一番小柄な武闘家であった。


「【闘神の加護・発動】」


 己の肉体のみで戦う彼女は装備も軽く、この中では一番速い。


 戦いが始まった時、不意を打って相手を混乱させること。

 それが、彼女の役目だ。


「【崩拳ブレイク・ショット】!」


 技を発動。心臓目がけて放たれた一撃に、勇者は一歩前に出る。

 そして、武闘家と交錯した一瞬で――彼は、カウンターを入れるのだ。


「がはっ……」


 膝を腹部に受けて、武闘家は悶絶する。

 自分が走っていた威力も相まって、苦痛に呻いていた。


 そんな彼女に、勇者は一言。


「技の発動が遅い。もっと速く動け……でないと、こうやってカウンターを受けることになる。お前には速度しか武器がないんだから、もっと磨かないとダメだぞ」


 まったくもってダメだと、唾棄した。


「次、戦士!」


 武闘家を無力化して、勇者は戦士に向かって迫る。


「っ!」


 戦士は魔法使いの前で大剣を構え、迎撃の姿勢をとっていたが……勇者の体捌きに、ついてこれなかった。


 回避することなどできるわけもない。戦士は胸元に拳を受けてしまう。


「ぐぁ……」


 拳は、容易に戦士の来ていた鎧を破壊した。


 その場で膝をつき、前向きに倒れ込む戦士に……勇者はため息をつく。


「鈍重なのは仕方ないにしても、お前はこのパーティーでタンクにあたるんだから、もっと耐久力つけろ。いくら何でも弱すぎだろ」


 足元の戦士にやれやれと肩をすくめる勇者。


「『風の精霊よ、炎の精霊よ……力を貸してくれ――【二属性魔法ダブル・マジック】』!」


 そこで、不意を打つかのように魔法使い攻撃を放った。

 風と炎の二属性混合魔法が、勇者へと迫る。


「弱い」


 だが、その程度の魔法が勇者に通用するはずもなかった。

 はたくように、魔法を払う。


 ただそれだけで、魔法使いの攻撃は消失したのだ。


「なっ……」


 驚く魔法使いに、それは的外れな反応だなと勇者は顔をしかめる。


「歴代の魔法使いは五属性の混合魔法を余裕で使いこなしてたみたいだぞ? お前も、せめて並みくらいの魔法使いにはなれよ」


 それだけを言って、魔法使いの脇腹に蹴りを入れた。

 適格な一撃に魔法使いは昏倒する。


 そして残ったのは、魔法使いの後ろでおろおろするだけの無能な僧侶である。


「……バカじゃないのか」


 彼女に、勇者は容赦のない言葉を浴びせる。


「回復役なんだろ? お前ひとりが残ってどうする……まず武闘家がやられた時点で即座に回復しておくべきなのに、怯えるばかりか? 少しは考えて動け」


「――ぅ、ぁ」


 ダメ出しの後、彼女の言葉を待たずにそばをすり抜ける。

 そうして、一番後方で顔を蒼白にするお姫様に……彼は、ゆっくりと歩み寄るのだった。


「ひ、ひぃ……やめて、くださいっ。どうか、命だけは」


 勇者に怯えるメレク姫は、形成が悪いと見るや否やな土下座して命乞いを始めてくる。


 仮にも人間族のトップなのに、情けないにも程があった。


「はぁ……俺、よくお前らを守れてたよな。本当に、優秀だったと思うよ」


 自画自賛であるが、過大評価ではない。


 こんな無能な一族を守っていた勇者は、少なくとも魔王がべたぼれするくらいには有能な守護者だったのだから。


「一応、言っておく」


 土下座して、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を浮かべる姫に、勇者はこんなことを言う。


「努力する方向が間違ってるんだよ。お前らに必要なのは、守り手じゃない。たかが一人の守り手がいたくらいで、どうにもならないくらいお前らは弱いんだから……強くなるしか、ないんだよ」


 勇者は、バカにするように嘲笑する。


「ちょっとは努力してみろよ、無能共」


 わざと煽るかのような、安い挑発の言葉だった。

 されど、その場に居たメンバーは、かつて勇者を見下していた一員なのである。


「調子に、乗るなよっ」


 魔法使いの言葉が、全員の気持ちを物語っているような。

 同調するように、誰もが勇者を睨んでいた。


 その視線を、勇者は鼻で笑う。


「お前らに言われたくねぇよ、雑魚が」


 そうして、勇者は【快楽草】の粉末を足蹴にした。


(よし、これくらいでいいかな。もう面倒だし)


 陽動役としては完璧だろうと、勇者は働くことを辞めた。


 暇つぶしに快楽草を踏みにじって、使用をできなくしているところで、ようやく魔王たち一行が転移で姿を現してくれる。


「勇者よ、終わったから帰るぞっ」


「分かった。じゃ、稽古の駄賃にエルフはもらってく。次会うときまでに少しはマシになっとけよ」


 こうして、一行は奴隷ロリエルフを入手することに成功した。


 すぐに消えた魔王と勇者を見て、土下座していた姫が低い声を発する。


「――殺してやる」


 毒々しい殺意の感情は、されどもこの場に居た誰もが抱くものでもあった。

 この時から、元勇者パーティーは変わる。


 強くなる努力を、彼ら彼女らは始めたのだ。

 全ては、勇者を殺すために――

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― 新着の感想 ―
[一言] 師のせいで志半ばで挫け、その師によって再び前を向く事になるとか皮肉すぎ クソみたいな労働条件で働かせて仲間内にも見下されて民にすら馬鹿にされてる勇者が何故人間の国から離れたのか理解できない時…
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