第百二十九話 英雄賛歌その十『VSサキュバス』
魔王の転移によって、サキュバスの一同は人間界へとやって来た。
あまり人のいない地域である。ここでなら、サキュバスの力を存分に発揮できると想定しての位置だった。
『魅了』
サキュバスが持つ力だ。これは文字通り対象を魅了し、隷属するというとんでもない力である。
魅了を用いれば精神の操作も可能だ。サキュバスは物理的な戦闘力こそ低いが、精神的な力は魔族の中でもトップクラスと言っていいだろう。
あえて僻地にやってきている理由は、術にかかる対称を勇者一人に絞るためだ。サキュバスの魅了には周囲一帯の知的生物を巻き添えにするタイプもあるので、余計な邪魔が入らないようにしたのである。
どうせ勇者は魔族を感知して、こんな僻地だろうとすぐに来る。
サキュバスの一同は警戒しながら勇者の到来を待った。
そしてあまり時間も経たずに、彼はやって来た。
「――来たわ。みんな、気をつけなさい」
アルプの号令によって、サキュバスは集中力を高める。
いつでも『魅了』できるように準備を整えていた。
「……なんだ、お前ら。魔族だよな?」
いつもとは違った相手を見て勇者は怪訝そうにしていた。
「戦意がないんだけど……殺してもいいのか?」
「ふふ、バカね。殺せるものなら殺してみなさい? どうせ無理よ……だってあなた、童貞でしょう?」
アルプの嘲笑に、勇者は眉をひそめる。
「まぁ、童貞だけど……挑発のつもりか? そんなくだらない挑発には乗らないぞ?」
「いえ、バカにしてるつもりはないわ。でもね、サキュバスが最も得意とする獲物は童貞なのよ……魅了しやすくて、私は童貞でも好きよ」
「は? 戦うつもりないなら、早く帰れよ……お前らみたいに弱そうなの倒しても意味ないし」
無駄足だったかと勇者はため息をつく。
そんな彼に、アルプはなおも余裕そうな態度を崩さなかった。
「可哀想に……すぐに言葉もしゃべれなくなるくらい骨抜きにしてあげるわね? さぁ、みんな――行くわよ。準備はいい?」
「「「はい、アルプさん!」」」
「じゃあ――せーのっ」
『『『魅了』』』
そして、一斉に魅了の術が発動した。
数十にも及ぶサキュバスは、それぞれがセクシーなポーズをとって勇者へとお色気ビームを放つ。
淡いピンク色の光線は、まっすぐに勇者を貫いて――
「……あのさ、そんな薄着してて寒くないのか? あと、そのポーズ変だからやめた方がいいと思う」
――貫いたはずなのに、勇者はなおも平然としていた。
サキュバスの『魅了』にかかっていなかったのである。
「っ!? 嘘よ、ありえないわ!」
アルプは目を見開いて驚愕していた。
アルプの計画では、もう勇者は魅了されて隷属できるはずだった。
言葉もしゃべれなくなるくらいの快楽に満たされて、アルプたちサキュバスの言うことしか聞けない人形になるはずだった。
だが、勇者は普通だった。
「ぐふっ」
「だ、だめぇ」
「う、ぁ……」
むしろ勇者を倒すどころか、むしろ魅了の術を放ったはずのサキュバス達が倒れている始末。
みんな眠るように気絶していた。
「くっ……もしかして、精神攻撃が効いていないということ!? この数のサキュバスに魅了されないなんて、どれだけ心が強いのよ……っ」
そう。勇者の精神は強靭だ。
彼の心の強さは常軌を逸している。異常なほどの固い信念によって精神は防護されているのだ。
サキュバスの魅了程度で揺らぐほど勇者は軟弱ではない。
今の彼は、欲望の一切合切をかなぐり捨てた英雄なのだから。
勇者は色に溺れるような格の低い英雄ではなく、真の英雄だったのである。
「ありえない……ありえないわよ!! 『魅了』!!!!」
精神攻撃は通用しない。
でも、アルプはそれを認めたくなくて、一心不乱に術をかけ続けた。
過激なセクシーポーズで勇者を魅了しようと試みたが、やはり勇者の心が揺らぐことなく。
「ぐ、がっ」
むしろ、無理をした反動でアルプの精神にダメージを負ってしまった。
先程倒れたサキュバスたちも、この反動で気絶したのである。
「く、うぅ……」
地面に倒れたアルプは、口惜しさに呻く。
あまりにも呆気なく、サキュバスは全滅して――
「ごめんなさ~い! おトイレしてて遅れちゃいました……って、えぇ!? もう戦い始まってたんですかぁっ」
――全滅は、していなかった。
偶然にもこの場から離れていた、唯一の生き残り――サキュバスのユメノが、やって来たのである。
「ゆ、め……にげ、て」
アルプはどうにかユメノを逃がそうと言葉を発しようとする。
だが、ダメージのせいで、上手くしゃべることができなかった。
「わ、私も、頑張りますねっ」
ユメノは倒れたみんなを守るように勇者の前へと躍り出る。
対する勇者は、呆れたようにユメノを見守っていた。
「おい、そろそろ帰れよ……俺も、暇じゃないんだけど?」
「い、いきますっ――『魅了』!」
だが、勇者の言葉は、一生懸命なユメノに聞こえていない。
彼女はサキュバスの仲間達を守るために、力いっぱい勇者へと魅了の術をかけた。
当然、魅了が効くことはない―――はずだったのだが。
「ぐはぁ!?」
ユメノの魅了に、勇者は苦悶の表情を浮かべる。
他のサキュバスの魅了は通用しなかったというのに……ユメノの魅了だけは、かなり効いていたのだ――
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