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第百二十三話 幕間その二『勇者は死んだ。今はただのヒモニートである』

 数年前までは本当に立派な勇者だった気がする。

 でも、こいつと出会ってから一気に堕落したような気がした。


「勇者っ。なでなでしてやるから、こっち来い」


「うん、ありがとう」


 いったいいつから、見た目が幼い女の子に頭を撫でられて喜ぶような男になったのだろうか。


 かつては、『魔族ぶっ殺す』と息巻いていたはずなのに……


「勇者の子供、そろそろできると嬉しいのだが」


「……きっと魔王に似て可愛いだろうなぁ」


 いったいいつから、魔族が生まれるのを楽しみに待つようになったのだろうか。


 数年前と比較すると、本当に激変したと思う。


 立派だったと胸を張って言えるのは、数年前の自分である。

 しかし、幸せなのは圧倒的に今だった。


 今はもう昔のような真似事なんてできない。

 このぬるま湯のような温かい優しさを味わってしまったら、もう戻れそうになかった。


「魔王……膝擦りむいた。今日はもう動けない」


 かつては全身から血が吹き出ようと、毒に蝕まれようと、一切泣き言を言わなかった。

 でも今は膝を擦りむいただけで魔王に泣きつくようになっていた。


「どれ? ふむふむ、これくらいなら我がおまじないをかければ大丈夫だぞっ」


「おまじない?」


「……いたいのいたいの、とんでけー」


「――すごい! 痛いのが飛んでいった! こんな意味不明な言葉で痛みがなくなるなんて……っ」


「愛の力だ。我の勇者を好きという気持ちは世界の法則さえも捻じ曲げる」


 なんて頭の悪い会話を交わしているのだろう。

 他人から見ると白い目で見られそうだ。


 というか実際にユメノからは『イチャイチャしすぎです』と嗜められることが度々あるが、そんなこと関係なく俺と魔王はバカップルを続けていた。


 そんなある日、ふとこんなことを思ったのである。


「そういえば俺――勇者っぽい要素なくなってない?」


 今の俺は『勇者』を自称できるほど立派じゃなくなっているような気がした。

 俗称という意味の勇者ではなく、職業としての『勇者』とは思われていないような気がする。


 いや、実際に人間界の勇者ではないのだが……なんとなく、みんなの俺を見る目が生暖かくなっているような気がした。


 まるで、仕方ない人間を見るかのような目だった。


「ふむ……そうだな。もう貴様は『勇者』ではないな」


 そんな俺の疑問に、魔王は答えてくれる。

 ベッドで俺を抱きしめる彼女は、からかうような笑顔を浮かべていた。


「貴様は我の『夫』であり、『ヒモ』であり、『ニート』だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「そ、そうか……まぁ分かってたけど、改めて言われると、自分の凋落っぷりに驚かされる」


「『勇者』は死んだ。今の貴様は、ただ我が愛しているだけの人間だぞっ」


 かつての俺はもういない。

 でも、その代わりに魔王が大好きな俺がいる。


 地位も名誉も薄れて、大分情けなくなった気もするが……彼女が愛してくれるのなら、ただそれだけでいいと思えるから不思議だった。


 魔王にとって俺の価値とは『勇者』であることではない。

 俺が、俺であることなのである。


「前までの勇者は頑張りすぎるところがあったからな……あんなに自分を省みない輩を愛する身にもなれっ。貴様が傷つくたびに、我は悲しい気持ちになったのだぞ?」


「そうだよなぁ。魔王、敵のくせに俺が怪我してたら心配そうにしてたっけ」


「我は最初っから勇者が大好きだったのだ。心配くらいするに決まっているっ」


 もしかしたら『勇者』であることを辞めた俺はとても堕落しているかもしれない。

 しかし、愛する彼女が堕落した俺を歓迎してくれている。


「勇者は我のために、自分のことも大切にするようなったな……偉いぞ、よしよし」


 彼女のためにもう無理はしないことにした。

 我慢も、まったくやらなくなった。


 甘えたいときは精一杯甘えて、自分の思いは正直に吐き出すような自分になっている。


 もしかしたらそれは、当たり前のことなのかもしれない。

 そんなに特別なことをやっているわけではないような気もする。


 しかし、前までの俺は普通じゃなかったので、当たり前のことができるようになっただけでも、嬉しかった。


 数年前までは立派な勇者だったけど。

 今の情けない俺の方が、よっぽど幸せだから――後悔はない。



 勇者は死んだ。

 今はただのヒモニートである。



 だけど、それでいいと言ってくれる可愛い女の子がいるのだ。

 周囲からの評価くらい、どうってことはない。


「魔王……俺のことを、これからもよろしくな? 大好きなお前と一緒にいさせてくれ」


「愚問だな。これから、何があって我は貴様を愛するに決まっている。我も、大好きな貴様と一緒にいたいのだからな」


 彼女は俺をあやすように、よしよしと頭を撫でてくれた。

 その優しさに、脳みそがバカになりそうだった。


「一生、我のヒモニートでいてくれっ」


「……うん、ヒモニートでいいよ。お前が笑ってくれるなら」


 ああ、なんて幸せなのだろう。

 この幸せを噛みしめながら、俺は魔王の胸に顔を埋めるのだった――

いつもお読みくださりありがとうございます。

このたび、『魔王を討伐して無職になった勇者だけど、チートな幼女に運良くお世話されているから勝ち組かもしれない』という新作を連載することになりました。

相変わらず幼女に甘やかされる系統のお話となっております。あちらはちょっとハーレム(幼女)要素を加えております。もしよろしければ、読んでいただけると嬉しいです!

どうぞよろしくお願い致します。

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