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第十三話 奴隷ロリエルフちゃん、ゲットだぜ!

 迂闊だった。

 まさか人間ごときに誘拐されるとは思っていなかった。


「っ……」


 第十世界『マルクト』にある、人間族の王城――その地下牢にて、彼女は唇を噛んでいた。


 金髪碧眼の、真っ白な肌を持つ美しい少女である。

 外見はおおよそ人間に近いが、しかしその長い耳が彼女が人間でないことを物語っている。


 第九世界『イェソド』に存在する、森妖精――つまり、彼女はエルフなのだ。


 名はミナエル・エロハ。エルフでも伝統ある一族の生まれである。


 そんな彼女は今、ボロ切れをまとった姿で地下牢に閉じ込められていた。


 両手を宙から釣り下がったロープにくくられているせいで、この場から身動きはとれない。


 どうすることもできずに、ミナエルはただひたすらに耐えることしかできなかった。


「ぐへへ、エルフの嬢ちゃんよぉ? いいかげん、楽になっちまえよ」


「イヒヒ、悪い扱いはしねぇよ!」


「ギャハハ! まあ、今の嬢ちゃんを眺めるのも楽しいけどなぁ」


 牢の外には常に監視の目がある。

 複数の人間が彼女に舐めまわすような視線を向けていた。


 プライドの高いエルフにとって、その視線は何よりも耐えがたいものだった。


「……汚い目で見ないでっ」


「おうおう、その生意気な目もいいぜ! ぞくぞくしちまうよっ」


 抵抗も無駄だった。ロープは魔法アイテムらしく、彼女に魔法の使用を許してくれない。


 エルフは魔法能力こそ優れている者の、腕力に関しては脆弱なのだ。

 固く結ばれているロープをほどくことも、ちぎることだって彼女にはできない。


(なんで、ミナがこんな目に合わないといけないのっ?)


 悔しくて、許せなくて、ミナエルは零れそうになる涙をこらえた。


 ほんの些細な家出のつもりだった。


 伝統ばかり重んじる一族の息苦しい生活に耐え切れなくなり、息抜きのつもりで第零世界『ダアト』に遊びに行ったところで、人間に捕縛されてしまったのである。


 メンバーは四人。魔法使い、僧侶、戦士、武闘家という面々だった。


 実力的にいえばミナエルが上だったはずだが、不意打ちに加えて連携も上手く、更には魔法アイテムまでふんだんに使用されたものだから、捕まってしまったのである。


 ミナエルはまだエルフの中でも幼い少女だ。

 なので、魔法の力がまだ十分に発達してなかったことも、原因の一つに挙げられよう。


 彼女が連れ去られた理由は、ただ一つである。


「ほら、早く誓約しちまえよ。【人間の奴隷になります】ってなぁ」


 そう。人間側が、ミナエルを奴隷にしたがっていた。

 セフィロトの下に約定を結び、絶対順守の命令をもってミナエルに首輪をつけようとしていた。


 理由は彼女に分からない。

 だが、きっと聞いたところで納得はできないだろうと、彼女は理不尽な人間に怒りを抱く。


「絶対、イヤっ」


 だから、抵抗していた。

 捕縛されてから数日経つが、頑なに拒絶を続けていたのである。


「面倒な嬢ちゃんだぜ。おい、お姫様に例の件、許可貰ったか?」


「へい。先程、連絡をいただきやした」


 ミナエルに不躾な視線を送る男共は、おもむろにこんな会話を交わし始める。


「できれば無傷が良いらしいですけど、これ以上言うことを聞かないなら問題ないそうですぜっ」


「ようやくかよ! ああ、待ちわびたぞぉ」


 聞きたくなくても耳に入る言葉に、ミナエルはぞくりと体を震わせる。

 嫌な予感がした。男共の汚いオーラが、より濃くなった気がしたのである。


 そんな彼女の直観は、概ね正しい。


「やっとだ! やるぞ、お前ら!!」


 そう。ミナエルが言うことを聞かないから、痛い目にあわすぞ――と。

 一種の拷問に近いだろう。


「ぐへへへへ」


 下卑た笑い声に、ミナエルは顔面を蒼白にする。


「ぃゃっ……来ないでっ」


 後退を試みるも、ロープのせいで逃げることはできなかった。

 男たちが近づいてくる。ミナエルはあまりの恐怖に気を失いそうになった――その時だ。





「何やら愉快なことをしておるな、人間共」





 幼く、されども慄然とした声が――地下牢に、響き渡った。


「ああん!? なんだてめぇは!!」


 褐色の肌の、長い黒髪を持つ、金眼の少女だ。


 突然の登場に男達は驚きの表情を浮かべている。


「やれやれ、礼儀がなってないな」


 一方、褐色の幼女は場にそぐわない気楽な調子で、ため息をつく。

 そんな彼女の登場に、ミナエルはぽかんと口を開けていた。


 男共は頭が悪いので気付いてないらしいが、この褐色幼女は突然に現れた。

 まるで、牢の影から染み出るように……


「ふむ。貴様らは我の顔も知らんのだな。大方、ずっとあやつが守ってくれていたから、戦線に出た事もないといったところか。何ともまあ、嘆かわしい」


 大の男数名に襲い掛かられても、褐色幼女は動じない。

 むしろ呆れたと言わんばかりに、ため息をついて。


「退け」


 一言、毅然として放たれた言葉と共に――男共が、膝をついて屈服した。


「あ、ぁあ……ぁぁ」


「や、やめ、ひっ」


「な、に、がぁ」


 ガタガタと震える男共は、全身から汗を噴き出している。

 彼らに植え付けられたのは、恐怖だ。


「愚かな貴様らに教えてやろう。我は『魔王』――頭が高いぞ、人間」


 ぞっとするほどの禍々しいオーラ。

 その褐色幼女――魔王が少し殺気を放っただけで、男共は立っていられなくなったのだ。


「さて、エルフよ、貴様に問おう」


 魔王はそこで、囚われたエルフに意識を向けた。


 放たれる闇を連想させるオーラにミナエルはくじけそうになるも、エルフの誇りを支えに顔を上げる。


「ほう。素材は、悪くないようだな」


 気丈な態度に、魔王は関心したかのように目を細めてから、こんなことを口にするのだった。


「我の奴隷になるか、この男共の好きなようにされるか、選べ」


 提示された二つの選択肢。

 ミナエルは、どちらかも選ばないという選択肢がないことを、眼前の絶対的強者から感じ取っている。


(魔界『ケテル』の王……どうして、こんなところに)


 噂では聞いていた。

 悪辣なる魔族を統べる、幼き少女の皮をかぶった魔の王。


 抗ったが最後。敵を無慈悲に殲滅するその残虐な一面に、プライドの高いエルフでも一目置くほどの存在なのだ。


 拒絶などできるわけもない。

 かといって、人間の好きにされるのはもちろん嫌だ。


 故に、彼女はこう答えることしかできなかったのである。


「……セフィロトの下に、【ミナエル・エロハは魔王様の奴隷になること】を、誓います」


 頭を垂れて、敬服の意を示す。

 人間とかいう下等な生物に屈するより、魔王という至高の存在に従う方が良いと、ミナエルは判断したのだ。


「良き答えだ。なかなか頭も冴えるようだな」


 ミナエルの態度に、魔王は上機嫌な様子で笑みをつくる。

 それから、彼女は後方の影に向かって、おもむろに声を上げた。


「ユメノ、出てこい」


「はい、魔王様」


 誰も居ないと思っていたその場所には、サキュバスもまた存在していたらしい。

 気配さえ感じ取れなかったと、ミナエルは驚いていた。


 そんなミナエルのロープを解きながら、魔王はユメノに一つの命令を与える。


「そこの男共に罰を与えよ。同族である勇者に免じて命までは取らないでやるが……生理的に受け付けなくてな。とりあえず、好きなようにこらしめてみろ」


「分かりました」


 ユメノは文句ひとつ言わずに頷いて、未だに這いつくばる人間達に向き直る。

 それから発動させたのは、魅了チャームの魔法であった。


「――よし、完了です」


 一瞬の内に術をかけたユメノは、満面の笑顔で魔王に報告を行う。


「とりあえず、ホモにしました! 女の子を襲うような下劣漢には、お似合いかと思いまして」


 それは、無慈悲ともいえような罰で。

 魔王はユメノの報告に満足げな首肯を返していた。


「ご苦労」


 ちょうどロープも解けて、ミナエルは自由の身となる。彼女が魔王にありがとうと感謝を述べるその後ろで、男共は何やら怪しげな雰囲気を見せ始めた。


「た、隊長! 俺、実は、隊長のこと……っ」


「おい、抜け駆けはずるいぜ! 隊長、俺だって!」


「……お前らの愛は伝わった。二人とも、しっかりと受け止めてやる!!」


 あ、これ見ても聞いてもダメなやつだ。


 そう直観したミナエルは、とりあえずいい気味だと溜飲を下して、魔王の方に意識を向けるのであった。


 褐色の幼女は、一仕事終えたと言わんばかりに額を拭っている。


「さて、勇者の方は、どうなっているのか」


 陽動係を引き受けた勇者――彼のことを、魔王は案じていたのだ。

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