第百二十八話 英雄賛歌その九『果たしてこの英雄は色に弱いのか』
「タナカでも歯が立たなかったか……勇者の実力は底知れんな」
「面目ありません。当分は戦えそうにないようです」
魔王城にて。
魔王軍の一同は顔を見合わせて勇者について話し合っていた。
「吾輩の出番ですかな?」
スケルトンのスケさんは刀を抜いてカタカタと骨を鳴らす。
だが、魔王はスケさんの言葉に首を振った。
「待て。勇者の実力を見極めたい……まさかあそこまで強いとは思わなかった。いや、強いと言うよりも、強くなっていると言った方が適切だろう」
とは言いつつも、魔王の顔はどこかうっとりしていた。
勇者のことを考えて幸せな気分になっているようである。
「これ、今は真面目な顔をするのじゃ……しまりのない顔になっておるぞ?」
「ひぐっ。べ、別に変な顔はしていないだろう! 我は真面目だっ」
タマモの指摘に魔王は慌てて表情を引き締める。
ともあれ、勇者の実力が底知れないと言うのは事実だ。
その力量を見極めると言う言葉には、魔王軍の一同も賛同しているようである。
「戦闘において勇者は強い。それは既に分かっている……だが、精神的な『強さ』というのはどうだろうな。たとえば――い、色香に弱いとかあるのだろうか?」
「待つのじゃ、魔王。どうしてそんな話になるのかや?」
しかし魔王の頭はピンク色である。
「英雄は色を好むと言うだろう! で、あるなら、色香で惑わしてたぶらかすのも悪くないはず! それはそれで我らの勝利だっ。」
彼女は開き直ったのかお構いなしに言葉を続けた。
半ばやけくそ気味の言葉だったが、これは魔王の案なのだ。
魔王軍の一同は、否定することができなかった。
「つ、ついでに、勇者の好きなタイプとか知りたい」
「まったく、ぞっこんじゃのう……惚れすぎじゃ」
「うるさい! それに……す、好きとか、まだそういうのじゃないぞっ」
バレバレの嘘をつく魔王に生暖かい視線を送りつつも、タマモはこんなことを提案する。
「色香で惑わしたいのなら、うってつけの者達がおる。わらわの私兵なのじゃが……『サキュバス』を、使うかや?」
「サキュバス? あやつら、生きてたのか?」
きょとんとする魔王。
彼女は今まで、サキュバスという種族を見たことがなかったのだ。知識としてサキュバスは知っていたが、実在するとは思っていなかったらしい。
「先代魔王の配下には荒くれ者が多かったからのう。サキュバスが外を出歩いていると襲われるから、わらわが保護してたのじゃ。そろそろ、外に出しても良いじゃろう」
力こそ全てという風潮がある魔界だが、先代魔王の代は特に酷かった。
強ければ何をしてもいいと思っている魔族も多数おり、サキュバスは標的にされがちだったので、見かねたタマモが保護していたというわけである。
「確か、男性を堕落させることに特化した種族だったな……精神操作の術を使うとか」
「そうじゃ。もしサキュバスが勇者を堕落させることができたら、魔王も嬉しかろう?」
「べ、別に嬉しくはないがっ……悪くない案だ。うむ、サキュバスを勇者に送り込んでやろう」
魔王のちょっとした私情も入っているが、今回の襲撃は趣向を変えて精神攻撃をすることに決めたようだ。
「これで勇者をたぶらかすことができたら……むふっ」
「これ、配下の前であまり変な顔をするのはやめるのじゃ。だらしないのう」
タマモに指摘されても、魔王はうっとりした表情のままだった。
そういうわけで、サキュバスの出撃である――
「いよいよ、私たちの出番が来たわ。今まで守ってくださったタマモ様の期待に応えられるよう、勇者とやらを魅了するわよ」
タマモによって選ばれたサキュバスの軍勢は、総勢数十くらいだろうか。
その先頭に立つのは、サキュバスの中でも特に豊満な肉体を持つ『アルプ』である。
「これで上手くいけば、私が『六魔侯爵』になれるかもしれないってタマモ様に言われたわ……私たちサキュバスも、ようやく堂々と生きられるようになりそうよ。今まで窮屈な生活をしていたけれど、がんばりましょう」
六魔の一角ともなれば周囲の魔族も認めざるを得ない。
サキュバスとしての地位向上のためにも、アルプや他のサキュバスたちは気合が入っているようだった。
「アルプ様……本当に大丈夫なのでしょうか? 勇者様って、とっても強いらしいですよ?」
だが、一人のサキュバスはとても不安そうにしていた。
周囲のサキュバスよりは身長が低く、見た目も幼い個体である。唯一おっぱいだけは周囲のサキュバスより大きいが、彼女だけ少し異質である。
このサキュバスの名はユメノだ。
今回、タマモが直々に選んだサキュバス勢の立派な一人である。
心配そうなユメノに、アルプは不遜な言葉を返す。
「大丈夫よ。私に任せなさい……しょせん、勇者はただの男よ。私のこの体で、惑わされないわけがないわ」
「さ、流石ですぅ……アルプさんは頼りになります! 私も、微力ながら頑張りますねっ」
ユメノの健気な言葉に、アルプは鼻を鳴らして視線を外した。
威風堂々としたアルプの後ろ姿に、ユメノは目をキラキラと輝かせていた――




