第百三十話 英雄賛歌その十一『勇者の性癖』
「やーっ」
力の抜けるような掛け声が響き渡る。
ロリサキュバスのユメノは一生懸命『魅了』の術をかけていた。
対する勇者は、数十人のサキュバスから『魅了』をかけられても微動だにしなかった鉄の男である。
そのはず、だったのに――
「ぐぎぃ!? っ、ぁ……」
彼は足をガクガクと震わせて痙攣していた。
必死に『魅了』に抗おうとしているのか、顔が真っ赤である。かなり効いているようだった。
その光景に、先程無残にも敗北した巨乳サキュバスのアルプが絶句していた。
(な、なんで……あの子の『魅了』だけ効いてるのよ!?)
たった一人の力だ。しかもユメノは人間界にやって来た一団の中で最も若い少女である。まだ力も使いこなせているとは言い難い未熟な少女だ。
タマモから目をかけられており、才能があることもなんとなく感じ取っていたが、アルプより力が強いわけではない。これはただの事実であり、強がりでも何でもなかった。
将来的にはアルプを抜く可能性は十分にある。だが、今の時点ではまだアルプの方が圧倒的に実力は上である。
しかし、勇者に対してユメノはものすごく善戦していた。
「い、いいかげんに楽になってもいいのですよっ? ほら、サキュバスの虜になれば、エッチなこととかしてあげますからっ」
「ぐ、ぅ……俺は、勇者だっ。性欲に、負けない……っ!」
「むぅ。私、サキュバスだけど処女ですよ? 貪りたくないですか?」
「……ゆ、誘惑なんて、されていないんだからなっ」
「私、タマモ様から房中術を叩き込んでもらったので……初めてですけど、腕には自信ありますよ?」
「っ!!!?? か、甘言に、惑わされてたまるかぁ」
勇者はフラフラである。この状態に至ってなお抵抗するあたり流石だが、術の虜になるのも時間の問題に見えた。
彼自身、まずいとは理解しているのだろう。
いつもは『勇者だから』などと口にして決して臆さない彼が、この時ばかりは腰が引けていた。
ユメノという存在に、彼は脅威を感じていたのだ。
前魔王、その配下たちをことごとく退けてきたこの男が……たった一人の、しかもまだ成熟していないサキュバスに苦戦していたのだ。
明らかに勇者は劣勢である。
このままだとユメノに魅了されてしまう。そう判断したからか、このあたりで勇者は――敵に背を向けた。
「お、覚えてろよっ」
らしくない捨て台詞を吐き捨てて、彼は一目散に退散する。
一応、ユメノ以外のサキュバスには勝利しているので、敗北とは言えないが……この勝負は引き分けとなるだろう。
「ふぅ……ど、どうにか、みんなを守ることができましたっ」
逃げる勇者を見てユメノは安堵の表情を浮かべる。
彼女は倒れたみんなを守るために、一生懸命がんばっていたのである。
ユメノとしては、特に大したことをした自覚がないのだろう。
だが、彼女は今――魔族の中で唯一、勇者を撃退した存在なのである。
「……し、信じられないわっ」
その事実に、アルプはポカンとすることしかできなかった。
「な、なに!? あの勇者を撃退しただとっ」
サキュバス一同がどうにか歩けるようになるまで回復した後、魔王城に戻ってアルプはすぐに顛末の報告をした。
「ええ。この子が、やってくれたわ」
「ふぇぇ……た、たまたまですよぉ」
隣にはユメノもいる。アルプがわざわざ連れて来たのだ。
「悔しいけれど……彼女は逸材だわ。私達は何もできなかった」
「……ふむ。こやつだけが勇者を追い詰めることができたのか……で、だ。ゆ、勇者の性癖は、きちんと調べてきたか?」
魔王はそわそわしながら、アルプの報告を待つ。
実は彼女、サキュバスの勝敗よりも勇者の性癖の方が気になっていた。
早速の問いかけに、アルプは即答を返す。
彼女は、勇者の性癖を察知していた。
「勇者は――ロリコンよ」
そう。アルプの目は勇者の潜在的な性癖を見抜いていた。
まだ彼に自覚はない。でも、絶対にロリコンだとサキュバスで最も力が強いと言われた彼女が断じたのである。
「私達、普通の巨乳サキュバスには微塵も魅了されなかったのに……幼いユメノだけ、強く魅了することに成功したわ。一応この子も巨乳だけれど、彼が普通に巨乳好きなら私に魅了されないわけがない。だからユメノのロリ要素に、勇者は魅了されたと思うの」
確信をもって紡がれた言葉だった。
堂々としたその宣言に、魔王は――とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「そうだったのか! うむうむ、良い報告である!!」
彼女にとっては朗報である。何故なら魔王は、幼女だ。
つまり、勇者の性癖に合致している。大好きな人の好みでいられて、彼女は純粋に喜んでいたのだ。
魔王はとても上機嫌である。
「アルプよ、素晴らしい働きぶりを評価しよう。貴様には六魔である『淫魔侯爵』の称号を与える。これからは我のために、懸命に尽くせ」
「っ……ありがたいお言葉です」
アルプは当初の目的通り、称号を手に入れることができた。これも彼女の分析能力のたまものである。
そして、今回の戦いで一番の功労者であるユメノはと言えば。
「ユメノよ。貴様には四天王の一席を与えよう。タマモ、スケさんと共に我を支えよ」
大出世だった。
「えぇええええ!? む、無理ですっ……私になんて、不可能です!」
「確かに貴様は少し力が弱い。だが、あの勇者を苦しめるとはなかなか将来性が見込める……もっと力をつける努力をしろ。そうすれば、四天王の名に恥じない存在となれるだろう」
「魔王様。サキュバスは性欲が強くなればなるほど、力が増幅します」
「なに? なら、ユメノには性行為を禁ずるか。これより貴様は我が許可するまで処女のままでいろ。性欲を強くして我の大いなる力となれ。いいな?」
「あ、あんまりですっ……理不尽ですよ、魔王様!」
そんなこんなで、魔族に新たな四天王が爆誕した――




