後日談その1 疲れたから甘やかされたいという話
人間、うまくいかないことがあると何もかも嫌になる。
俺は今日、買い物に行った際に財布を落としてしまった。魔王に使う媚薬を購入しようと思ってたのに、結局買うことはできなかったので、酷く落ち込んでいたのである。
「うわーん、ママ―」
何も買うことができなかった買い物から帰宅して、俺は魔王の部屋で泣いていた。
もういい大人だというのにわんわんと泣いている。そんな自分を情けなく思わなくもないが、悲しいという感情を消すことはできないので仕方ないだろう。
「よしよし、落ち着くのだ勇者よ……そうやって泣いてたら、我も悲しくなるのだ」
そんな俺を魔王は優しく抱きしめてくれている。
ベッドの上で、まるで赤ちゃんをあやすかのように、魔王は俺を胸に抱きながら頭をなでなでしてくれていた。
小さな胸だが、どうしてだろう……包容力に溢れている。ほのかに柔らかくて、温かくて、それからとてもいい匂いがした。
ドキドキという魔王の心音がまた心地良い。優しい手つきでなでる彼女の指は細くしなやかで、触られているだけで心地よかった。
だからこそ俺は、彼女の胸の中で安らぐことができる。
彼女の胸に抱かれているからこそ、財布を落とした悲しみを我慢せずに発散しているのだ。
「俺はダメ人間だ……財布を落とさないこともできないようなクズ人間だっ」
ダメだ。魔王がそばにいるという安心感のせいで、感情が我慢できない。
俺は思わず、自分を責めるような言葉を発してしまう。
そうすると、魔王がコツンと俺の頭を叩いた。
「こら、そういうことを言うなっ。我の愛する勇者をバカにするのは、たとえ勇者本人だとしても許さないと言っているであろう?」
「でも……でもっ。財布を落とすようなダメ人間、魔王は失望しないか? こんなにバカな俺を愛せるのか?」
何かを失敗すると、不安が次々と押し寄せる。
悪い方向に思考が流れて、被害妄想じみたことを考えるようになる。
こんなこと、言われてる方は『めんどくさい』と思ってしまうだろう。
だが、魔王はそんなこと言わずに、俺の言葉をしっかりと受け止めてくれた。どんなにダメな俺だろうと、彼女は見捨てずにいてくれるのである。
「愚問だなっ。何を言っているのだ……我は勇者がどんなに失敗をしても、嫌いになることはない。勇者が我を愛さなくなっても、我は勇者を愛し続ける。死ぬ時までずっと一緒だから、死んだ後だって愛し続けるのだ」
その言葉は、俺の傷ついた心を優しく癒してくれた。
「大丈夫なのだ。失望なんかしない。そばにいる。ずっと見守る。もし、勇者が自分のことをダメダメだと思うのなら、ダメダメじゃなくなるまで、我も協力する。だから、もう泣きやんでほしいのだ……よしよし、いい子だから、ね?」
ギュッと、少し強めに抱きしめられて、俺の涙腺はとうとう崩壊した。
「うわーん、魔王……だいしゅきだよぉおおおおおお!!」
「うん、当然だな。我も愛しておるぞ? まったく、仕方のない旦那様なのだ……今日はとことん甘えるがいい。気が済むまで泣いたら、また我を愛するのだぞ?」
「うん! いっぱいあいしゅるよぉおおおおおおおお!!」
辛い時、苦しい時、そばにいてくれる妻がいる。
それはとても、幸せなことだった――




